六十九話 王都の秘密
ユリアが護衛依頼の慰労にと開いた宴会に、俺達は出席していた。
王都の大きな宿は決して豪華ではないが、こうした宴会場も備え付けられている。
またここは、冒険者ギルドが指定する、冒険者用の無料宿でもあった。
それぞれの円卓で兵士達がべろべろに酔っぱらう中、俺達の席も別の意味で盛り上がっていた。
「それにしても、随分買い込んじゃいましたね……」
少し申し訳なさそうに、マリナは席の横の小洒落た袋を見た。
袋は衣服や装身具でぱんぱんだ。二十デル渡していたと思うが、一体いくら使ったのだろう……
「マリナ、これもルディス様を喜ばせるための致し方ない犠牲……無駄にしないためにも、より一層ルディス様のためにお尽くしするのです」
もっともらしいことを言うルーンだが、彼女の後ろの袋はマリナの倍の大きさの物だ。
ルーンの言葉に罪悪感が薄れたのか、マリナは元気に答える。
「はい! 私頑張ります!」
そこにサキュバスのネールが呟く。
「マリナは本当健気ねー。こういうのは女の子の特権だから、気にしなくて良いのに」
「……女の子? え、ああ、そうですね!」
とまあ、マリナ達はもう人間の女の子のように振る舞い始めている。
それぞれが何かしらに興味を持つのは良いことだと思うのだが、夜の事を考えると少し複雑だ。この宿はエルペンと比べると大きいし、あとでこっそり管理人に自分だけ部屋を変えてもらうよう頼もう。
ルーン達がきゃっきゃっと盛り上がる中、俺の興味といえば、護衛に同行した兵士達の話に耳を傾ける事であった。
「いやあ、王都は大きいですねえ。エルペンに来た時も驚きましたが、比べ物になりませんでしたよ」
となりの席に着く若い兵士は、パンを片手に呟いた。
俺と同い年ぐらいの兵士……エルペンに驚いていたことも考えると、きっと農村出身の兵なのだろう。
隣の中年の兵士は酒を一杯煽ると、それに応えた。
「俺もそりゃあ驚いたよ。しかも、地下にも街が広がってるんだからな」
「え? でも、地下都市は放棄されていて、人は住んでないんじゃ?」
「割と浅いとこには、まだ人が住んでんだよ。それだけじゃない、深層にも盗掘者……冒険者の根城が点在してんだ」
「へえ…… それだけの人間を惹きつける何かがこの地下にはあるんすね」
「ああ…… 王達が多額の報酬を約束してまで、探させてるものもあるみたいだぜ。何でもこの国が出来た時に用いられた兵器みたいで、この大陸を支配しかねないとかなんとか」
「そりゃまた、すごいものが眠ってるんですね。いや、そんなものが見つかれば、俺達も色々安泰でしょうけど」
若い兵士の冷めた口調に、中年の兵士も「まあ、作り話だろう」と笑い飛ばす。
兵器……
この国が、大陸東部の諸国と比べて人口が少ないことは知ってる。
だからこそ、その埋め合わせのための力が必要なのだろう。
これは少し詳しく調べてみる必要が有りそうだ。
王が依頼を出してるということは、ノール達オリハルコン級冒険者、またはユリアから良い情報が得られそうである。
もちろん、回収して金儲けをするわけではない。
純粋に、大陸を支配するとまで言われたような兵器に興味があるだけだ。
だが、それがあまりにも危険なものだった場合……
俺は国同士の戦争に首を突っ込むつもりはない。
しかし、この国の王たちを見極める必要もあるだろう。
使う者が独善的だった場合、この大陸は更なる惨禍に見舞われることになる。
もちろん、兵器なんてただの噂の可能性もあるが。
「……ルディス、大丈夫?」
俺の顔を覗き込むように、ノールが訊ねてきた。
「ノール……さん? あ、いや、大丈夫です!」
皆が楽しく騒いでいる中で俺が難しい顔をしていたのを、ノールは心配してくれたようだ。
「そう、それなら良いのだけど…… 疲れてるのかと思って」
ノールは俺達と王都のギルドで会った後、そのままギルドのお偉いさんと仕事の話をしていたようだ。
さすがにオリハルコン級冒険者ともなると、仕事の依頼が絶えないのだろう。
俺は隣の椅子を引いて、ノールに座るよう促す。
「ノールさんこそ、お疲れでしょう。さあ、一緒に飲みましょう! 俺達は飲めませんが……」
ノールは「ありがとう」と、俺の隣の椅子に座った。
「そういえば、ノールさんはお酒飲まれるんですか? 普段も飲まれないみたいでしたし、この前のエルペンの宴会では見かけなかったので」
「私? 人並みには飲むわよ」
「へえ……」
「何? 意外だったかしら?」
むうっと少し不機嫌な顔を見せるノール。
今までノールはあまり感情を見せないと思っていたので、意外であった。
「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ」
「いいわ。どれだけ飲めるか見せてあげる。エイリスやカッセルなんて、私には全く及ばないわよ」
ノールは給仕に向かって、エールを注文する。
そして早速運ばれてきた一杯目を、ぐいっと飲み干した。
「ふうっ……おかわりを頂戴」
空けた杯をノールは給仕に渡して言い放った。
すぐに二杯目が運ばれ、それも飲み干される。
三杯目……四杯目……
ノールの飲みっぷりに、周りの兵士達も盛り上がりを見せる。
俺達も負けるかと、兵士達も酒をどんどん注文していった。
「の、ノールさん! さすがに飲み過ぎじゃ……」
「飲み過ぎぃ? こんなの、水みたいなものよ!」
そう言って、ノールはこの後も酒を煽り続けるのであった。
結論から言えば、ノールは相当酒に強かった。
兵士達は誰一人、その飲みっぷりには敵わなかったのだから。
しかし、そんなノールも今では酔いつぶれ、結局卓上に伏せている。
「あーあ……ルディス君、やっちゃいましたね。これは、お部屋まで運んで差し上げる必要あるのでは?」
ルーンがにやにやと俺を見ている。
ネールもそれに便乗するかのように俺に言った。
「そうですよ、ルディス様。それが男ってものですよ」
「わ、私もそう思うな!」
マリナですら、声を合わせる始末だ。
確かにこれは俺の責任か……ノールを焚きつけてしまった。
もう夜も暮れている。
部屋は適当にどこか借りて、そこにノールを寝させてやろう。
俺は宿の管理人に話をつけてから、ノールに声を掛ける。
「行きますよ、ノールさん」
だが、反応はない。
俺は仕方ないので、「失礼します」とノールを抱っこした。
ルーン達の冷やかすような声を背に、俺はそのままノールを部屋へと運んでいく。
まさか、ノールがここまで感情を露にするなんて……
彼女なりに、後輩の前では先輩としての威厳を保ちたいのかもしれない。
とはいえ、これも俺に親近感を持ってくれてるからこそ、見せてくれる顔だろうか。
そんな俺に、ノールはぎゅっと抱き着いた。
「の、ノールさん?」
「……お父さん」
ノールの顔は、寂しそうなものだった。
この前、エルペンにゴブリンが押し寄せた時も、【火炎嵐】を見てノールは錯乱していた。
彼女は幼いときに、吸血鬼による故郷の襲撃で両親を亡くしている。
争いは悲劇しか生まない……
王達は地下の兵器を求めているが、彼らはそれをどう使うつもりだろうか。
単に防衛のためか、それとも野心のためか……
俺はそんなことを不安に思いながら、ノールを部屋のベッドに寝かすのであった。




