五十三話 王都の話を聞く
俺が少し驚いた顔をしたのを、エイリスは少し不思議に思ったようだ。
ここエルペンでもこの前、ゴブリン達との戦いがあったように、”戦争”は珍しくない。
だが、王都で進められているのは、中央山脈を超えてくる大陸東部の国に対する防備だった。
つまり、ヴェストブルク王国が戦争をするのは人間の国。
人間同士で争うという事である。
分かってはいたが、この大陸ではいまだに人間同士が争っているらしい。
エイリスは俺が怯えていると感じたのか、こう声を掛けてくれた。
「そんな心配しなくても大丈夫よ。実際に戦場で争うのは、主に貴族達だし」
「そうですよね……でも、前はエルペンの騎士は全滅したようでしたが」
「今回は人間の貴族同士だから、どっちも死ぬまでやろうなんて思わないわ。まあ、彼らからしたらちょっとしたお祭りね」
なるほど……戦争と言っても、昔のように領地を増やすというより、名誉やお金のための戦争という側面が強いようだ。
武功を立てれば王から褒賞が得られる。
褒賞は捕らえた貴族に払わせる身代金から充てればいい。
もちろん、農民出身の兵は兵で死ぬわけで……とても褒められたものではないが。
エイリスは嬉々として続ける。
「私達からすれば、これは稼ぎ時よ。狩猟や採集でしか得られない物は高値で売れるし、王都とエルペン間の依頼も増える」
「つまり、王都に行く依頼も増えると?」
「そう。むしろ、王都のギルドでは人手不足になるぐらいよ」
だから、エルペンにも王都で対処できない依頼が舞い込んでくると。
「物資や武器のために特需が起きるのは分かります。ただ、人手不足になるほど仕事が回ってくるのでしょうか?」
「不足になるなんてもんじゃないわよ。仕事は選び放題だし、どうしても人が必要な依頼はギルドが報酬を追加して、無理にでも人を集めているわ」
「お金は……皆の税金なのでしょうね」
「そこは王様のお金、ということにしておきましょ。どちらにしろ、ずっと貯め込まれるよりはましだし」
エイリスの歯に衣着せぬ言葉に俺は苦笑いする。
しかし、聞きたいのはどういう仕事が増えるのかということ。
「それで、仕事の内容は……」
「王都周辺での護衛、哨戒……実質軍の後方要員みたいなもんね。魔物に対処できる兵が少なくなるというのもあるわ」
王都が無防備になるという事か。
「まあ、その魔物もさすがに王都を攻めようとは思わないだろうけど」
「それはまたどうしてですか?」
「そっか、ルディスは王都をまだ見たことないんだっけ? 田舎と言われる大陸西部で唯一……むしろ、大陸東部の都市と比べても、王都ヴェストシュタットの城壁は立派なものよ」
エイリスは王都について語ってくれた。
「エルペンの三十倍もの広さの土地を囲う長大な城壁……元々、ヴェストシュタットはザール山の上に築かれたから、元の山頂にあたる王宮を中心に、見下ろすように市街が広がっているわ」
立派な都市ということかと感心したが、ザール山という言葉に俺は引っ掛かりを感じた。
ザール山……だと?
俺は思わず声を大にする。
「ザール山?! あの大火山の上に街を造ったのですか?!」
「……だ、大火山?」
エイリスは少々困ったように、不思議そうに聞き返してきた。
ザール山は俺の時代では、大火山として知られていた山だ。
その噴火は大陸東部でも観測され、風に飛ばされてきた火山灰で、東部全土で大飢饉が起こったことも有るという。
俺の生きていた間には噴火は起きなかったが、神話の時代から人、魔物問わず、ザール山の噴火は綿々と語り継がれてきたはずだが……
西部に大々的に人間が流れてきたのは、五百年前……
ザール山が千年間噴火しなかったのなら、火山であることが忘れ去られたということもあり得るが。
「あ、いや、何かの勘違いだったようです。とにかく、王都の依頼も視野に考えてみます」
「そうね、あなた達へのギルドからの評判は上々だから、きっと割のいい仕事を紹介してくれるはずよ」
「ありがとうございます!」
エイリスは頑張れと俺の肩を小突くと、手を振って商人のたむろする場所へと向かっていくのであった。
「ザール山……」
戦争という言葉がどっかに吹っ飛んでしまった。
まさか、あの大火山の上に街を造るとは……
噴火すればどれだけの死者が出るか分かったもんじゃない。
千年噴火しなかったのがたまたまで、明日にでももし噴火したら……
それとも、噴火しない理由、または噴火を止める術があるとでもいうのだろうか。
俺は、火山の上に築かれた王都に興味を持つのであった。




