六十六話 聖と闇の狭間
「……な、治ったのか?」
ユニコーンの一体が誰に問うでもなく、呟いた。
「しばらくしていれば、やがて目を覚ますだろう」
俺も誰か個人に言うでもなく、ユニコーン達へそう告げた。
すると、先程喋ったユニコーンが俺に訊ねる。
「……目を覚ました後は、どうなる?」
「どうもしないさ。普通に生きていけるだろう。だが、魔法を扱う時は違和感があるだろうな。聖属性の魔法は、思うようには使えないはずだ。」
「……それは体が闇属性に蝕まれたからか?」
「ああ、今までの聖魔法が使えなかったり、使えても効果が弱まるだろうな」
「何という事だ……」
ユニコーンの顔は真っ青になる。
もはや聖獣でないとでも言いたいのだろうか。
悪いが、こんなところで口論するつもりもない。
「……オルガルド。俺は行くぞ」
オルガルドは、礼はもちろん待てとも口にしない。
ただ、アイシャを見て、沈黙するだけだ。
今後、このアイシャについてどうすればいいか、途方に暮れているのだろう。
聖獣の社会に詳しいわけではない。
人間が知る彼らの情報はあまりにも少ないのだ。
だが、彼らの絶望したような顔を見るに、聖獣が闇属性を纏う事など、きっとあってはならないことなのだろう。
俺はこのまま去ろうとユニコーン達に背を向ける。
あとは、アイシャ本人と彼らユニコーンが決めること。
そう、俺の決めることではないのだ。だが……
「……もし自分達でどうにもならなければ、俺を頼れ。俺と従魔なら、何か力になれるかもしれない」
オルガルドがどんな顔をしたのか分からない。
しかし、他のユニコーン達は去り行く俺に、「魔王の落胤の力など借りない」と言葉を浴びせた。
俺が向かう先では、ネールが舌をべえっと出してユニコーン達を煽っている。
「ネール行くぞ」
「ルディス様、良いんですか?! もう二”匹”も助けてやったのに!」
「人間と魔物の考えが異なるように、人間と聖獣も考え方は違う。俺達が恩義を重んじるからといって、彼らにもそれを強制するのは間違ってる」
聖獣達は人間のために魔物と戦っているという大義を掲げている。その命も、人間のために捧げていると思っているのだ。加えて、聖獣が人間の力を借りることはない。感謝されることはあっても、自分達が何かに感謝することは滅多にないだろう。
ネールは俺の言葉に、難しい顔をして首を傾げる。
そんな者達を助けることに、何の利益がある? 人間の多くが思うように、魔物も他者への行動には見返りがあるべきと考えているのだろう。
つまるところは、俺の行動の理由を理解できないでいるのだ。
ネールの肩を叩いて、「とにかく、行くぞ」と声を掛けた。
ネールは魔王軍に対する人質。一時的に一緒にいるだけだが、人間のことも良く知ってもらいたいのだ。人間は時に、損得だけでは説明できない行動をすることを。
俺達はそのまま、ユリアの馬車隊を目指すのであった。
そして三時間後には無事、ユリア達に合流する。
特に襲われることもなく、誰か怪我をすることもなかったらしい。
ユリア達には、倒れていたユニコーンの仲間が颯爽と現れ助けに来てくれたと伝えた。
誰も聖獣の強さを疑問視する人間はいない。
傷病人たちは、神が聖獣を遣わして下さったと感謝の祈りを捧げるのであった。
だが、ネールは相変わらず不満そうな顔だ。
俺がここまでやっているのに、人間にも聖獣にも見返りを求めないことが、釈然としないのだろう。
この後、俺達は王都への旅を再開した。
道中は平和過ぎるほど平和で、俺達はもう少しで王都、というところまで着くのであった。




