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四十九話 積極的な客人

神殿のような家で、俺は従魔と共に食事を取っていた。


椅子や食器などの調度品もなく、焚き火を囲んで焼き魚を食す。

野外と変わらないこの食べ方だが、場所は大層立派な家 ……その重厚な石壁にルーンの声が響いた。


「付いていくですって?!」


ルーンの威嚇するような目線は俺の腕……それを両腕で掴む、紫がかった黒髪を首のところで切り揃えた少女に向けられている。


少女と呼ぶのは少し語弊があるかもしれない。

この龍のような黒い翼と尾を生やした者は、すでに百歳のサキュバスなのだ。


サキュバスは魔法だけでなく、その姿でも人間の男性を魅了しようとする。

この目の前のネールもまた、人間の基準からすれば、絶世の美女と謳われるような見た目をしていた。

加えて、黒翼の戦斧団は胸や腰の部分だけを覆う露出度の高い黒の防具を身につけており、非常に目のやり場に困る格好だ。


帝国があった時代も、どれだけの貴族の若い男が、この彼女達の甘い誘惑に引っかかったものか。


「だって、私は人質だし、皇帝……ルディス様の目に届くところにいる方が良いでしょ?」


十五歳ぐらいの見た目相応、いやもう少し幼いぐらいの口調でネールは答えた。


これにルーンはすかさず声を上げる。


「あなたをどうするかを決めるのは私達です! 人質は人質らしくしてください!」


ルーンから隠れるようにネールは俺に体を寄せて、小さな悲鳴を上げた。


「こ、怖いっ!」

「お前! 今すぐルディス様からその下品な手をどけなさい!」

「ルディス様、助けて!」


ネールは更に俺の腕を掴む力を強めるだけだ。あからさまに胸を強調して……


俺の目が自然とネールのあらぬところに向いていたのだろう、ルーンの怒りの矛先は俺に向かった。


「ルディス様! この者はあのマナーフの配下ですよ!」

「それは百も承知だ。だからこそ、こうして客人として」


そう答えて引き下がるルーンではない。


「ルディス様は甘すぎます! それにサキュバスといえば、あのアルネの同族! 毎夜、枕を高くして寝れないことは、目に見えています! アヴェル! あなたもそう思うでしょう?!」


突然の飛び火にも、アヴェルはいつもの冷静な口調で答えた。


「ルディス様をいついかなる時もお守りするのが我らの役目だ。若いサキュバスの一体の存在に何を狼狽える必要があるか」

「ああもう! アヴェルはいつも考えが浅すぎます! 常に万が一を考え、我らは対策しないと!」


その場で跳ねてぷんぷんと怒るルーン。


それを見てか、ふふんと気をよくするネールの息遣いが耳をくすぐる。


最近従魔となったバイコーンのフィストも、ルーン先輩は過保護すぎる、と口にした。


するとルーンはフィストへ延々と説教を始めた。


俺はルーンを止めようとするが……


「ルディス様ぁ……ねえ、いいでしょお?」


ネールが阻むかのように、腕をくいくいと引っ張る。

振り向けば上目遣いの、美少女が。


「俺に同行する事か? 信用はしているが、人間の国に行くからな、少し考え……」

「人間に化けるなんて造作もありません! ……はい、どうですか?!」


ネールは瞬く間に、翼と尾を隠してしまった。サキュバスの特徴が見えない今のネールは、誰がどこからどう見ても人間の少女だ。


「さすがというべきか。とにかく」


俺はネールの手をゆっくりと引き離す。


「今日はもう眠い。少し考えさせてくれ」

「あ、ごめんなさい。私、そこまで気が利かなくて……お詫びと言ってはなんですが……」


再び俺の手を引こうとするネール。

俺は立ち上がる事で、その手から逃れる。


「いや。ネール、お前は客人。すでに、良い個室を用意してある。寝具は粗末だがな……また、明日相談させてくれ。じゃあ、俺は他の従魔に挨拶しに行くから」

「あ、ルディス様ぁ……」


俺は半ば強引に、ロイツ等、他の従魔達に声をかけにいった。


ルーンの忠告はもっともだ。


帝印の効果もあるので、ネールが俺の命を狙うことはまずない。


いや、厳密には命を狙っていることになるかもしれないが……


俺の脳裏には、かつて従魔であったサキュバスのアルネの姿が浮かぶのであった。

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