六十八話 王都のギルド
俺達はユリアと離れた後、まずは王都の冒険者ギルドの様子を見に行くことにした。
どこにあるかという確認もしたかったし、明日からスムーズに依頼を受けられるよう受付にも挨拶を済ませたかったのだ。
「うわあ、すごい人ですね……」
マリナは王都の冒険者ギルドに入ると、驚くように言った。
王都のギルドは、エルペンの数倍は有ろう大きさ。
中にいる人の数も、それに比例して……いや過密状態であると言っていいほどだ。
少なくとも、座るところはまず見つかりそうもなかった。
昼のエルペンの大通りですら、ここまでの人だかりは見た事がない。
マリナがきょろきょろと周りを見渡して、驚くのも無理はなかった。
「マリナ、田舎者のように振る舞うのはやめてください。ルディス様に恥をかかせるつもりですか?」
「ご、ごめんなさい」
マリナが謝るも、俺は首を横に振る。
「これだけの人だ、驚くのも無理はない。実際、俺も驚いたよ」
俺の声に、ルーンは少し首を傾げた。
ルーンからすれば、昔の帝国でこれぐらいの人混みは慣れている。
俺も当然慣れていると思ったのだろう。
しかし、俺が驚いたのはここにいる殆どの者が、冒険者であるという点なのだ。
ネールもまた周囲を見渡していた。
しかし、その興味はもっぱら冒険者の男のみに向けらている。
「……うーん。これだけいても、ルディス様ほどの男はいないですねー」
「ネール、俺をどう言おうと自由だが、誰かと比べるのだけはやめてくれ……」
荒くれ物が多い冒険者が聞けば、誰だその男はと絡んでくるかもしれない。
まあ、これだけの騒音だ。乾杯する音、酔っぱらいの歌やそれに合わせた楽器の音で、話し声は遠くまで響かないが。
しかし、見慣れぬ様式の服装や武具を身に着けている者が多い。
ここ王都は、大陸東部からの冒険者も多いのだろう。
事実、エルペンで出会ったノールも大陸東部から出てきて、ここで冒険者になったという。
にもかかわらず、彼らはエルペンの方まで出てこない。
東部からきてもここ王都から出ない理由は、この王都の下に広がる地下都市にありそうだ。
ルーンは、エルペンのものの数倍は有る巨大な掲示板を見上げる。
「依頼は……やはり、地下都市に関わるものばかりですね」
「新たな依頼には王都周辺のものが多いが、確かに地下都市絡みのものばかりだな」
「主にアンデッドの討伐……遺物の回収……なるほど」
ルーンが納得したように、俺もここに冒険者が集まる理由が分かった。
ここの地下都市には、多くの遺物が埋まっている。
ノールがユリアから地図のことを聞いた時、羨ましいと言ったのはそういった理由からだろう。
「しかし、どれほどの規模の地下都市なのでしょうかね? そもそも周辺は豊かな土地じゃないのに、遺物にしても価値のあるものなんてあるのでしょうか?」
ルーンが独り言のように呟くと、後ろから聞き覚えのある声が掛かる。
「王都が丸々入る広さ、いやそれ以上の広さとも言われてるわね」
振り返ると、そこにはノールがいた。
「ノールさん。殿下との用事は済んだのですか?」
ノールはユリアが更に用があると、王宮まで呼び出されていたらしい。
その腕には、いくらか書物が抱えられていた。
どれにも”ルディス”の文字が書かれている。
ノールとユリアは旅の間、賢帝ルディスの話題で盛り上がっていた。
その中で、持っている賢帝に関する本の貸し借りをしようとなったのだろう。
「え、まあね…… そんなことより、これ」
ノールは俺達にそれぞれ紙を渡した。
「王都と地下都市の地図よ。だいたいのお店や施設、地下都市への入り口なんかが載っているわ」
「これは……ありがとうございます!」
俺はノールにぺこりと頭を下げた。
他の三名も、ノールにお礼を口にする。
「いいのよ。というよりこれがないと、まず王都の移動はままならないわ」
「そんなに広いんですか?」
「そうね。外周を回るだけでも丸一日以上かかるんじゃないかしら」
「一日以上ですか…… お店も数えきれない程有るんでしょうね」
「ええ。大きいのだけで三千軒ぐらい店があるわね。良い店を探すのも大変だけど、中には盗賊が経営してる店も有るから気を付けて」
これだけ大きな街、しかも地下都市という隠れるに困らない空間がある。
盗賊や密売人などがいても何もおかしくはない。
ルーンがノールに訊ねた。
「この街の衛兵は多いように思えましたが、取り締まりなどしてないのでしょうか?」
「一応してるけどね……それでも盗賊は減るどころか、増える一方なの。まあ、あまり大声で言えない事情があると言えば、察してくれるかしら?」
「つまり……裏の方で繋がりがあると」
ノールの言いたいのは、本来盗賊を取り締まる側の者たちが、盗賊や密売人と繋がっているという話だ。
「しかも、私たち冒険者の中でも、彼らと関係を持つ者はいるわ。本来は神殿に返す宗教遺物を売ったりね……」
「なるほど。いつの時代も、この手の輩は消えませんね」
「え? ええ、そうね」
自分より年下に思えるルーンが、老人を思わせるようなセリフを吐いたのを、ノールは少し戸惑ったのだろう。
だが、頷いてこう続けた。
「でも、この街は……私が見る限り、大陸の中でも一番腐敗した都市よ。くれぐれも、行く先は慎重に選んで」
「はい!」
俺たちはノールにそう答えた。
今日の所はギルドの様子を見に来ただけ。
受付に挨拶を済まして、ギルドを後にする。
今日の宿はもう決まっているし、後は帰るだけだ。
王都の道には、所狭しと商店が軒を連ねていた。
マリナやネールのみならず、ルーンも服飾店の陳列窓に目を奪われていた。
「これ、可愛いですね……ネールさんはどう思います?」
「マリナ。なかなか、良いセンスしてるじゃん。でも、こっちのフリルが付いたものの方が……」
「ルディス様は、こっちの方が……いや、下品すぎる……これじゃ、あのサキュバス達と一緒だ」
ルーンたちはこぞって下着を見ている。
「はあ……俺は向かいの道具屋と本屋を見ているぞ」
俺はその場から逃げるように、向かいの店に向かった。
実を言うと、ルーンたちにはお小遣いとしていくらかお金を渡してある。
たまには、好きなものを買わせるのも良いだろう。
だが、後ろからげすい笑いが聞こえた。
「やあ、姉ちゃんたち、冒険者? 下着を買うんなら、俺たちと遊ばねえか?」
ニヤニヤと笑うその男は、いかにも盗賊っぽい服装であった。
薄汚れた、だぼだぼのシャツとズボンに短刀……
男は全員で五人程。皆、ルーンたちを見て、鼻の下を伸ばしている。
ルーンは不快そうに、手を振った。
「しっしっ! ナンパなら他を当たってください」
「そう言うなって、嬢ちゃん…… 俺たちこう見えて、結構”紳士”なんだぜ」
リーダーっぽい男の声に、周りの者たちは馬鹿笑いする。
「ふう…… このルーンともあろう者が……なめられたものですね」
ルーンは怒りを露にした。
男たちは「何か言ったか」とゲラゲラ笑う。
このままではまずい。ルーンは男たちを殺しかねない。
男たちがどっかの大きな組織の構成員だったら、仲間に報復されかねない。
俺が止めようと向かうと、ネールが一人男たちの前に歩み出た。
「お兄さんたち、本当に遊んでくれるの?」
「へ? 何だぁ、お前は俺たちと遊びたいのか?」
「うん! ぜひ、皆と遊びたいなあって!」
「ま、まじか? わかった! とにかく隠れ家に……」
ネールは自ら男の手を取る。
「そんな面倒なこと言ってないでさ、そこの路地行こう? さっ、早く」
ネールはリーダーの手を引いて、他の男たちも付いてくるよう促した。
俺はそれを呼び止める。
このままではネールが……男達を骨と皮だけにしてしまうだろう。
「ね、ネール!」
「大丈夫です、ルディス様! 死なせない程度に、色々もらってきますから!」
大丈夫というが、本当だろうか?
もちろん、ネールの身は何も心配していないが。
ルーンは任せておきましょうと、マリナと下着を見るのに戻った。
ネールが追っ払ってくれたとは言え、危険な都市であることは確かなようだ。
こんな人通りの多い場所、しかも真昼間からあんな連中がいるのだ。
すぐに路地から、悲鳴に近い声が聞こえた。
ネールのではなく、男たちのものだ。
路地裏にはいってから、その間僅か一分。
「ああ、食った、食った!」
ネールは路地裏から、何事もなかったように出てくる。
お腹を撫でるのを見るに、やはり男たちの生気を吸収したようだ。
サキュバスは人間の男の生気を吸収することを、生きがいとしている。
男たちは今頃……歩くこともままならない、衰弱しきった老人と化しているだろう。
すぐにネールは鼻息交じりに、ルーン達のもとに戻るのであった。




