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五話 初めての依頼を無難にこなす

 適性検査の次の日、俺とルーンはギルドの一階にいた。

 早速依頼を受けて、金を稼ぐためである。


「これも、ゴブリン…… これもゴブリンの討伐依頼か」


 俺は依頼提示版に貼り付けられた依頼を見て、そう呟いた。

 最初の一つを【魔法言語化】で翻訳したのだが、どれも同じような文字の羅列なので、もしやとは思っていた。

 しかし、本当にエルペンの東西南北、全ての方面でゴブリン退治の依頼ばかりだとは。


 とはいえ、エルペン付近で姫殿下と呼ばれた女性が襲われるぐらいだ。

 それぐらい、この付近はゴブリンが多いのだろう。

 

「お、あんたが期待の新人?」


 俺は女性の声に振り向く。


 そこには茶色の長い髪を後ろで纏めた女性がいた。


 年は昨日のノールより少し下、二十歳ぐらいだろうか。

 茶色の猟師服を着ており、動きやすそうだ。背中の弓を見る限り、ハンターなのだろう。


「あ、はい。エルク村のルディスです」

「へえ、あんたが。いきなり魔導士だなんて、どういう男か気になったけど」


 女性は黄色い瞳で俺をまじまじと見つめる。


「ちっともすごそうには見えないわね」

「あはは……」


 上手く実力を隠せているので、良しとするか。

 少し悔しくもあるが。


「ああ、私はエイリス。この通り、ハンターよ」

「エイリスさんですね、よろしくお願いします! こっちは同郷のルーンです」

「ルーンです。よろしくお願いします!」


 俺とルーンは、元気よくエイリスに挨拶する。

 

「ええ、よろしくね。それにしても、この依頼、驚いたでしょ?」

「はい。どれもゴブリンばかりで…… 近くに居住区でもあるのですか?」

「居住区というよりは、前哨基地かしら。軍隊も動いているけど、森の中らしくて中々見つけられないの」

「なるほど。それで、こんなにゴブリンの討伐依頼があるんですね」

「まあ、もっと領主様がお金を使ってくれれば、皆ももっと働くんだけど」


 エイリスは冒険ギルドで酒を飲む連中達を一瞥した。


 なるほど、報酬が安すぎて、皆依頼を受けないのか。

 相場が分からなかったが、ゴブリン一体退治につき、一デル。

 ギルドの食堂のメニュー表で、一デルで買えるものはエールが一杯か。


 これは確かに安いだろう。

 ゴブリンとはいえ、仕留めるのはそれなりに手間が掛かるはずだ。


 エイリスはこう続ける。


「あ、今の話はお偉いさんには内緒よ。ま、お偉いさんに伝手があるようには見えないけど」

「もちろんです。とはいえ、俺達はまだ新人なので、とりあえず地道に依頼をこなしていこうと思います」

「うーん、本当健気だわ。新人はやる気に溢れていてよろしい! 何かあったら、すぐにお姉さんを頼ってくれたまえよ」


 頼りになるお姉さんという感じの女性だ。

 これからも色々情報を聞き出せるだろう。


「はい、その際はよろしくお願いします!」


 俺はルーンと共に頭を下げた。


 とりあえず最初の依頼として、俺達はエルペン北部のゴブリン退治を請け負うことにした。

 

 北への街道を俺より早く進むルーンは、何だか上機嫌だった。


 セシルの姿のルーンは、長い金髪を風に揺らめかせながらステップを踏んでいる。


 身に着けているのは、軍隊からギルドに払い下げられた鉄の鎧と鉄の剣だ。

 中古品の上、汎用装備で無骨なことこの上ない。

 しかし、セシルが身に着ければ、なんだか一国の気高い騎士を思わせる。

 

 長々と語ったが、つまり俺はセシルに惚れていたのだ。


 だから、セシルが…… いや、ルーンがこうやって振り向く度に、少年のように恥じらってしまう。

 

 まあ、今は少年ではあるのだが……


「ルディス様! この鎧、似合ってますか?」

「あくまで鉄の鎧だ。過度の信頼を寄せないようにな」


 俺はいつものようにお堅く返した。内心でにやけながら。

 従魔の主人、ましてや元皇帝が顔をにやけさせてはいけない。


「それはもちろんです! でも鎧なんて、騎士団長の事思い出しちゃって」

「フィオーレの事か? やつは…… 生きているのだろうか?」


 騎士団とは、俺が皇帝であった時の従魔の集団の事である。

 騎士団名は、マスティマ騎士団だ。

 そして団長は、堕天使のフィオーレであった。


 堕天使は不老不死とは言われている。

 しかし、彼女が今どうなっているかは分からない。


「……まあ、また会うこともあるかもしれないな」

「では、ルディス様。フィオーレが現れるまで、私がマスティマ騎士団長代行で良いですか?」

「実質お前しかいないから、そりゃそうなるな」

「やった! これで私も騎士団長ですね!」


 ルーンは会ってからずっと、このはしゃぎようだ。

 俺としても、再会を喜んでくるのは嬉しいが。


「さ、行きましょ、ルディス様!」

「お、おう」


 俺達は手を繋ぎながら、ゴブリンが発見された地域に足を踏み入れるのであった。


 小さな森で、俺とルーンは早速ゴブリンを探し始めた。


「そういえばルーン。ゴブリンが帝国語を使っていたんだが、何か知っているか?」

「うーん。帝国領内でも、ゴブリンはいましたからね。その末裔かもしれません」

「そうだろうな。話が通じる相手なら、エルペンから去るよう言ってみるか」


 とはいえ、ゴブリン達は人間を蔑み、食糧としか見ていない。

 交渉するのは至難の業だろう。


 一部の個体は俺も従魔にしたことがある。それでも、特殊な例だ。


 そんな事を考えながら、俺は【探知】で魔力の反応を探した。

 ルーンから【魔力供給】を受けているので、索敵範囲も以前の倍は広い。


「うん…… いたな。 ……恐らくは三体。この魔力量はゴブリンのもので間違いない」

「では、私が前衛を務めますね!」

「ああ、任せた」


 といっても、ただのゴブリンなら敵にならない。


 俺達は最低限の警戒をしながら、ゴブリン達の前に堂々と現れた。


「に、人間?!

「二体ダ! しかもどちらも弱そうダ!」

「今日の飯にしよウ!」


 ゴブリン達は案の定、槍をこちらに向けてきた。


 俺は短剣だけで、丸腰に近い恰好。

 ルーンも重装とは程遠い見た目だった。


「待て、ゴブリン達よ。貴様らに主はいるのか? いるのなら、交渉したい」

「黙レ! 人間と交渉など、有り得ヌ!」


 俺の帝国語の警告も聞かず、ゴブリンの一体が槍を構えて突っ込んできた。


 やはり交渉は難しいか。


 圧倒的な力を見せつければ、恐怖で従えさせられたかもしれない。

 見た目というのは戦術上重要なことだ。相手は、俺達の事を格下に見ている。 

 

 加えて、今の俺は並みの魔力しかもっていないのだ。


「貴様、ルディス様の御前で!」


 ルーンはすぐに剣を抜き、そのゴブリンの槍の穂先を切り落とす。

 そしてそのまま、頭に剣を振り下げるのであった。


「女ダ!!」


 すでにルーンに向かっていた別のゴブリンが、槍を振り上げた。


 俺はルーンが振り向く前に、そいつに【雷槍】を放つ。


「があッ!」


 【雷槍】を食らったゴブリンは、倒れると痙攣するかのように震えた。

 しばらく震えていたと思うと、口から泡を吹いた。


 手を抜いたつもりだったが、殺してしまったようだ。


「さあ、どうする?!」


 俺は手に【雷槍】の次弾を用意しながら、ゴブリンへ問いかけた。


「に、人間野郎があああア!」


 ゴブリンは果敢にも挑んでくるようだ。


「ルディス様の前で! 騒ぐな!」


 ルーンはすぐに最後のゴブリンの頭を切りつけるのであった。


「ルーン、良くやった」

「ありがとうございます! また、ルディス様からお褒めの言葉を頂くなんて!」


 ルーンは血濡れた剣を持ちながら俺に振り返り、にこっと笑って見せた。


 ちょっと怖いよ…… 

 やはりスライムだ。本質的に、他者の生き死にを何とも思っていない。


 同様に、時代が進んでもゴブリンはゴブリンか。

 人間を餌か何かとしか見ていないらしい。

 交渉するにも、頭脳派としなければ意味がないだろう。


 とにかく、こいつらの耳を頂いていくことにするか。


 うん? まだ息のあるやつがいるな。


 俺は、何かを小声でぼそぼそ喋るゴブリンに目を向けた。


「に、人間に負けるなド…… お許しヲ、べ、ベイツ様」


 横たわるゴブリンはそう言い残して、息を引き取った。

 

 俺とルーンは、思わず目を合わせた。


「「ベイツ?」」


 その名を、俺もルーンも良く知っていた。


 ベイツというのは、俺のかつて従魔だ。


 ゴブリンウィザードで、魔法の才能に恵まれていた。

 元々敵だったベイツが俺の従魔になったのも、己の魔法を極めたいという野望があったからだ。


 しかし、ゴブリンの一生は人と同じか、少し短い。

 それが千年も生き延びるはずがないのだ。


 だが、このゴブリン達は帝国語を使っていた。

 とすると、何らかの方法でベイツが生き永らえていることも考えられる。

 

 ベイツがこのゴブリン達の長?

 いや、ベイツは無益な殺生を好むような者ではなかった。


「ベイツが…… 生きているのか?」

「ベイツは、確かに陛下と別れた後も魔法を学んでいました。しかし、不老不死の魔法など」

「ああ。そんなものは存在するはずがない」


 何かの勘違いであってほしい。

 その一方で、またベイツと会えるかもしないという期待も入り乱れる。


 とにかく他のゴブリンから情報収集をしてみるか。

 交渉が無理なら、力づくで。


 とはいえ、残虐な方法は取りたくない。


「……ルーン、他の場所も回るぞ」

「はい、ルディス様」


 俺達は、この後もゴブリン退治に勤しんだ。


 しかし、脅してもゴブリンは決してベイツについて口を割らなかった。

 嘘か真かを見分ける【看破】という魔法も有るのだが、今の魔力では使えない。


 結局、俺達はベイツという名のゴブリンの長がいるということしか、分からなかった。


 そうしていつの間に貯まった約五十体のゴブリンの耳。

 これを俺とルーンは、エルペンへ持ち帰る。


 既に日は傾き始めている。


「重いな……」

「お持ちします、ルディス様!」

「いや、いいよ」


 女の子に持たせて、一人悠々と歩けだと?

 道行く人に何を言われるか分からない。


 しかし、農作業で重労働は慣れていたはずだが、どうにも重い。

 依頼は程ほどにして、他の金策も考えた方が良さそうだ。


 だが、こうやって苦労する冒険者生活というのも、何だか良いものだな。


 俺は額に汗を流し、ギルドへ向かうのであった。

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