五十八話 野営
エルペンを発った初日は特に何事もなく、日が暮れようとしている。
道中は本当に平穏そのもので、たまに道行く行商や農民がユリアがやらんとしていることを聞いて、果物等の食糧を持ち寄ってくれたりした。
俺はノールの賢帝に関する講義を聞きながら、馬車の中の人達に聖魔法をかけたりして、少しでも長旅がつらくならないようにした。
急に治ると色々とおかしいので、少しずつ完治できる者は治療していくつもりだ。
そんなだから、争いごとは皆無。
もともと、俺達が隠れ里や羊飼いのイプス村に行くのにこの道を通った際も、野盗の類は現れなかった。
ゴブリンや吸血鬼達が去った今、尚更安全。
山賊や野盗が出ないのは、そもそもの人口の少なさか。
ただ、隠れ里から帰ってくる途中ウィスプに襲われたように、夜はまた少し様子が違うかもしれない。
ユリア達も夜が危険と分かっているのか、今日はここらへんで野営すると兵士達に伝えるのであった。
街道から少し離れた場所、小川までそう遠くない平野で、兵士達は天幕を張りだした。
傷病人にはもちろん、俺達冒険者にも天幕を用意してくれるらしい。
小さいが嬉しい配慮だ。寝袋は俺達も持ってきている。
大きな焚火を囲むように、十余りの天幕が立てられた。
兵士と護衛で二十人程、傷病人が三十人程、そして俺達冒険者が五人。
五十人程の野営ということも有って、中々ににぎやかだ。
ロストンや一部の護衛は多芸なのか、弦楽器を弾いて、傷病人や兵達を飽きさせない。
食糧も調理係りの兵達がふるまったスープやパンに加え、昼に道行く人たちがくれた果物も振る舞われた。
「皆、お疲れ」
俺は付き添ってくれた二人の従魔と客人に礼を言った。
「ルディス君こそお疲れ様です!」
「そうです、どこかお体は痛みませんか?」
ルーンとマリナが逆に俺を気遣ってくれた。
「大丈夫だよ……ネール?」
俺はネールから返事がない事と、元気がないのに気が付く。
ネールは無言のまま体を揺らしながら、俺の胸に飛び込んだ。
「ルディス様……私、疲れちゃったみたい」
「だ、大丈夫か? その姿でいるのがもしかしたら」
ネールは一回頷いて、俺を上目遣いで見た。
「多分……だから、ルディス様今夜…… いたぁっ!?」
「ネール! あなたは私の監視下に置きます!」
「る、ルディス様!」
再び俺に近づこうとするネールだが、見えない壁に阻まれる。
「【魔法壁】です。あなたとルディス君の間に展開しました」
「ルーン先輩! どうしてそんなに私をいじめるのですか?! いくら実年齢がもうおばあちゃ……」
再びルーンの魔法がネールに飛んだ。
【透明化】をかけた【電鞭】か……ネールが体を痺れさせる。
「余計なお世話です! そもそもあなただって、人の事言えないじゃないですか?」
ネールも百歳程だが、どちらも人じゃないというのは野暮だろうな……
俺は焚火の前に置かれた岩に腰を下ろす。
この先が思いやられるが、ルーンがまあ抑えてくれるか……
それにしてもネールの真意が読めない。
俺がそんなことを考えていると、ノールが隣に来て腰かけた。
傷病人の様子をユリアと共に見てきたようだ。
「ノールさん、傷病人の方の調子はどうでした?」
「不思議ね。皆、疲れているどころか元気そのものよ。人によっては怪我の治りが良くなった者もいるみたい」
少しやり過ぎたか……とはいえ、全くあり得ない回復の度合いとは言えないのだろう。
「それは良かった。ユリア殿下の魔法のおかげかもしれませんね」
「そうね。殿下は先ほど、この前【浄化】という高位魔法を覚えて、そのおかげだと言っていたけど」
「……へえ、そんな魔法があるんですね」
しらばっくれながらも、俺は内心で焦った。
ユリアが俺が教えたと言っていたら……
だが、それは心配要らなかったようだ。
「誰に教わったか聞いたのだけど、約束でちょっと教えられないと言っていたわ」
「高位魔法ですもんね……」
「でも、魔法自体は教えても良いって言ってたわ」
「おお、それは羨ましい!」
「あなたも魔法の才能があるし、殿下に聞いてみたら?」
「そうですね……機会がありましたら聞いてみようと思います」
俺が何か別の話題を振ろうとしていると、ちょうどいい時に、マリナが紅茶を差し出してくれた。
「ルディス、お茶が出来ました。ノールさんもどうぞ」
俺とノールはありがとうと言って、マリナから木製の杯に入った茶を受け取る。
「……うん、美味いな」
俺は一口、二口と茶を口にする。
ルーンの教えもあってか、マリナが淹れてくれたお茶はとても美味しかった。
「本当、美味しいわね……王都でもここまでの茶は出せないわよ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
素直に喜ぶマリナ。
ノールはこう続けた。
「しかし、ルディス。あなたの村……あなた含め、なかなか素養が高い者達ばかりね。学校でもあるの?」
「ああ、いや……教えてくれた村長や大人達が優秀なのかもしれません」
「そうでしょうね。いつか、私も行ってみたいものだわ。何村だったかしら?」
「そんな大層な村じゃないですよ。行っても特に何かがあるわけじゃないですし! 本当にただの田舎で」
実際にノールが来たら、落胆するというか、ルーンやらが本当はいないことがばれてしまうだろう。
必死に誤魔化そうとしていると、今度はまた違う聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「美味しそうな紅茶ね」
「ええ、とっても美味しいです…… え?」
俺は突然の声に振り向く。
そこには長い銀髪の女性、ユリアがいた。




