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七十二話 トラップ

 この魔力はなんだ……?

 

 俺と同じく、ルーンも魔力を【探知】したようだ。

 

「これは、久々に見る膨大な魔力ですね……ですが、こんな四角い魔物がいたでしょうか?」

「魔物じゃなくて、魔鉱石の塊かもしれないな……それにしても、大きすぎるが」


 マリナとネールは、俺とルーンが急に立ち止まったことに首を傾げる。


「ど、どうしました? もしかして、今度こそ……」

「マリナちゃん、ビビり過ぎだって…… 早速、アンデッドのお出ましですかね?」


 俺はネールの声に、首を横に振る。


「いや、この魔力の形は魔物じゃない……きっと……」

「ひぃっ!!」


 俺の言葉の途中で、マリナの声が上がった。

 俺達の前に、またもや廃材を背負った別のおっさんが現れたからだ。


 おっさんは立ち止まる俺達に不思議な顔をしながらも、「失礼」と横を通っていった。


 魔力の反応のほうから来たという事は、少なくともおっさんは襲われなくて済んだようだ。


 しかし、何故襲われなかった?

 あの魔力量だと、俺達と同じように【探知】を使える可能性も有るが。


 俺は再び、歩みを進める。

 【魔法壁】を発動し、細心の注意を払いながら。

 

 だが、特に何もないまま、魔力の反応の場所までやってきた。


 俺は当たりを見渡すが、そこに魔物の姿はない。 

 代わりに、変わった形の石柱が一つあった。

 その頭についている四角い石こそ、膨大な魔力の反応を返している物体であった。


 一見すると、ただの石。

 魔鉱石のような輝きもない。

 俺は【状態診断】で石を調べることにした。


「中身が魔鉱石のようだ……そして魔法が仕掛けられている。これは【不死者召喚】……アンデッドを呼び出す魔法だな」

「とすると、これがアンデッドを?」


 ネールの声に俺は頷く。


「そうだ。アンデッドを作成するには術者がいる。もちろん、死体も。だが、【不死者召喚】なら何もなくても、その場にアンデッドを呼び出せるんだ」

「へえ、そんな魔法もあるんですね……魔王軍でそんなものを使える者はいませんでしたね。魔王様でさえ……」

「魔王が知らなくても無理はない。召喚魔法は、古来から人間が改良を重ねてきたものだからな……」


 もちろん、召喚魔法を学んでいる魔物がいてもおかしくはない。

 現に俺は、従魔の一部に召喚魔法を教えてきた。

 

 しかし、魔法の中でも召喚魔法は、習得の難しいものだ。 

 ここにいるルーンも時限付きの精霊を召喚することは出来るが、不死者の召喚は難しい。

 

 おおまかに言えば、火の玉のような精霊、不死者、守護獣の順番で召喚魔法は難しくなっていく。


 だが、魔鉱石に【不死者召喚】の魔法を設定するとは……

 俺でも多大な魔力と時間と要することだし、召喚魔法に精通してなければ難しい。


 そもそもアンデッドが欲しいなら、死体を利用した方が遥かに簡単なのだ。

 おぞましくはあるが、不死者を召喚するぐらいであれば、その方が効率的だ。


 しかし、一体誰がこんな仕掛けをここに……


 そんなことを考えていると、再び俺達の近くに、新たな人間三人がやってくる。

 彼らは、これから廃材を収集しに行くのだろう。


 その内の、歯の欠けたおっさんが陽気に挨拶してきた。


「お、兄ちゃん達が新顔の冒険者か? その石柱が気になるのかい?」

「ええ。こんな場所にどうしてと思いまして」

「俺達は皆、この石柱達を地獄の門なんて呼んでるんだ。何で叩いても壊れないから、これが不死者を呼び出すんじゃないかって」


 なるほど。

 この石柱には微弱ながら、【魔法壁】も設定されている。

 だから、壊されないで、不死者を呼び出していたのだろう。


 もちろん、彼もこれが不死者を呼び出す元凶とは、本気で信じてはいないだろう。

 

 そして何より気になるのは……


「石柱”達”と言うと、他の場所にもこれがあるのですか?」

「ああ。この階層にはここだけだけど、地下の層には何本も並んでいる場所があるぜ」

「なるほど……」


 どうやら、地下都市のあちこちにこれと同じ仕掛けがあるようだ。

 しかし、一体誰がこんなものを?

 ヴィンダーボルドが自分の街の下に、こんな物を作るだろうか?


 そんなことを疑問に思っていると、石柱から魔力が放出されたのを【探知】で感じ取る。


「皆さん、伏せて!」


 俺は瞬時にそう叫ぶ。


 と同時に、周囲に複数のスケルトンが現れた。


 それを見た、歯の欠けたおっさんが腰を抜かす。


「ひっ、ひええええっ!! お助け!!」


 現れたのは、片手に剣、もう片方に盾……鎧も付けた、強力な部類のスケルトンだ。

 そして数も二十体と大量であった。


 おっさん達と同時に、マリナも悲鳴を上げる。


「で、でたぁっ!」 


 マリナが狼狽える中、ネールがハルバードを一振りした。

 と同時に、ルーンが周囲に【光槍】を放つ。


 残りの十体は、俺が周囲に【風斬】を撃って倒した。


 その間、五秒。

 おっさん達が叫び終わるのと同時に、スケルトン達はその場でガシャリと崩れた。


「大丈夫ですか?」


 俺がそう言うも、おっさん達は「え?」と周囲を見渡す。


 これは、倒し終えるのが少し早すぎたか……


 歯の欠けたおっさんは目の前の状況の整理がついたのか、俺に問う。


「あんたたち、もう倒したのか?!」

「え、ええ。周囲から気配を感じていたので、すぐに対応できたんです」

「け、気配……そんなことできるってことは、兄ちゃん達、北方の冒険者かい?」


 大陸の北に行けば行くほど、魔物も増える。

 つまり、凄腕の冒険者は北方に多いと言われているのだろう。


「いえ、エルペン周辺で活躍してた冒険者です。よく獣を狩っていたので……」

「そうかい。エルペンはのどかな場所だって聞いてたけど、あんたたちみたいな冒険者もいるんだな……」


 おっさんは立ち上がり、ズボンの塵を払いながら言った。


「とにかく助かったよ……で、助けてもらった上で、こんなこと兄ちゃん達に頼むのは恥ずかしいんだが……」


 言いづらそうにするおっさんの目は、俺でなく周囲に落ちたスケルトンの武具に向けられていた。

 これが欲しいのだろう。


「俺達は証拠の骨を持っていけば、ギルドから報酬が出ます。どうか、武具はご自由に」

「あ、ありがてえ! 兄ちゃん達のことはギルドの役人や、ここの仲間に話しとくよ! 表に出せない情報も知ってるから、なんかあれば聞いてくれ!」


 おっさん達は喜んで、武具を回収し始める。

 きっとそれなりの値段で売れるのだろう。

 俺達もお金は欲しいが、ここは顔を売っておきたかった。


「おお。ここに来て間もないので、とても助かります! ありがとうございます」

「そうか。もっと下層の道も知ってるから、助けになれると思うぜ。それじゃあ……」


 おっさん達は、そう言って鼻歌交じりで階段へと戻っていくのであった。


「さて……俺達はこれを回収して戻るか」

「はい! マリナとネールは私と一緒にのどぼとけを集めますよ!」


 ルーンの声に、ネールは「はーい」と答える。

 しかし、マリナはスケルトンが怖いのか、声を震わせて頷くのであった。


 俺は一人、石柱の頭を【風斬】で慎重に切る。


 中の魔鉱石を取り出すためだが、今までびくともしなかった石柱が壊れてたとなると騒ぎになるだろう。

 なので、魔鉱石を回収すると、俺は元の形に石柱を戻すのであった。


 さて……少し時間は必要だが、調べさせてもらうか。


 俺達はその後、この階層をぐるりと回って、ギルドへ帰還するのであった。

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