七十話 地下へ
「茶器良し……香炉も良し!」
ルーンはやたら大きな背嚢の中身を確認し、それを背負った。
スライムであるルーンは今、人間の少女に【擬態】し、鎧を身に着けている。
背嚢がルーンの腰から頭までの高さという事もあり、まるでどこか遠征にでもいくような格好だ。
「それじゃあ、行きましょう!」
ルーンの元気な声に、マリナとネールはおおっと拳を上げた。
マリナもまたスライムであるが、ルーンのように人間の少女の姿に化け、重厚な鎧に身に着けていた。背中の背嚢も、ルーンの物とそう変わらない大きさだ。
これから俺たちは地下都市に潜る。
心配性なルーンは、地下都市で何があっても良いよう、大量の荷物を背嚢に詰めたのだ。
が、どれも俺が快適に過ごせるようにと、必要でないものばかり……
ありがたいが、どこか遠くへ観光にでも行くような感じだ。
一方のネールは軽装の鎧に、ハルバードを一本だけ。
こちらはこちらで、身軽すぎる気もするが……
サキュバスはやはり、重々しい鎧は嫌いなのだろう。
もともと、ネールの格好は露出の多い物だった。
が、さすがに人間の目を惹くという事で、服や鎧を購入したのだ、
しかし、今回に限っては、ネールの格好で何も問題ない。
「ルーン……今日はとりあえず、最上層の巡回任務だけだって言ったろ?」
「ルディス様……ルディス様はあまりご存じないかもしれませんが、地下空間となると何が起こるか分かりません! 落盤の可能性だってあります! ここは長年洞窟で過ごしてきたこのルーンの勘を信じてください!」
「わ、分かった。まあ、確かに何が起こるか分からないしな……」
「そうです! 常に万全を期するのが、ルディス様と我等従魔のやり方です! さ、行きましょう」
「ああ」
ルーンが宿の部屋を元気に飛び出るのを見て、俺もそれに続くのであった。
人でにぎわう王都の街路を歩いていると、ネールが言った。
「ねえ、ルディス様。やけに、ルーン先輩とマリナ、機嫌が良いですね」
確かにルーンは、鼻歌交じりで機嫌が良さそうだ。
マリナもルーン程ではないが、どこか明るい。
「そうだな……ルーン達は数百年も洞窟の中にいたからな。多分、薄暗い空間は慣れてるから、道案内で活躍できるってことなんだろう」
「ふーん……しかし、地下都市ですかあ。まおう……いえ、私達も色々と情報を掴もうとしてたんですが、全く未知の場所なんですよね」
俺はネールが話しやすいように、周囲に風魔法を放ち、行きかう人に聞かれないようにする。
「大丈夫だ、ネール。周りには聞こえないよう、風魔法を掛けた。それで、魔王が王都を調べていただって?」
「ええ。この王都の下には、古の技術が眠っている……という人間の噂から、魔王様も興味をもってたので」
「そうか……」
昨日の宿で話していた兵士達も、同じようなことを言っていた。
何でも、大陸を支配しかねない兵器が眠っているとか……
「でも、ここに人間が住み始めたのは、五百年前。その前までは、ザール山と呼ばれる火山だった……古の技術といってもたったの五百年前のものなら、あの魔王なら既に知ってるようなものの気もするけどな」
「はい。なので、魔王様もそこまで本腰入れて調べなかったんだと思います。本当に存在するかも分からないですし、一応掴んでおきたいなぐらいで」
あわよくば手に入れたいぐらいか。
「なるほどな……と、着いたみたいだな」
俺は街並みの中に現れた、石造りの城門のような建物に気付く。
入り口は馬車が二台軽々と通れるほどの幅があり、随分と人の出入りが活発だ。
俺たちのような冒険者の姿もあれば、行商人や配送人のような者までいる。
入り口の近くには警備兵が立っているが、何とも退屈そうであった。
これが地下都市への入り口か……何だか、普通の城門みたいだな。
ルーンも目を丸くする。
「あれ……? なんか思ってたのと違いますね……マリナ、地図で本当にここなのか確認してもらえますか」
「はい。 ……うーん。ここで合ってるみたいですよ」
「本当ですか?」
ルーンはマリナの地図を見る。
すると「確かに」と言った。
見上げると、門の上の部分にはっきりと地下都市入り口と書かれているので、確かにそうなのだろう。
地下都市は何層かに分かれている。
特に上層部分は探索も終わっており、街の一部になっていたり、拠点がいくらかあると聞いていた。
なので、ある程度は道も整備されているのだろう。
「何か、拍子抜けですね……」
ルーンは肩を落とした。
門から覗くと、中はやけに明るい。
確かに、思っていた場所とは違ったようだ。
「とりあえず、巡回依頼の場所まで行こうか。今日はとりあえず散歩みたいなもんだ」
「はい……」
俺はルーンの肩をポンと叩き、門へと入るのであった。




