五十六話 護衛任務
「じゃあ、行ってくるよ」
俺の言葉に、エルペンの城門近くの広場に集まった小さな子供達は元気よく、はいと答える。
隣にいた黒い馬……バイコーンのフィストも、嘶きで返事の代わりとしているようだ。
今日この日、俺は王都に向かって出発する。
目の前で整列する子供達は、チビスライムが人間に化けたものだ。
肉眼では確認できないが、この場には【透明化】したアヴェルとヘルハウンド四体もいる。
皆、俺を見送りに来てくれたのだ。
エルペンと隠れ里の留守はアヴェルに指揮を任せる。
直接言葉を掛けるわけにはいかないが、既に昨日宿で諸々伝えてあるので問題ない。
そう、問題はない……問題があるのは俺の右腕と左腕をそれぞれ掴む者達か。
「ルディス君、やはりこの者は隠れ里の地中奥深くにも埋めておくべきです!!」
「ルディス様助けて! ルーン先輩がいじめるよ!」
ルーンとネールが俺を挟んでお互いを睨む。
結局二人はずっと喧嘩しっぱなしだった。
フィストですら不安な視線を送っていることが全てを物語っていると言っていい。
「マリナ……準備は良いか?」
「は、はい! 準備万端です……あっ!」
手を挙げて俺に応えてくれたマリナだが、その反動で、華奢な体に似合わない背嚢から荷物が落ちる。
「ごめんなさい! る、ルディス!」
ルディスという呼び捨てが何だか初々しい。
謝る事なんてない。買い出しの際もきっとルーンやネールが喧嘩しているから、一人で買わなければいけなかったのだろう。
食糧や食器、果てはスコップやつるはし……少し準備していく物が過剰な気もするが、準備のし過ぎで悪いという事もない。
「俺も少し持つから大丈夫だよ…… それじゃ、皆。行ってきます」
俺はエルペンに残る従魔に手を振って広場を後にした。
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」
皆、外なのでルディス様と呼ばずにお兄ちゃんと呼ぶ。
フィストも再び鳴いて、俺に別れの挨拶をしてくれた。
さて、それではユリアの率いる馬車へ向かうとしよう。
王都に行くのは、俺とルーン、マリナ、ネールだ。
また、アヴェルとの連絡係としてヘルハウンド三体も付かず離れずに同行してくれる。
エルペンの城門を出ると、そこには傷病人を乗せた馬車が五台あった。
雨風を凌ぐ幌が付いた、二頭立ての馬車。中は六人程が寝れるスペースがあって、実際にどの馬車も五、六人程が乗っているようだ。
なるほど、やはり魔法だけではどうにもならない者も乗っているようだ。
とはいえ俺が魔法で完治させられる者もいるし、この人達が長旅で疲れないように聖魔法を少しずつかけていくとしよう。
俺はルーン達を車列の後方に待機させ、一人で先頭まで歩いていった。
ある女性を探すためだ。
いた。部下や領主の兵にあれこれと指示を出している。
この青い瞳を輝かせる長い銀髪の女性こそ、今回の依頼人にしてヴェストブルク王国の王女ユリアだ。 今日はいつものドレスではなく、外で身に着ける青い軽装鎧を身に着けていた。
俺は話が終わるまでその場で待とうと思ったが、向こうから気が付いたようで俺に顔を向ける。
「ルディス!」
「殿下、お久しぶりです!」
「良く来てくれました! あなたならきっと参加してくれると思ってました!」
都合の良い人間と思われているか、それとも俺の性格を知っての事か。
どちらにしろ、こういう事を断れるわけがないし、ただ見ているだけなんてできない。
「微力ながら、殿下と人々を必ずお守りいたします」
「心強い言葉です。 ……それと、あなたには色々と聞きたいことが有りました。旅の途中、私の話相手になってくださいますね」
「そ、それは……身に余る光栄でございます」
頭を下げる俺。
聞きたいことというから少し身構えたが、きっと俺の身の上というよりは、新たな魔法についてだろう。
「ルディス、俺からも礼を言わせてもらう」
次に声を掛けてきたのはロストンだ。
「いえいえ、お金を頂くのですから、お礼を申し上げるのは私の方です」
「はは、相変わらず謙虚な奴だ! 皆、こいつはな!」
後ろの領主の兵士達に、こいつは強いんだぞ、とか言いふらしているようだ。
ユリアがそれに構わずに俺に続ける。
「……ルディス、あなたには後方の守備をお願いしてもいいですか? 魔法を使える者が後衛の方が安全と思ったので」
「かしこまりました、殿下」
「ありがとう、ルディス。後方にはもう一人冒険者が付いてくれます。あなたとあなたと一緒の三人、そしてその一人で後ろは任せました」
「はい! それでは早速配置につきます」
俺はもう一度頭を下げて、後ろへ向かう。
既に後ろには、ルーン、マリナ、ネールが待機している。
あと一人か……そういえば、ロストンが一人集めたと言っていたのでその人だろうか。
俺はマリナと今後について話し合うことにした。
後ろの二人は、しばらくはそのままにさせるのが一番だからだ。
いつかは、真面目な俺達を見て、改心して……くれるはず。
すると、聞き覚えのある声が俺の耳に響く。
「……あら、ルディスじゃない」
その声の主は先輩冒険者のノールであった。




