四話 クラスを決める
「ルディス様!」
風呂で汗を落とした俺は、宿場の一室でルーンに抱き着かれる。
もちろんルーンはスライムの姿に戻っているが、喘ぐような声で喜んでいるのだ。
このままでは、宿の主人達になんて言われるか分からない。
「ルーン! ここは安宿だ! 少し声の大きさを考えてくれ」
「はっ! これは失礼しました…… ルーン一生の不覚です」
気を落とすルーン。
少し強く言い過ぎたかもしれない。俺にとっては十数年ぶりでも、ルーンは違う。
千年ぶりの再会に浮かれても仕方がないのだ。
「分かればいい。ルーン、俺も会いたかったよ」
俺はベッドに腰かけると、ルーンを膝の上に乗せて撫でてやる。
「ルディス様ぁ……」
嬉しそうに体をとろけさせるルーン。しばらくは、こうしてやろう。
その一方で、俺は今後のことを考える。
まずはこのエルペンや、世界地図、情勢について調べたいな。
とはいえ、これは田舎から上ってきましたという感じで過ごせば、皆教えてくれるだろう。
大事なのは、これからの人生の目標だ。
まずは冒険者になって金を稼ぎながら、どこか拠点を買う。
そこで、他のブルースライム達を住まわせるとしよう。
俺としても、どこか家が有れば助かる。
その一方で、冒険をする。
これが今後の俺の人生の目標だ!
「ルディス様。嬉しそうですね!」
ルーンは俺が浮かれているのを見て、そう言った。
「ま、まあな」
思えば転生前は自由がなかった。
こうやって自分で、自分の今後を決められるのは何とも嬉しい。
転生前、俺は滅多に笑顔を作ることはなかったのだ。
ルーンも何だか嬉しそうなのは、俺のそんな気持ちが伝わってるからなんだろう。
「ところで、ルーンよ。明日の適性検査だが、くれぐれも基礎魔法、それに力を抑えてくれよ」
「はい! 元々、【擬態】中は魔力が落ちるので、好都合かと思います」
「そうだな」
そうだ。むしろ心配なのは、俺の方だろう。
加減をするというのは、中々難しいことだ。
戦争ではただ自分の魔力を出し切って、高位魔法を使えばよかったのだから。
「それにしても、クラスとはなかなか面白いですね! ルディス様はもちろん魔法を使うクラスに?」
「ああ、そうするつもりだ。ルーンは、何か希望はあるか?」
「そうですね…… 人間の姿だと魔法が制限されるので、ルディス様の露払いのため、戦士系のクラスでもいいかなと」
「そうか。それなら、お前のための鎧や武具を買ってやらないとな」
目立たず冒険者をやっていくなら、それがいいかもしれない。
良質の武具を用意すれば、ルーンもそれなりの戦士と同じ動きが出来るはずだ。
「そんな、私などのために」
「遠慮するな。これから俺達は冒険者になるんだ。一緒に新しいことに挑戦していこう」
何かの縁で、俺もルーンも新たな人生をスタートすることが出来るのだ。
スライムなのに、戦士のルーンも面白いじゃないか。
「分かりました…… これからもよろしくお願いしますね、ルディス様!」
「ああ、よろしくな」
この日、俺は十数年ぶりにルーンのスライム枕を堪能する。
プルプルでひんやり、とても良い寝心地であった。
俺が上着を着て、ルーンも【擬態】を済ませる。
そして宿を降りると……
「お、二人とも、お熱いねぇ」
先輩冒険者達が、早速俺達を弄ってきた。
俺は恥ずかしがるように、「そ、そんなんじゃないですから!」と答えた。
そして足早にギルドへ向かうのであった。
まあ、若い男女が宿の狭い一室に一緒に入れば、こうなるか。
ある意味で、若い農民の男女感は出たかもしれない。
そう思うようにして、若干の恥ずかしさを乗り越えるのであった。
「おはようございます。お二人とも」
ギルドの受付嬢が、俺とルーンに挨拶してきた。
俺もルーンも頭を下げて、挨拶を返す。
「今日は適性検査を受けられるのでしたね。ギルドの裏庭で、試験を行います。試験官は、オリハルコン級の冒険者です」
俺とルーンはそれに頷いて、裏庭へと向かう。
裏庭は、軍隊の訓練場のような空間であった。
的が有って、木製の武器が壁に立て掛けられていた。
そこには、立派な緋色の三角帽の女性が立っている。
両手の白木の大杖が、彼女を魔導士だということを窺わせた。
年は二十の半ばだろうか。長く美しい緑色の髪を腰まで伸ばしている。
緋色のローブは白い胸元をはだけさせ、スリットから生足を覗かせていた。
その翡翠のような瞳が俺達を見つけると、艶めかしい唇を開いた。
「あら、あなたがルディスとルーンかしら」
「はい、俺がエルク村のルディスです!」
「同じく、エルク村のルーンです」
俺達は試験官であろう三角帽の女性に頭を下げて、そう挨拶した。
「私は、ノール。あなたたちの適性検査を担当する、オリハルコン級冒険者よ。今日はよろしくね」
「「よろしくお願いします」」
俺とルーンは、ノールにそう答え再びお辞儀した。
「挨拶が出来るのは立派ね。それじゃ、早速始めようかしら。まずはルディス、あなたからよ」
「はい!」
俺はまず、ノールの前で剣、槍、斧等の武器を振るった。
次に弓や石弓、投擲等の飛び道具を使用させられる。
いずれも、一応俺には心得があった。
皇子として、多少は訓練を受けていたのだ。
しかし、十数年ぶりということも有り、特別手を抜かなくても素人感は出たと思う。
「それなりね。今後の成長が楽しみだわ」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあ、次は魔法を使ってもらえるかしら。もちろん、使えればの話だけど」
「少しなら、覚えが有ります!」
「分かったわ。まずは回復系魔法から行きましょう。私の魔力を回復させてみて」
「分かりました!」
【治癒】か【魔力供与】は基礎の基礎。これは、現代でも変わらないらしい。
俺は【魔力供与】を発動し、ノールへ掛ける。
うん? ノールが少し驚いた顔をした。
俺は魔力量を抑えて、掛けたつもりだったが。
「あ、あなた…… 無詠唱が出来るの?」
無詠唱? なんだそれは、と聞きたくなったが、言葉から察するに”詠唱”なるものがあるのだろう。
嘘を吐いてももう遅いので、正直に答える。
「はい! 一応は!」
「すごいわね…… あなた帝国人の末裔か何か?」
「ごめんなさい、俺は農民なのでそういうことは詳しくなくて」
「かつての帝国人の魔導士は、無詠唱で魔法を発動できたの。今無詠唱が出来るのは、その帝国人の末裔だけ。あなたがそうなら、魔法使いとしての才能は十分よ」
ノールは少し悔しそうにそう言った。
恐らく、ノールはその帝国人の末裔ではないのだろう。
ノールの言う帝国が、俺の生きた帝国のを指すかは分からない。
だが、転生前の帝国では、魔法使いは誰しも”詠唱”なる行程を用いなかった。
魔法についても、今と昔では若干の差異があるようだ。
「そうなんですね…… 今後、魔法使いでやってくか考えてみます」
「そうね、それがいいわ。でも、まだ検査はあるわよ。次は攻撃魔法を使える?」
ノールの声に、俺は少し考える。
今度はあまり不審に思われたくない。ここは使う魔法を、宣言しよう。
「やってみます! 【火炎球】でよろしいでしょうか?」
「【火炎球】ね。なら、あの藁人形に撃ってみて」
確認の結果、驚かれることもなさそうだ。
あとは、魔力を適当に加減して……
俺は右手を藁人形に向け、【火炎球】を放った。
藁人形はそれを受けて、炎上する。
「うん。素晴らしいわ。基礎中の基礎だけど、威力は申し分ない。待ってて。消火するから」
ノールは手をかざして、「【水波】」と唱えた。
【水波】か。低位魔法の中でも、中級に位置づけられる魔法だ。
藁人形に掛けられる水の波、しかし……
「き、消えない? 何で? 【水波】!」
ノールは再び消火を試みるも、効果がないようだ。
しまった…… 俺の【火炎球】は中々消えにくいように、戦争のため改良されたものだ。
「まずい! 二人とも、中の他の魔導士を呼んできて!」
いや、このノールがオリハルコン冒険者というなら、中の魔導士も同じぐらいの魔法使いだろう。
とてもじゃないが、この魔力で消火は難しそうだ。
ここは……
「消えろ! 【水波】!」
俺はノールの声に乗じて、自分の【水波】を発動する。
そしてすぐさま、【透明化】を掛けた。
ノールの【水波】が掛かると同時に、俺の魔法も藁人形に掛かる。
火は見事に鎮火された。
「消えた? はあはあ…… 私、疲れているのかしら」
「ご、ごめんなさい」
「いや、いいの…… 私、今日は調子が悪いみたい。あなたなら一流の魔導士…… いやあの”賢者”になれるかもしれないわ」
「そうなんですね! 頑張ってみます!」
無垢な農民の若者のように、俺はそう答えるのであった。
もう賢者ではあったが…… まあ、魔法使いになるなら、賢者は目指さなければいけないだろう。
この後は、ルーンが同様に試験を受けた。
ルーンは俺の失態を把握していたらしく、詠唱を行い、魔法の質も更に落としていた。
俺達の適性検査は終わった。
俺は、魔導士、神官、戦士見習いの内からクラスを選択できるようになる。
ルーンは、魔導士見習い、神官見習い、戦士見習いから選べるようになったのであった。
無論、俺は魔導士に。ルーンは、戦士見習いでクラス登録する。
こうして俺とルーンは、冒険者として仕事を始められるようになった。