六十二話 敗残兵
エルペンを出て五日目。
俺達は、エルペンと王都の丁度真ん中という場所まで来た。
今まで特に襲撃もなく、俺は従魔達のおふざけに付き合いつつ、傷病人の治療を行う。
そのおかげか、傷病人の一部は寝たきりでなくなり、馬車に余裕が出来たのだ。
ユリアはそのスペースを使うことを許可してくれて、俺達は道端の薬草なんかを集めたりもした。
とにかく、平和そのもの。これからもそうだろう、俺も含め皆そう思っていた。
ネールがルーンの言葉に驚く。
「ええ?! じゃあ、ルディス様は女性と付き合ったことないのっ? 意外」
余計なお世話だ、と後ろで話すネールとルーン、マリナに反論したくなった。
俺だって、好きでずっと独り身だったわけじゃ……
はあとため息を吐くと、俺は何やら遠くから足音が響くのを感じた。
聞く限りでは馬に近い。
しかし、馬よりも地を蹴る速度が速いのも感じる。
馬の集団? いや、そんな大集団は見えない。
俺が目を凝らすと、白い馬が一頭、平野を走っていることに気が付いた。
その体には槍や矢が突き刺さり、血を垂れ流している。
時々体が揺れるのを見るに、相当に弱っているようだ。
速度からして、こいつはただの馬じゃない。
それを証明するかのように、馬の額には一本の角が生えていた。
こいつは……
「ユニコーン?!」
最初にその正体を口にしたのは、王女ユリアであった。
驚き様からするに、知識としては存在を知ってはいたが、今まで見た事はないのだろう。
ユリア以外も、突如現れたユニコーンに気が付く。
本当は神々しい聖獣だ。
普通であれば拝みたくもなるだろうが、痛ましい姿に人々は心配するような目を向けた。
ネールが俺の隣に来て、耳打ちするように口にした。
「ルディス様ぁ、やばくないですか?」
「……お前を見て、攻撃してくるかもしれないな」
それだけじゃない。
俺やユリアの持つ帝印……魔物を従える帝印を見て、敵対してくるかもしれない。
だが、ユニコーンはもはや前も見えてないようであった。
人間を避ける彼らが、こちらにまっすぐ走ってくるのだ。
恐らくは【探知】すら使えない程、ぼろぼろなのだろう。
ユニコーンはすでにふらふらであった。
こちらの馬車までもう少しと言うところで、倒れてしまった。
それを見て真っ先に飛び出したのはユリアだ。
近くで馬を止めると、降りて回復魔法を掛ける。
やはり、駆け付けるか……
しかし、ユニコーンがその帝印を目にしたら危険だ。
「ルーン、周辺を警戒してくれ!」
「はい! お任せを!」
俺はルーンにそう言い残して、ユリアの後を追った。
ユニコーンがここまで深手を負うのだ。
聖獣に敵対的なのは、魔物だけ。
それが魔王軍なのか、また別の勢力は分からないが、相当に強力な魔物であることは間違いない。
治療に専念するため、ルーンには周囲を見てもらうのだ。
俺と同時に護衛の何名かと、ノールも近寄る。
俺が近くに来たときは、すでにユリアは回復魔法をユニコーンに掛けていた。
「殿下、手伝います!」
「ええ、お願いします!」
早速ユニコーンの近くで腰を下ろす。
【状態診断】で診るに、このままの出血ではもう数分も持たないだろう。
毒も多少回っているようなので、それも取り除かなければいけない。
「殿下!」
「我等も何かお手伝いを!」
ノールとロストンも来てくれた。
「助かるわ、でも……」
ユリアはどういった指示を与えるかを考え付かなかったようだ。
俺は緊急事態でもあったので、代わりに答える。
「俺と殿下で回復魔法を使い、傷口を塞ぎます。ロストンさんと護衛の方は、刺さった槍と矢を抜いていただけますか? ノールさんはその傷口をすぐに火炎魔法で焼いてください」
俺の声に、皆うんと頷いてくれた。
ロストン達は以前俺がユリアを助けたのを見ていたからか、信用してくれているのだろう。
ノールは若干不安に思いながらも、止血は基本ということは分かっているか。
皆、早速行動に移る。
槍や矢は比較的迅速にユニコーンから抜かれた。
流石に軍人はこういったことも慣れているか。
ノールも彼らが抜いた場所の傷口を焼いてくれる。
「殿下は【浄化】をお願いします。俺は【治癒】を使います」
「分かったわ、任せて」
俺達はユニコーンの回復を始める。
傷は深いので、それなりの魔力を要する。
毒の方は、ユリアがしっかりと【浄化】で処置してくれたようだ。
息を吹き返し、瞼をうっすらと開けるユニコーン。
俺は一応、魔法で俺とユリアの帝印を隠そうとした。
帝印は意識しなければ光らないので、保険のつもりだ。
しかし、ユニコーンはそんなことを気にすることもなく、ただ一言、はっきりとしない口調で告げた。
「に、人間……逃げるのだ……」
ユニコーンは帝国語でそう呟くのであった。




