六話 初めての報酬
「こ、これは何ですか?」
「全てゴブリンの耳です。だいたい五十体程分です」
受付嬢は、俺が置いた麻袋を見て目を丸くしている。
「五十体?! そんなに仕留めたのですか?!」
新人で五十体を仕留めるのは珍しいのだろうか。
とすれば、小出しにするべきだったかもしれない。
しかし、ゴブリン程度でそう苦戦するとも考えづらい。
誰もやりたがらないゴブリン退治を、大量にこなしたからだろうか。
俺はあくまでも、
「はい、少し頑張りすぎてしまったようで…… 重くて、大変でしたよ」
「それはそうでしょう…… 念のため、確認させていただきますね。【鑑定】」
受付嬢は麻袋に手をかざし、【鑑定】の魔法で中身を調べた。
「確かに五十体だわ…… ギルドとしては大助かりです。基本報酬五十デルと、十体討伐の特別報酬が五回分だから…… 合計で六十デルお渡しします」
「ありがとうございます!」
「ふふふ、次もお願いしますね」
受付嬢は嬉しいのか、にこやかにそう言ってきた。
やはり、ゴブリンを大量に討伐したことが嬉しいようだ。
俺はお金をもって、ルーンの待つ机に向かおうとした。
「ちょっと、ルディス。ゴブリン五十体も倒したの?!」
今朝も聞いた声が俺の耳に入ってきた。
ハンターのエイリスだ。
無難に返しておくとしよう。
「はい、ルーンと一緒に。でも、張り切りすぎちゃって、もう腰が…… ちょっと明日はつらいかもしれません」
俺は腰を労わるように撫でる仕草をする。
「そ、そう。私ですら、初日は仕留めたゴブリン三体だったのよ。どうやったのよ?」
俺と受付嬢の会話に耳を立てていたのは、このエイリスだけではなかった。
他の冒険者達も数人集まってくる。
片っ端から狩りました!
ただそれだけなのだが、新人にそんなことは不可能だからこうやって訊ねてくるのだろう。
彼女達には、きっと【探知】ですら難しい魔法なのかもしれない。
「猪狩りと同じ要領ですよ。落とし穴を仕掛けといて、そこに落ちたゴブリンを仕留めたんです。故郷ではそうやって、狩りをしていたので」
「なるほど…… でもゴブリンってそこまで馬鹿かしら」
「そこは…… 俺とルーンが囮になって上手く誘導したんです」
「へえ! あんた達、頭いいわねえ」
エイリスだけではなく、冒険者達もそんな手があったかと感心した。
「ふっ。ハンターの癖に、そんなことも考えつかなかったのか」
奥でエールを煽る赤い鎧の男が、そう呟いた。
長い赤髪を伸ばした若い男性だ。
エイリスは、その男にこう返した。
「うるさいわね! カッセル!」
「ふっ、しかし、思い出すものだな…… 私も新人の頃は人々のため、ゴブリンを修羅のごとく絞めたものだ」
カッセルと呼ばれた男は、エールを呑みながらそう呟く。
「なーに言ってんだか。あんた、初日は一体も仕留められないで、泣きべそかいて帰ってきたじゃない」
「な、その話は内緒にしてくれといっただろう、エイリス!」
先程まで気取っていたカッセルは、急に焦り始めた。
エイリスや冒険者達はそれを見て笑う。
嫌味な感じではない。冒険者同士仲が良いのだろう。
俺はカッセルを始め、周りの冒険者に軽く自己紹介し、ルーンの元へ戻った。
「よし、ルーン。報酬をもらってきたぞ! 六十デルだ」
エールなどの飲み物が一デル、パンも一デルだ。
俺は酒を飲まない。食費だけを考えれば、二十日分あるのか。
ルーンは水だけあれば体を維持できるし、俺も質素な物で十分。
「さすがです、ルディス様! それで、何か買われるのですか?」
「そうだな。色々あるが……」
まずは世界情勢について知りたいので、文字や地図、国勢についての情報が得られる物。
それに、ルーンの装備や、仮住まいが欲しいな。
そうだ、欲しいものは沢山あるが……
「今日はもう遅い。とりあえず、何かおいしい物でも食べるか!」
「はい、ルディス様!」
せっかく自由な冒険者になったんだ。食事も自由に食べよう。
皇帝の時は食事も決まっていたし、農民の時も母の手料理だった。
おいしかったが、選択の自由はなかったのだ。
何しろ初めての報酬だ。豪勢にやらないでどうする。
「すいません! 食事の注文を!」
俺とルーンは肉や果物、温かいスープで胃袋を満たすのであった。
その日は、そのままギルドの宿で一泊した。
翌日、俺とルーンはエルペンの市街に繰り出す。
商店の多さもさることながら、露店も多く目につく。
明らかに町民の様式と違う服装の者もいるので、遠い異郷からの商人もいるのだろう。
俺は改めて、麻袋の金貨を数えた。
「昨日で八デル使ったな…… でも、まだ五十二デルある。ルーンは何か欲しい物有るか?」
「私などは、何も! ルディス様にお仕えできてるだけで、満足です」
ルーンは顔をにやけさせながら、そう言った。
嬉しいが、自分で全てを決めるというのは中々難しいものだ。
優先順位をつけて、購入するとしよう。
まずは十デルで、『ヴェスト文字入門』と『世界地図』を購入した。
これで、地理と文字を勉強する。
そしてルーンのための鉄の盾が十デル。
俺が盾を渡すと、ルーンは目を輝かせて喜ぶのであった。
残り三十デルになったが、他に欲しい物は家ぐらいだな。
しかし、家を三十デルで買うのは中々難しそうだ。
出来れば、早めにブルースライム達の住処を作ってやりたいが。
俺としても従魔が近くにいれば、帝印の効果で魔力を多く得ることが出来る。
もちろん、従魔にするだけで魔力を多く得られる。
だが、近くにいるといないでは、増える魔力が倍も違ってくるのだ。
何より、母親みたいなルーンと長く離れさせるのは、何だか可哀そうだ。
俺は、鼻歌を歌いながら鉄の盾を撫でるルーンを横目で見る。
当のルーンは、全く気にも留めていないようだ……
それは置いといて、何かいい案はないだろうか。
別に一泊するだけなら、ギルドの無料の宿で充分だ。
しかし、いつも部屋が変わるのを考えれば、スライム達を置いておくことはできない。
「……そうだ! ルーン、洞窟のスライム達を呼べるかもしれないぞ」
「え? あ、スライム達ですね」
素っ気ない返事だ。俺以外の事は、ルーンにとってどうでもいいらしい。
人がこんなに、寂しい思いをしているであろう小さなスライム達を心配しているのに。
「……もっと喜べ。俺の魔力を増やすことが出来るんだからな」
「はい、それはもう! では、家を買われるのですか?」
「いや、今の手持ちで家は難しいだろう…… だから、考えがある」
俺はルーンを連れて、ギルドに戻るのであった。
ギルドの宿の使用について、ある交渉をするためだ。
「あら、ルディスさん。今日は何の用ですか?」
「すいません、宿についてなのですが」
「宿? 宿が何か?」
「俺とルーンに、宿の一室を一か月貸してほしいんです。賃料はお支払いしますので」
「つまり、部屋を自宅のように扱いたいと? 別に構いません。お代は結構ですよ」
「え? そんな簡単に良いんですか?」
「部屋は余ってます。それにそういう希望をする方も多いので」
受付嬢はそう言って、宿の一室の鍵を二つ渡してきた。
「その代わりと言うのも変ですが、部屋や布団の清掃等は自分で行うことになります。また、鍵や備品を紛失した場合は、それぞれ五デル頂きますので」
「分かりました、ありがとうございます!」
意外にもあっさり交渉できた。
知っていれば、スライム達をもっと早く呼べたな。
この後俺はルーンと共に、スライム達を洞窟から宿に連れ出すのであった。