五十五話 知己の依頼
王都の情報を集め終わった俺は、ノールと別れギルドへ戻っていた。
情報収集はこれで完璧……王都での注意事項は殆どノールから聞くことが出来た。
王都はあまり治安のいい場所とは言えないらしい。
今なお大陸西部最大の人間の都市ではあるが、最盛期と比べると人口が減少し、通りには廃墟も目立つという。
そういった廃墟に住むのは単に家のない人々ばかりではない。強盗やスリ、非合法の商売に手を染める者が拠点にしている場合もある。
また人口が非常に多いので、王宮に続く大通りでは常に人がごった返しているらしい。
歩きづらいだけではなく、頻繁に客引きから声が掛けられるのだが、それがあまりにもしつこいだとか……
まあ、大都市では割と普通の事では? と俺は思った。
ただ、農民生活が長く、エルペンの人が少ない通りに慣れた俺にとっては確かに辛いことかもしれない。ノールもそんな俺を思って教えてくれたのだろう。
そこらへんは魔法を駆使して乗り越えればいいか。
宿もこちらと同様、冒険者は無料で借りれるらしい。
だが、俺達が王都に向かう際、こちらの宿はしばらく空けることになる。
サキュバスのネールの冒険者登録を済ませるついでに、チビスライム達も同様にするつもりだ。
冒険者としての仕事は、まず主に納品を任せさせる。戦闘が伴うものはまた今度。
そもそもは隠れ里への物資の輸送も頼むので、冒険者業は片手間だ。
チビスライム達だけ残して心配かと問われれば、確かに心配だ。
しかし、これまでも何度も留守は任せてきたし、外での任務もそつなくこなしてくれた。
最低限のことは守らせるし、一緒に隠れ里を行き来させるアヴェルにも定期的に指導させる。
むしろ一番の悩みの種は、ルーンとネールの言い争いか……
俺はそんなことを考えながら、ギルドの受付嬢に挨拶する。
「こんにちは、ルディスさん」
「こんにちは。実は今日は王都に向かう依頼がないか聞きたくて来たんです」
「まあ。それなら」
受付嬢は後ろに振り返る。
それに気が付いたのは、椅子にどっしりと座る見た事のある顔の男だ。
鉄の鎧兜に身を包んだ体格のがっしりとした男。
その見た顔の男は俺を見ると、獲物を見つけたと言わんばかりに立ち上がった。
「ごめんなさい、今の言葉は忘れてください……それじゃあ」
俺は振り返り、ギルドの出口を目指そうとした。
だが、その瞬間俺の肩はがしっと掴まれる。
「ルディス! 仕事を探しているんだな?!」
「ろ、ロストンさん、お久しぶりです」
俺は仕方なく、ロストンという男に振り返った。
ヴェストブルク王国の王女ユリアの護衛隊長であるこの男がこのギルドにいるという事は……
「姫殿下がギルドに依頼を出された! ルディスは当然受けてくれるな?」
あのユリアがまた何かを考え出したらしい。
それも王都に用がある依頼なのだろう。
あまりユリアに接近することは権力に近寄ることにもつながりかねない。
それに正直に言えば、ユリアの依頼は報酬が……割に合わない。
「そうは言われましても……私も仕事ですので、内容次第ですかね」
ロストンは俺から手を離し豪快に笑う。
「ははは! 今回の報酬は期待していいぞ! 何と五十デルだ!!」
胸を張って言うロストンだが、王都まで歩きで十日かかることを考えれば、正直言って微妙な額だ。
「……念のためお聞きしますが、依頼は先ほど出されたのですか?」
「いや、昨日だ。今日はどれだけ人が集まったか聞きに参ってな」
「……それで、何人集まったのでしょう?」
「一人だ!」
ちっとも恥じることなく返すロストンに、俺はそうでしょうねと返した。
「だが、ルディスと……あとルーンと言ったか、この二人なら受付嬢が受けてくれるだろうと言うのでな」
俺は受付嬢に視線を移す。
受付嬢はそれから逃れるように、「ああ、あの書類忘れていたわ」とその場から去っていった。
「はあ…… それで、どういったお仕事なのでしょうか?」
「姫殿下が護衛を募集している。五台の馬車を護衛してくれる冒険者をな」
それならば兵士だけでもいいように思えるが、昨今の魔物の多さからして、対魔物の戦闘経験豊富な冒険者を募るのは理にかなっているか。
なによりユリアだけを守るのではなく、五つの馬車を守るというのだから人員も必要になるだろう。
「エルペンの領主も兵を十人程付けてくれると言ってくれたのだがな。やはり、魔物との戦いに慣れた者も殿下は連れていかれたいようだ」
「それは……そうでしょうね」
しかし、馬車を五台も用意して何を運ぶつもりだろうか。
その答えをすぐにロストンは口にした。
「ルディスが教えてくれた魔法で、ここ最近殿下はたくさんの者を救われた。しかし、魔法で治せない者もおってな……」
浄化で治せないとなると、末期の高齢者や、体の一部を失った者……
そういった人々になるだろうか。
「そこで、王都でならもっと進んだ治療が出来ると、連れていくことにしたのだ」
俺は、割に合わないなどと言った自分を少し恥じた。
ユリアは俺が教えた魔法と与えた剣で、多くの人を救っていたのだ。
それは分かっていたが、あくまでも全ての人を助けようとするとは。
ロストンは手を合わせ、頼むと懇願する。
ユリアのみならず、ユリアの行いを助けようとするこのロストンにも俺は心を打たれた。
五十デル……少ないが、受ける価値はおおいにあるか。
どうせ、急ぐ旅でもないし、贅沢がしたいわけじゃない。
「分かりました……その依頼、受けさせてもらいます」
こうして、俺は王都までの依頼を請け負うのであった。




