七十四話 懐かしき悲鳴
俺達はギルドから、地下都市の四十二階に向かった。
先程と同じ入り口から階段を下り、人の出入りが激しい四十二階の入り口に入る。
四十二階の通路は、馬車一台なら余裕で通れそうな幅があった。
人の往来を見て、ルーンが俺に言った。
「これはまた、ずいぶんと賑やかなところですね!」
「確かに。まるで、魔王城の地下みたいです」
ネールもあたりを見て、そう呟く。
というのは、単に通行人が多いだけでなく、通路のわきには座り込んで何かを売る人であふれているからだ。
食糧から雑貨……武器や得体の知れない液体なんかも売っていた。
壁には縦穴が空いており、住居やお店になっている場所もあるようで、そこからの出入りも激しい。
狭いせいかある意味で、王都の地上部分より活気があるかもしれない。
少し進んだところで、武具を扱う露店商は盛んに俺達に声を掛けてきた。
「冒険者さん! 良い剣が入ったばかりなんだ! 見ていかないかい?!」
「こっちには盾もあるよ!! さっき仕入れたばかりなんだ!」
「そこのお兄さん、そんな薄着なんてやめて、新品同然の鎧なんかどうだい?!」
確かに、質は悪くない武具だ。
だが、恐らくは先ほど俺達が倒したスケルトンの武具……その場に居合わせたおっさん達が拾ったものだろう。
下層で拾ったものは、こうやって上の露店商に渡しているようだ。
そして彼ら露店商の前に、こぎれいなコートを身に着けた者がやってくる。
地上の商人だろうか、質の良い商品を買い付けているようだ。
俺達が倒したスケルトンの武具も、彼によって買われていく。
「へへ、毎度あり!! 全て、五デルだよ! 合計で二十デルね!」
一つ五デルか……直接地上で売れば、十デルで売れると思うが。
俺は露天商の一人に、こう訊ねる。
「随分お安くしてるんですね」
「そりゃこんな場所で商売してるんだ、安くするかねえよ。地上の奴らはここに来るのが嫌いな奴も多いからな……」
「地上では売らないのですか?」
「地上で商売するには、お上に金を払わなきゃいけないんだ。そもそも地下都市住民が高い金を役人に出したところで、犯罪を疑われてしょっぴかれるだけだろうがな……」
「なるほど……」
「で、兄ちゃん。なんか買っていかないか?」
「え? ええ、そうですね……」
何となく断りづらいな……
かといって、特に欲しい武具もない。
ならばと俺はある事を訊ねる。
「実は情報を集めてまして……五デルお支払いするので、この階層で聞こえるという悲鳴についての情報はありませんか?」
「……悲鳴? ああ、あんたたちそれの調査に来たのか。 ……獣じゃないとは思うんだが、何というか低い音だよ。皆、幽霊じゃないかって言ってる」
「幽霊、ですか」
「ああ。この地下都市には昔から言い伝えがあって……人じゃない存在がここを造ったって伝えられてるんだ。この岩見てみ?」
露天商は床の岩を指さす。
「……こんなの、人間が運べるわけがねえ。王様は、この国の最初の王が一人で造り上げたなんて言ってるが、その実、幽霊が造ったって伝わってるんだ。じゃなきゃ、こんな大きな地下都市造れるわけねえよ」
「確かに、そうですね……」
それは俺も、この王都に来てからずっと気になってたものだ。
しかし、幽霊が運べるだろうか?
「その幽霊が、彷徨ってるんじゃねえかってな。他の層でも何度か同じ悲鳴を聞いたことがあるらしい。しかも、下層に降りた冒険者も聞いたことがあるってな……」
「なるほど。とすると、珍しい音じゃないのですね?」
「そうなんだけどな……だいたいはしばらくすると、違う層に移るんだ。だが、ここで聞こえた悲鳴は、もう一週間以上も……あ」
露店商が黙るのと同時に、周辺も静まった。
すると、確かに悲鳴のような音が響く。
「ひっ! な、何の声でしょう?」
後ろではマリナが怯えているようだ。
マリナだけでなく、周辺の人々も怖がっているようだ。
……しかし、俺は驚かなかった。
不思議と懐かしい感じがしたのだ。
ルーンもどうやら俺と同じなのか、はっとした顔になる。
ネールは特に思う事もないのか、マリナに大丈夫だよなんて声を掛けるだけだ。
悲鳴が終わると、露店商は俺に言う。
「な? 幽霊みたいだろ? 誰かが悪さして、ここに住みついちまったのかもな……」
「……分かりませんが、必ず解決してみます」
「期待はしてねえが、頼んだぜ……ああ、金はいらねえから」
露店商はそう言って、近くにいた商人とまたあの悲鳴だと話し始めるのであった。
どうやら、長い間続き、相当不安に思っているようだ。
「ルーン、聞いたか?」
「ええ……帝国軍の使う、金管楽器の音……今のは、夕暮れ時を報せる時報でしょう」
「そうだな。でも、何でこんな場所で……」
俺は悲鳴の聞こえた、通路の奥の方に目を向ける。
そこには変わらず露店が続き、人が行き来していた。
「これは何が何でも調べる必要が有りそうだな……奥へ進もう」
俺達は人混みを掻き分け、通路を進むのであった。




