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六十一話 軍団

 次の日も、快晴の下馬車は街道を進んでいた。

 見渡す限りの平原に点在する集落。まだまだ王都は見えない。


 代わりに、放牧される羊、開墾のための牛が見える。

 何とも、のどかなものだ。


 俺は少し気になった事を、隣を行くネールに訊ねることにする。

 周りにルーンとマリナはいるが、ノールはユリアの話相手として先行しているので、聞かれちゃまずいことも話せる。


「なあ、ネール、一つ訊ねても良いか?」

「はい、ルディス様のためなら、何でも!」


 ネールは元気いっぱいに俺に応じた。

 一応魔王軍の配下なのだから、何でも、はまずい気がするが……


「単刀直入に言おう。ここヴェストブルク王国には、ネール達以外にも魔王軍は来ているのか?」

「うーん……まあ、いっぱいいると思いますよ。でも魔物の集団なら、”軍団レギオン”の方が多いかも」

「”軍団”?」


 それは、帝国の言葉であった。

 軍団は、かつての帝国の軍隊の一単位をあらわす。


「ありゃ知らないんですね。でも、人間からすれば私達魔王軍も軍団も同じ魔物だから仕方ないか」


 ネールは、でもと続けた。


「私があんま他の魔王軍がどこにいるか分からないように、魔王軍って結構いいかげんというか、緩いんです。でも軍団は違くて、色んなアンデッドで構成されてるのに、まるで人間の軍隊みたいにしっかりしてるんですよー」

「しっかり……それは、整列したりとかか?」

「それです、それ。なんて言うんでしたっけ、そういうの」

「統率が取れている、とかか?」

「そうそう、その統率です。魔王様もそう言ってましたよ。まるで、帝国軍みたいだって」

「そうか……」


 魔王がそう評したという事は、相当に組織化された集団であることは間違いない。

 ”軍団”と名付けたのも、帝国軍を想起させる集団だったからか。

 しかし、意思を持たないアンデッドを、どうやって統率している?


「色んなアンデッドと言ったな? 人間も魔物も問わずという事か?」

「はい! どちらかと言えば、大陸の東に多いんだけど、最近は西の方でも良く出てきて」


 ネールはさらに続けた。


「だいたいは人間を襲うので、私達はそれに便乗して……というのが、最近の戦い方なんです」

「なるほど……誰がそのアンデッドを操っているかは分からないか?」

「はい、魔王様も分からないらしくて。というか、あいつら私達もよく襲うんですよ、この前も、あっ……」


 ネールは思わず口を抑えた。

 ”軍団”が魔王軍を襲うと言うのは、口外してはいけないことだったらしい。

 この前、魔王軍が南に追い出されている要因の一つか。


 魔物の関係は複雑怪奇だ。

 大陸西部の魔物の勢力について、少し整理するべきか。


 まず、魔王軍。

 これは俺の時代からも存在する、魔王を頂点とした複数の種族からなる魔物の集団だ。

 ”軍団”の襲撃が一因で、南方に進出しなければいけなくなっている。

 

 そして種族ごとの勢力。

 この前のベイツが率いるゴブリンの集団だったり、吸血鬼の集団。

 これも、魔王軍が南に来る過程で、南に更に押し出された勢力が多いようだ。

 

 最後に”軍団”と名付けられた、アンデッドの軍隊。

 これが、魔物の南への大移動を引き起こしている大きな一因。


 魔王軍は分かり易いが、種族ごとの勢力はそれこそ自分達の外交関係を有しているだろう。

 他種族で同盟を組んでいる可能性も有る。


 しかし、はっきりしているのは、とてもじゃないが魔王軍に太刀打ちできる勢力ではないということだ。だからこそ、南に押し出されていると言える。


 一番のイレギュラーは、”軍団”。

 人間も殺し、魔王軍も襲うという。


 アンデッドは放っておいても、個々に人間を襲う。

 元魔物、元人間問わず、人間の生者を襲うのだ。


 しかし、生きた魔物は滅多に襲わない。

 というのは、基本アンデッドは生きた人間を求め、徘徊するのだ。

 成り行きで魔物と敵対し襲うことはあっても、魔物の住処を襲ったりしないのだ。

 つまり、誰かが魔王軍を襲撃する指示を出しているという事。


 その指示を出している者は、恐らく、帝国にゆかりのある者に違いない。

 ”軍団”と魔王が揶揄するのだ。帝国軍に近しいものを感じているのだろう。

 

 アンデッドを作り出し、操る者…… 俺の知る者では覚えはない。

 しかし、指示を聞けるアンデッドを作るには、膨大な魔力が必要ということ。

 それを軍隊と言われるまでの規模で作成しているのだ、並大抵のやつじゃない。


 はっきりと言えるのは、普通の人間の魔力では不可能ということだ。

 出来るのは、俺のように魔物を従える帝印を持つ人間か、魔王ぐらいのもの……


 従魔にそんな魔力を持つ者はいただろうか?

 俺が知る限りはいない。


 だが、千年の間で……


 考えたくないが、従魔でないとも言えないのが現状。


 むしろ、その可能性を考えてしまうのは、従魔の勤勉さならそれがあり得るということ。

 そして人間への恨みを抱えている従魔がいるだろうということか。


 いずれにせよ、魔王と会う機会があれば色々聞き出す必要が有る。

 王都でも、東部での”軍団”についての情報を聞きたいところではある。


「あ、あのールディス様」

「ああ、ネール。助かったよ」

「そ、それは光栄です……でも、私が言ってたということは、出来れば」

「分かっている。どこかで聞いたという事にするよ」

「あ、ありがとうございます! ルディス様、本当やさしい!」


 俺の腕に頬を摺り寄せるネール。

 

 ルーンが何かを言うと思った。


 しかし、ルーンは口を出さない。


 俺は思わず先を歩くルーンに目を向けた。

 ある意味で助け舟となっていたんだが、どうしたというんだ?


 ルーンは能天気に、マリナにこう言った。


「今日もいい天気ですねー、マリナ」

「え? ええ、そうですが……」


 マリナも困惑しているようだ。

 俺を助けなくていいのかと。


 そればかりか、ルーンは俺に振り返って、こう言ってみせた。


「あれ? ルディス君、そんなに私を見つめてどうしたの?」


 ルーンはいたずらっぽく、俺に言ってきた。


「もしかして……私のこと好きなんですか? ……どうしよう、マリナ。ルディス君、やっぱり私の事好きみたい」


 急にきゃっきゃとしだすルーンに、マリナも何故か同じような調子で返した。


 こいつ…… 俺がネールと組ませようと思ったのを悟ったのか。


「そうなんですかぁ、ルディス様? でも、私が一番だよね?」

 

 いや、ネールの様子もおかしい。

 いつもはルーンに噛みつくのに。


 まさかこいつら…… 手を組んだのか?

 昨日、妙に意気投合していたと思っていたが。

 

 複雑怪奇なのは、従魔同士の関係でもそうであったようだ。


 俺はマリナに視線を向けて必死に助けを求める。


 マリナ、お前ならこの状態を何とか……


 マリナは水色の長い髪を揺らして、俺の隣に来る。


 よし、マリナ。お前はやっぱ……


「……ルディス様、私が一番って言ってください。そうしたら、私が何とかしますから」


 俺の耳をくすぐるように、マリナは小声でささやいた。 

 その顔は、今まで見せたことのない、いたずらっぽい顔だ。


 ま、マリナ…… お前もか。 


 俺は従魔に裏切られた。

 まあ、いい意味でも悪い意味でも、だが。


 三人はふふっと示し合わせたように笑った。


 やはり繋がっていたか……

  

 まさか、マリナまでもとは思わなかったが……

 でも、三人とも何だか楽しそうだ。

 良い方にとれば、仲が深まったと考えるべきか。


 ここはまあ、付き合ってやるとしよう……


「お前達、俺をたばかるとは…… ああ、もういい! 俺は馬車の中を見てくる!」


 くすくすという笑い声からするに、三人とも俺が恥ずかしがるのを見て喜んでいるようだ。

 俺はそこから逃げるように、馬車へと向かうのであった。

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