五十七話 旅路
「ノールさん! ノールさんも殿下の依頼を受けたんですね」
俺は何故か嬉しくなったのか、少し喜ぶような表情でノールに言った。
報酬だけ見ればこんな割に合わない依頼を受ける者がいたとは。
それが世話になっている先輩のノールだったのだから嬉しい。
ノールも俺達がいたことが嬉しいのか、微笑んで挨拶してくれた。
「そうよ。ルディス、ルーン、それにマリナちゃん。あなた達も受けたのね……えっと」
ノールは人間に化けたサキュバスのネールを物珍しそうに見た。
俺はネールの事を紹介する。
「ああ、この子はネールといって、俺の村の」
「ルディス様の婚約者でーす! どうぞ、お見知りおきを!」
また、このサキュバスは……
俺が訂正しようとする前に、ルーンが口をはさんだ。
「あなたはただのルディス君の召使です! 婚約者は私です!!」
またもや不毛な応酬が始まった。
ノールは苦笑いするかと思ったが、子供の争いと思ったのか小さく笑うだけだ。
「ふふ、元気な子ばっかね」
「は、はい! 元気だけは!」
「それじゃあ、これから十日ほどよろしくね」
「はい!」
エルペンに向かって進み始める車列。
馬車は傷病人を乗せているので、人間が歩くのとそう変わらない速度で石畳の街道を進んでいく。
馬で先頭を行くユリアだが、道を通る人々からは手を振られ、好意的に接してもらっているようだ。
「王女様にしては、立派なお方じゃのう」
「そうね。でも、王印ってのがないだけで宮殿ではいじめられているそうよ」
「弱い者はすぐに切り捨てじゃからのう、あの王様は」
「それは代々そうでしょ」
二人の老夫婦を始めすれ違う人々は、ユリアの噂を残していった。
エルペン周辺だけでは何も言えないが、王室はあまり慕われていないのかもしれない。
それもあってか、ユリアの行いは際立って見えるのだろう。
とはいえ、兵や護衛の前でそれを言ってしまうのだから、権威がないものだ。
あるいは、王の権威は王都にしか及んでいないのか。
そんな真面目な事を考えていると、ネールが俺に駆け寄る。
「ちょっとルディス様。さっきの綺麗な人も、ルディス様の……」
「ネール……人間はサキュバスみたいに、いつもそんな色恋沙汰ばっか考えているわけじゃないんだ」
そんな事ばかり考えている人間もいるかもしれないが……俺は違う。
「本当ですかぁ? さっきの目線は、確かに思い人のそれだと思ったけどなあ」
俺はちょっとぎくっとした。
いつのまにノールをそんな目で見ていたのだろうか。
いやこれは俺をおちょくっているだけか……
にやにやと俺の顔を見るネールの表情がそれを物語っている。
「とにかく! 俺は違うからな!」
「え、そうじゃなくて、私は…… あっ、ルディス様!」
俺はネールの言葉の途中で、少し先を行くノールの元に歩いていく。
ネールはというと、再びルーンに捕まり、先程の言葉を責められているようだ。
こうなると、ルーンとネールはペアで組ませた方が良いな……
俺はノールの隣で歩みを合わせると、気になっていたことを訊ねた。
「あの、ノールさん」
「うん? どうしたの、ルディス?」
「その、何でノールさんはこの依頼を受けたのかなって思いまして」
「割に合わない依頼……あなたもそう思ったのね。現に、エイリスとカッセルからはそう言われたわ」
「十日で五十デル……やはり少ないですからね」
「……逆に聞くけど、ルディスはどうしてこの依頼を受けたの?」
「俺ですか……」
正直に言うのは少し恥ずかしい気もした。
だが、先程の喜ぶ顔を見せてしまった以上、今更隠しても仕方がない気がする。
「そうですね……何というか、放っておけなくて」
「私もそうよ」
ノールは恥じることなくそう言った。まるで、それが当然であるかのように。
「私が冒険者になったのは、こうやって人の役に立つためだから」
胸にある五芒星が刻まれたペンダントを握るノール。
自分を思い返すと、冒険者になりたいと思ったのは純粋に自分のためであった。
「……そうだったんですね。何だか、自分が恥ずかしいです。俺なんてお金を稼ぎたいがために、冒険者になったようなものなので」
「でも、あなたもここに来たじゃない」
「それは……」
見透かされているか。
自分も金のためにこの依頼を受けたのではない。
もちろん報酬はもらうが、ただ稼ぐだけなら他の依頼を受けた方が良いはずだ。
「心のどこかで、ユリア殿下に協力したいと思った。そうでしょ?」
「……そうですね。人助けになるならと思ってこの依頼を受けたんです」
「ふふ、思ったとおりね。ただお金のためだけに生きていくなんて、寂しいもの」
俺はノールの声にコクリと頷いた。
自分の心の赴くままに行動する……
これは、皇帝時代は立場や利害でできなかったことだ。
こうしたい、という自分の意思で行動できるのは恵まれていることなのだろう。
そんなことをしみじみ感じていると、ノールがさらに続けた。
「この言葉はね、賢帝ルディスの言葉なのよ」
「え、そうなんですか?」
そんな言葉を残しただろうか? 俺は自分の前世を思い出す。
似たようなことは言ったかもしれないが……
「知らないのね、じゃあ私が教えてあげる……いい、今の言葉は『ルディス全語録』にもあるように」
「ちょ、ちょっとノールさん、俺は別に」
本当に自分が言ったことじゃないかもしれないし、本当に言ったとしたら解説がつくなんて恥ずかしい。
だが、ノールは俺の声も聞かずに、お経のように賢帝ルディスに関する講義を始めるのであった。




