五十話 エルペンへ帰る
この従魔達の隠れ里に来て、三日目の朝。
俺は神殿の外で荷造りを終え、従魔達に別れの挨拶をする。
「アヴェル、それでは頼むぞ」
「はっ! ルディス様もお気をつけて」
見送る従魔達の中で、アヴェルが頭を下げた。
ここはこのままアヴェルと従魔達に色々と任せて、俺は人間の都市でここで賄えない道具や物資を手に入れてくる。
それらを手に入れるために必要な物はお金。
それなら、商人になったほうが手っ取り早い。
だが、俺は農民の子という戸籍がある。
農民の子が村を出るには、兵士になるか冒険者にならなければいけない。
故に、商人として各地を回ることは出来ないのだ。
もちろん、冒険者としてギルドに登録されている内は、片手間で取引をしてもよい。
ギルドへの依頼をこなし、売れる物を売る……仕事の比重の塩梅が難しいが、効率を重視する必要はどこにもない。
目標は世界各地を巡り、かつての従魔達と再会する事、安住の地を得る事。
贅沢に暮らしたいのが目的ではないのだ。
「さて、ロイツ……本来はお前や他のゴブリン達も連れていきたい所なのだがな」
「それが難しいことは承知しております。それに、何でも他者から教わっていては成長できないことも今回、教えていただきましたゆえ」
ロイツの発言に、後ろのゴブリン達も首を縦に振った。
昨日はいくらかロイツ達に中位魔法を教えた。
しかし、一昨日教えた事……魔法で何が出来るか、何をするのにどんな魔法が必要か……
その方が重要であると、ロイツは考えたようだ。
このロイツの発言を、人間に変身し鎧を身に着けたルーンがうんうんと頷く。
「マリナ、それにお前達。今のロイツの発言、良く聞いて……」
馬車に載せたチビスライムへ振り返るルーンだが、そこにいるのは人間の姿のマリナとフィストだけ。
マリナははつらつと答える。
「はい、ママ!」
フィストの方はというと眠っていたのか、突然の呼びかけにきょろきょろと周囲を確認した。
「え、何すか? 俺もっすか?」
「……あなたもちゃんと聞いておいてほしかったですが、チビ達は」
雄叫びを上げるオークのような形相であたりを見渡すルーン。
チビ達を見つけたのか、目を止める。
そこには、ぴょんぴょんと草原で駆けっこをするチビスライム達がいた。
落ち着きがないのは仕方がないと……俺は思う。
これだけ広い草原、更にまたあの宿の狭い部屋に戻ると思えば、ぎりぎりまで遊んでいたいはず。
「こらっ! 馬車に乗ってなさいとあれほど言ったでしょ!?」
「ご、ごめんなさい、ママ!」
急いで馬車に戻るチビスライム達。
ある程度の親の威厳は必要だと思うので、俺も今回は何も文句はつけない。
だから、チビ達にはこう声を掛けた。
「お前達にも、そろそろ新たな仕事を頼むつもりだ。外をある程度自由に歩けるようになるから、ルーンの言う事はよく聞いてくれよ」
外を自由に、という言葉にチビスライム達はそれぞれ顔を合わせて喜んだ。
「はい! ルディス様!」
いつもより元気な返事が返ってくる。
荷物の輸送や買い出し……それを任せるつもりだが、それ以上の事もできるよう並行して、有る事を教える。
具体的には、チビ達にも冒険者になってもらうために、戦闘訓練を施すのだ。
人間に化けさせても、チビ達には戸籍がない。つまり、都市間の移動や交易に支障が出る可能性が在る。
商人等の国中を自由に移動できる身分の戸籍の偽造も考えているが、どういう紙と制度なのかは俺もいまいちわかっていないのだ。
そこで情報収集も商売もある程度できる冒険者にならせようと考えたのだ。
マリナがもう少し育てば、リーダーとしてチビ達を率いてもらおうと思っている。
最初はやはり同じ場所で活動し、一緒に依頼をこなしていこうと思っているが、ゆくゆくは別の街や国で活動するのもいい。
まだ生きているかもしれないかつての従魔達の情報収集も出来るし、チビ達にもある程度の自由を与えられるからだ。
このことも含めて、昨日の夜に従魔を代表するルーンとアヴェル、ロイツとは今後について相談済みだ。
挨拶も済ませた……あとは、エルペンに向かうだけ……
もう一度皆に向けて、別れを口にしようとした時だった。
俺の右腕の裾がくいくいと引っ張られる。
誰かと思い、右に目を向けると……
「ルディス様、そろそろ行きませんっ? 私、早く人間の街が見たいなっ!」
紫がかった黒髪のサキュバスが左右に黒い尾を振りながら、上目遣いで訊ねてきた。
およそ人質と思えないような笑顔を見せる彼女は、ネールという黒翼の戦斧団のサキュバスだ。
黒翼の戦斧団は魔王の親衛隊のようなもの。ネールはいうなれば、魔王に対する人質だ。
そんな境遇を本人は理解しているはずだが、仲間が去った後もちっとも悲し気な様子を見せないネール。
ルーンは昨日、俺に忠告した。
ネールは俺の命を狙う……隠れ里でとどめておくべきだと。
帝印の効果で主人に危害を加えようとする従魔は、命を落とすことになる。
だから、その危険性は限りなく低いはず。
ネールは俺の魔法を見て、真っ先に怯えていたサキュバスだ。
刺し違えてでも俺の命を狙おうとは思わないだろう。
むしろ、ネールの戦闘力が馬鹿にならない現状、隠れ里にとどめておくことの方が怖い。
ネールの魔力を鑑みるに、アヴェルには遠く及ばないがロイツよりは勝っているだろう。
ここにいるヘルハウンド達と同等ぐらいだが、ゴブリン達では敵わない。
それに、黒翼の戦斧団の名前から分かるように、ネールは巨大な黒いハルバートの使い手でもあるはずだ。
俺としては、手元で監視できたほうが安心。
ルーンの視線を感じたので、俺はネールの手から腕を解く。あまり仲良くならない方が良い、というメッセージでもあるだろう。
「……ああ、そろそろ行こう。ネールも手伝えることがあれば手伝ってくれると助かる」
「もちろん! 私、朝から夜まで、ルディス様に一所懸命にお仕えしまーす!」
ネールは手を挙げて、周りによく聞こえるように言い放った。
ルーンの不安は分かる。
だが、”こういう事”は慣れている。
俺は隠れ里に残る従魔達に別れを告げ、フィストの牽く馬車でエルペンに向かうのであった。




