七十一話 巡回
俺たちは地下都市への門をくぐり、まっすぐと続く階段を下っていた。
幅の広い階段の途中には、各階層への入り口があり、そこから沢山の人の往来が見えた。
どうやら、上層の方は縦穴を利用した住居などがあるようだ。
貧しそうな服の者達がいる。
「むむ……」
ルーンは気難しそうな顔でそう呟いた。
地下探検のつもりだったのに、これでは街中を歩いているのとなんら変わらない。
「ルーン、そう気を落とすな。もう少し降りれば、人も自然と減ると思うぞ」
「そうだと良いのですがね……ただ、私の目に間違いが無ければ、一番最下層まで人がいる気がするのですが……」
「まあ、平和なことはいいことだろ……」
階段で降りれる場所まで、人の姿が見える。
何かを平和そうに運搬する人や、気怠そうに警備をする兵隊の姿があった。
そこから下は、少し複雑な道を辿って降りるらしいので、決して目に見える場所が地下都市の最下層という訳ではない。
「と、俺たちが巡回するのはこの階層だな……」
俺は入り口の表示を見て、そう呟いた。
三十八階……
ちなみに俺たちが入った場所は、五十階。
最上階であり山頂のすぐ地下が六十階で、ここから見える一番下は二十階。
人の出入りが激しかったのは、四十階まで。
ここは全く人が出入りしていない。
「元は食糧や物資を貯蓄するための倉庫……今は無人だが、度々スケルトンなどのアンデッドが出る、らしい……」
俺はノールからもらった地図の各層注意書きを見て、そう呟いた。
作られたのは丁度、この王都の建設が始まった五百年前の事。
つまりは、地下都市でも最初期に作られた場所となる。
ネールは退屈そうに言った。
「……アンデッドですか。うーん」
「ネール。気持ちはわかりますが、今日はただどんな場所なのか、様子を見に来ただけです」
ルーンの声に俺は頷く。
「そのつもりだ。それは、アンデッドが現れたらちゃんと対処するけども。それじゃ、行くか」
俺はルーン達の「はい!」という声を背に、入り口に入っていくのであった。
道は比較的明るかった。
魔水晶という魔法で光を宿すことのできる石が、松明の火の代わりとなっているからである。
だが、魔力がなくなり光らないもの、あるいは光が点滅しているものも見受けられる。
これは確かに、アンデッドの類が出てきそうな不気味さだ……
それはマリナも感じたようで、小声でこう囁く。
「な、何か怖いですね……」
マリナはそう言いながら、後ろから俺の腕に手で触れる。
「マリナ! こんなことで怯えて、人間じゃあるまいし……」
ルーンはマリナにそう言った。
だが、マリナが怖がるのも無理はない。
同じ暗さでも、天然の洞窟と、人の手が加わった廃墟では、違った怖さがある。
アンデッドでなくても、人が出てくるんじゃないかと……
俺は周囲を明るくしようと、【灯火】を使い、周囲に光球を浮かばせることにした。
「うわああああっ?!!」
「うわああっ?!」
突如俺の目の前で響いた悲鳴に、後ろのマリナも声を上げた。
というのは、俺たちの目の前に、三人のおっさんが現れたのだ。
おっさんたちは皆、ぼろぼろの服を着ている。
俺は【探知】であらかじめ、人間が来るのが分かったが、マリナは分からないので驚いたのだろう。
先頭のおっさんが、ほっと息をつく。
「な、なんでい。冒険者さんかい……お疲れ様」
「兄ちゃんたち、さては新入りだな? 見回り頼むぜ」
他のおっさんもそう言い残して、さっさと俺たちの横を通り抜けていくのであった。
その背中には、廃材をまとめたものが背負われている。
恐らく、使える物を集め、上で売るのだろう。
マリナも安心したように、こう呟いた。
「ああ、驚いた……」
「マリナ。あなた、自分がスライムであることを忘れてませんか?」
「え? いえ、そんなことは!」
マリナはルーンにそう答える。
その慌てようが、何とも人間らしい。
ネールは笑って言う。
「まあまあ。ルーン先輩も、驚いてたじゃないですか? 割と、結構」
「べ、別に驚いてません! 私は魔力が探知できるので、分かってましたし!」
そう答えるルーンだが、この退屈な空間に完全に油断していたのだろう。
今しがた、ルーンが【探知】の魔法を使ったのが、俺が常時発動している【探知】で分かった。
まあ、ここは言わないでおいてやろう……
「まあいいでしょう…… それよりも、あんな物売れるのでしょうかね?」
ルーンは俺に向かって訊ねた。
「売れる物なら何でも売るんだろう。これだけの街だ。仕事のない者だっているはず……」
「なるほど…… とすると、ああいう人達の被害を減らすため、ギルドも冒険者を巡回させてるんでしょうね」
「だろうな」
上層も、いわばスラム街のような場所なのだろう。
とすると、この倉庫で使えそうな物も、あらかた取られ尽くされてると考えていい。
何しろ、あんな階段を下るだけで到着するのだから。
王都には、他にも地下都市への入り口があるらしいが、どれも同じぐらいの探索具合と考えて良さそうだ。
とりあえず、俺たちは再度歩き始める。
俺は壁を眺めながら、こう呟いた。
「なあ、ルーン。気が付いたか?」
「……岩ですか? 確かに、人が切り出したにしてはだいぶ大きいですね。
床も壁も、岩が積まれて出来たものだ。
しかし、その岩の一辺の長さは成人男性の胸の高さまである。
これが三つほど積みあがったぐらいで天井なのだが……
「それもこんなに長く……とても人間が作ったようには思えませんね」
「ああ。もしかすると、この国を造ったヴィンダーボルト一世が神から授かった力によるものなのかもしれないが……あまりに長大だ」
しかし、ヴィンダーボルト一世の得た神の力は、炎魔法だったはずだ。
仮に他の魔法を使えたとして、自ら岩の切り出しなどやるだろうか?
俺ならやったかもしれないが……
そもそも王都の防壁からして、とても人間が作ったとは思えない高さであった。
ルーンは横道の先の倉庫などを見ながら呟く。
「こうやって見てると、まるでアリが作ったような街に思えますね」
「つまり、アリの巣か……まさに言い得て妙だな。 ……んっ?」
ルーンと話している途中、突如、坑道の遥か先に強大な魔力の反応を感じた。
それは、到底人間とは考えられないような魔力であった。




