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六十話 賢帝を夢見る者

「へえ……そんな本があっただなんて」

「もしご希望でしたら、大学で働いている友人から何冊か送ってもらうよう頼みますよ?」

「本当?!」


 賢帝についての話題で、ユリアとノールはすっかり意気投合したようであった。


 当の本人である俺が耳を塞ぎたくなる話もあったが、何とも様々な面で賢帝ルディスが語り継がれていることは分かる。


 歴史、神話、伝承……あることないことが混ざりつつも、それらが二人が好むような文化財に変わっていった。

 俺自身は自慢できるような一生とは思わなかったが、死後千年経った今このような形で語られているのは何とも奇妙なものだ。

 それを今耳にしている俺という存在も。


 だが、語り継がれるのには単に本人の行いだけでそうなったとは言いづらい。


 俺の死後、俺についての記憶を残した人……例えば俺を殺した男が改心した事だったり、貴族達が再び身分制社会を目指したこと……俺を評価する人や、比較されるような事件の存在も、俺の治世が見直された要因の一つでもあるだろう。


 何よりは俺が死に俺の遺した帝国が衰退し滅亡して以来、大陸全土が荒廃していることが大きな理由かもしれない。


 自分で言うのもおかしいが、俺以降、名君と呼ばれる者があまり現れていないのかもしれない。


 俺は丁度話が一段落したのを見計らって、こんなことを訊ねる。


「お二人は……ルディスが本当に復活したら嬉しいですか?」

「うーん……」


 意外にもユリアとノールは目を合わせて、頭を捻った。


「本当に復活したら……何か、怒られそうな気がするわ……」


 ユリアの声にノールは思わず笑いをこぼした。


「ちょっと度が過ぎる創作物もありますからね」

「ふふ、そうね。本当にルディスが神になっていたら、作者に天罰でも下すかもしれないわ」

 

 二人は再び笑い出す。


 ルディス教、などというものがあるらしいが、やはり復活論は現実味のない話として受け入れてられているのだろう。

 以前像に祈ったノールの今の表情を見ても、真に俺の復活を望む狂信者、といった感じは見受けられない。


 だが、ノールは俺に向かって一言。


「復活したら、いいな……私はそう思うわ」


 ユリアも無言で頷く。


「今の大陸に彼のような君主は存在しない……いや、彼が死んでから世界は悪くなる一方……」

 

 ノールはぽつりと呟く。

 しかし、すぐに自分が失言をしたことに気が付いたようだ。


「……殿下、失礼いたしました」

「いいえ、気にしないで。父は……いや、我が王国の歴代君主達誰を見たって、かの賢帝ルディスには遠く及ばない」


 ユリアはさらに続ける。


「貧しい人々のことは捨てて、ただ己の地位にしがみつく者達ばかり……王がそんなだから、貴族もそう。皇帝であるルディスから変革の始まったその後の帝国を見れば、何と情けないことか……」

「大陸東部の王達もそうです。ルディスは死後も帝国の人々を突き動かした……」

「そう、だから……」


 ユリアはノールに頷き、決心するようにこう言った。


「私は、ルディスのようになりたい。人々を守り、大陸に平穏をもたらせるような……いや、彼が成し遂げられなかったこともきっと……」


 ユリアは言っていて恥ずかしくなったのか、「忘れて」と顔を赤らめる。


 ノールは決してそれを笑うことなく、小さく拍手した。

 俺もそれに続いて手を叩いた。


 まだ若く、未熟ながらも、人々の為になりたいと口にする。

 今回だってそんなユリアの意思に賛成して、俺もノールも参加したんだ。馬鹿にするわけがない。


 ユリアの言葉は比較的近くにいるロストンや他の兵や傷病人も聞いていたのか、拍手したり杯を高く上げて賞賛する。


 ユリアは恥ずかしそうに、小声でありがとうと呟くだけだ。


 拍手が収まると、ノールはユリアへ言った。


「賢帝ルディスの再来……殿下をそう呼ばせていただく日が来る事を願っています」

「の、ノール! 茶化さないでください……ああ、恥ずかしい」

「恥ずかしがることではないと思います。ねえ、ルディス?」


 俺も首を縦に振る。

 

「そうですよ。俺みたいな元農民からすれば、殿下みたいな人が王になってくれればどんなに嬉しいか」

「る、ルディス……でも、私はとても王なんかには……」

「なれずとも、我々は力になれることがあれば、殿下に協力いたします」

「ルディス……ありがとう。皆も……」


 俺とノールはうんうんと頷く。


 果たしてこのユリアは、今後どう成長していくのだろうか?


 しかし、俺も成し遂げられなかったことを成し遂げたいというのは、一体どういうことだろうか。

 

 自分が出来なかったことなどない、という意味ではもちろんない。

 成し遂げられなかったことなんていくらでもある。

 だからこそ、見当つかない。


 それを訊ねようと思ったが、この日は機会を逸してしまったようだ。


 ノールとユリアが再び、賢帝ルディスについて熱く語り始めたからだ。


 この日はそのまま、夜が更けていった。


 王都まではこんな平和な日々が過ぎていく……俺はこの時、そんなことを思っていた。


~~~~


 ……ル、ルディス様と私が結ばれる話?


 不覚にも、少し遠くにいる二人の人間……ノールとユリアの会話に、私は変な気持ちになってしまった。


 私はただのブルースライムで、人間ではない。人間の感情や男女関係など、私にはどうでもいい話だ。だがそういった関係もルディス様が望まれるなら、もちろん……


「あれえ? ルーン先輩、どうしちゃったんですか?」


 手で持っていた見えない魔法の鎖が引かれ、急に現実に戻された。


「……何でもありません。少し静かに出来ませんか、ネール?」

「ねえ、ルーン先輩。ルーン先輩は、ルディス様の事が好きなの?」

「と、突然、何を?!」

「だって、私がルディス様に近づくと、すぐに追い払おうとするじゃん?」

「好き、とかいう次元の低い話ではありません…… 私はルディスを敬い、愛しているのです」

「愛している…… やっぱ好きなんじゃないですかー!」

「だから、そういう話では!」


 言われてみれば、妙な話だ。


 本来感情を持たないとされるスライムである自分……それがこんなにもルディスに忠誠を誓う。


 ルディスに恩義を感じているのはある。

 だが、それにしたって恩義等というものを”感じて”いるのだ。


 こんなことが、昔もあった。

 ルディス様が亡くなって以来、そんなことも感じなくなったが。


「ふう……これだから、サキュバスは……あなたと話していると、昔従魔だったアルネを思い出します」

「あ! そのアルネって、さっきあの二人の話にもでてたサキュバス?」

「そうです、あなたと変わらず、油断も隙もないサキュバスでしたよ……」


 いけ好かない仲間の筆頭だった……だけど、懐かしい。


 ネールは私から続きが聞きたいのか、興味深そうに耳を傾ける。


 そうか……アルネは元黒翼の戦斧団の一員だ。一応大先輩にあたる……


 私は少し嬉しくなって、アルネについてあることないこと交えながら、話すのであった。

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