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五十九話 会うべくして会った二人

「殿下」


 俺はその場で立って、挨拶しようとした。

 だが、ユリアは片手を出して、構わないと告げる。


「マリナ、と言いましたか?」

「は、はい! 何でございましょうか、殿下?!」

「私にもお茶を用意してくださらない?」

「も、もちろんです!」


 マリナはすぐに茶を用意し始めた。


「ありがとう、ここ失礼するわね」

「え、は、はい!」


 俺が少し間を空けると、ユリアは隣へと腰かけた。

 

 俺を挟んで、右側にノールが、左にユリアが座る。


 ユリアは【浄化】を俺が教えたことは黙っていてくれた。

 だが、俺についていらぬことを話す可能性もあるので、気が気でない。


 すぐにノールがユリアへ挨拶した。


「先ほどはお見事でした、殿下。また、このような立派な行い、感服いたしました。殿下のお手伝いが出来る事、光栄です」

「私こそ、力を貸してくれたこと礼を言います、ノール」

「もったいなきお言葉です、殿下」


 ノールは座りながら軽く礼を返し、言葉を続ける。


「時に、殿下が為されようとしていること、まるで賢帝ルディスのようだと感じました」


 ルディスという言葉に、俺はやはり反応してしまう。

 とはいえ、俺のようだとはまたどうしてだろうか。


 ノールは更に続けた。


「『帝国史』には、賢帝ルディスは皇帝に即位する前から、各地方で必ず傷病人の治療を行っていたとされています」

「しかも、聖魔法を使える従魔に各都市を巡回させ、多くの人の病やけがを癒した……『従魔秘史』にもある通りね」


 ユリアはノールに、即座に回答した。


 それを聞いたノールは少し興奮気味に問い返す。


「やはり! エルペンの図書館で、殿下がルディス関連の本を読んでいたのを目にしましたが、『従魔秘史』も読まれていたのですね」

「もちろんよ。あなたもあれを読んだの? あれはエルペンで借りれるような本じゃなかったと思うけど……」

「私はアッピス魔法大学の図書館で見ました」

「なるほど、あなた魔法大学の生徒だったのね。通りで、エルペンの図書館でよくいるのを見たわけだわ」


 二人は、今回の依頼関連が初対面であったわけではなさそうだ。

 図書館で、お互い賢帝ルディスについての本を読んでいることに気が付いてたのだろう。


 俺を挟んで、二人の話は更に弾んだ。


「殿下も色々読まれてましたね。『従魔秘史』なら、私はオークのヴァンダルとルディスの出会いが好きです」

「元々敵同士だった二人だけど、ルディスがヴァンダルを三度退けて、ついに心服させたというやつね」


 ああ、あれか……確か。


「名誉の為なら命を失っても構わないオーク達を心から従わせるために、ルディスは捕らえたヴァンダルを二度も解放した……恐怖で無理やり統治しようとした他の皇帝たちとは明確に違うと見せつけた出来事だったと思います」


 俺が思い出すよりも早くノールが解説してくれた。

 俺はそんなこともあったなと、心の中でうんうんと頷く。


「そのおかげか、ヴァンダル率いるオークは、人間が逃げるような激しい戦場でも一歩も引かない程、ルディスへ尽くした……」

「従魔になる前と後で一番変わったのは、このヴァンダルでしょうね」

「そうね……でも、印象に残る従魔との出来事なら、サキュバスのアルネとの出会いも中々だったと思うわ」

「伝説と謳われる、魔王軍の黒翼の戦斧団を束ねる戦士長でしたっけ?」

「そうよ。魔王の最側近で、数々の男を石に変えるのを至上の喜びとしていたサキュバス……そんな彼女が、唯一落とせなかった男……」

「毎晩ルディスの前に現れては、あの手この手でルディスを落そうとしたのが……何だか泣けます……」


 そう言われると、何だか今の状態も似ているような気も……

 しかし、二人ともそんなことまで知っているのか。従魔については、だいたい正しい情報が語り継がれているようだ。


「そうね……ルディスは人や人に近い見た目の魔物よりも……」

「ヴァンダルは特にお気に入りだったようですからね」


 え、何の話だ? 二人ともやけに顔が赤いが……


「ヴァンダルとルディス……私はやっぱりルディス優位の方がいいわね……」

「そっちの方が多いですけど、ヴァンダル優位の『オークの忠誠』を見ると世界が変わるかもしれません」

「『オークの忠誠』?! 名前だけしか聞いたことないけど、実在するの?!」

「大陸東部の限られた図書館で、上下篇が見れます。どこでも一部の人にしか見せていない奇書です」

「何てことなの……ああ! 我が生まれの故郷を恨むわ!!」


 ユリアはさも本当に恨むように、ヴェストブルク王国の田舎っぷりを嘆いた。

 いや……そんな書物は出回っちゃだめだ……


 ユリアはノールへ問う。


「でも、中篇は?」

「中篇は失われて久しいです……もう二百年は見つからず、見た者の所感がわずかな文献で残されているだけで……」

「人類社会にとっての大きな損失ね……」

「ええ……中篇が見れたら、私はもう……」


 人の前で、この子達はなんという話をしてるんだろうか……


 俺の中で、再び皇帝になって全てを禁書にしてしまおうか、という思いが一瞬よぎるのであった。

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