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四十八話 人質

 ”皇帝”の声だけが響き渡った。


 サキュバス達は黙り込み、ただ風の音だけが聞こえる。


 魔帝条約が本当かどうかは、サキュバス達には分からないはずだ。

 魔王が教えたわけではなくて、人間とそれに与する者の言葉なのだから。

 

 だが、回答次第で自分達の運命が決まる……


 サキュバスの隊長は意を決したのか、深く息を吸った。


「……陛下。我々魔王軍は陛下の敵ではございません。また、断じて魔王様に帝国を攻撃する意思はございません」

「では、この地を犯すことはないと言うのだな?」

「はっ! 我らがこの地を不遜にも犯したことは、我ら五名の責任でございます。どうか、平にご容赦くださいませ」

「手違いか。なら、良かった」


 サキュバス達はほっとしたのか、表情を緩める。

 そして隊長が、すぐに「ありがとうございます!」と言うのに皆続いた。


「気にするな、マナーフのことはよく知っているからな。こちらもあまり事を荒立てたくない……しかし、ここ千年であそこまで領地を大きくするとは、魔王も随分手腕を上げたのかな」


 遊牧民のように人間の国を散発的に荒らしていたあの”小国”が、あそこまで大きな領地を得たとは。

 そう言ってしまうと、彼女たちの気を害してしまうだろう。

 だから、魔王本人を褒めてみる。


「……領地が大きく?」


 隊長はそう答えて、困惑した。


 領地という言葉の意味が分からないのか?

 いや、さすがにそれはないか。


「いや、間違っていたならすまない。ただ、我々の地図だと随分と南方に領地が広がっていた気がして」

「南にはそれは……」


 隊長は言葉を濁した。 


 ……何か言いづらいことがあるか。

 隠したいことであるのは確かのはずだ。

 それが南へ進出する要因であることも。


 魔王のやり方にいちいち口を出すつもりもないし、領土争いに首を突っ込もうとも思わない。

 だが、できれば争いを止めたいのは事実だ。


 それに魔王なら、俺の従魔の情報も……


 そしてこのサキュバス達を返して、俺の存在を知った魔王はどう動くだろうか?

 かつての俺の知る魔王と変わらなければ、そこまで心配することはない。

 だが、千年という時は、魔王にとっても決して短くはないはずだ。

 

 ……これはこちらから先手を打つか。


「そういえば、まだ名前を訊ねていなかったな?  黒翼の戦斧団の者であるのは間違いないな?」

「陛下が我が黒翼の戦斧団をご存じだとは……まことに光栄でございます。私は黒翼の戦斧団の竜騎士、ヴェリアと申します。他の者達は従士で……」


 隊長に続き、一人ずつ自己紹介していくサキュバス達。

 五名と少なく感じるが、人間の魔法が使えない軍三百なら軽く相手にできてしまう戦力だ。


「そうか、ヴェリアか…… ヴェリア、早速だが頼みがある」

「はっ、私にできる事でございましたら」

「余は魔王に会いたい」


 サキュバス達は、皆驚いた顔をした。


「ま、魔王様にでございますか?」

「そうだ、魔王だ」


 再びサキュバス達は顔を合わせ、どう答えたらいいものかと考える。

 

 本来、人間が魔王と会うなど許されない。

 このサキュバス達も俺には恐怖を抱いていると思うが、人間を下等生物と見下しているのは変わらないのだ。


「何も迷うこともない。お前達はただ、魔王に余の意思を伝えてくれればよいのだ」

「し、失礼しました。ですが、どうお返事をすればいいでしょうか?」

「そうだな…… まずはヴェリア、お前には魔王の元へ向かう前にやってもらわなければならないことがある。そしてもう一人だが……」


 俺はサキュバス達をそれぞれ見渡す。

 皆、目を合わせるとすぐに頭を下げた。


「そこの者……ネールと申したか?」


 俺が声を掛けたのは、一番若く、さっき一番に泣き出したネールというサキュバスだ。

 紫がかった黒髪を首の部分で切りそろえ、顔だけ見れば俺とそう変わらない年齢の少女のように見えるサキュバス。


 ネールは震え声で俺に応える。


「は、はい!」

「お前には余と魔王の間の連絡役になってもらいたい」

「わ、私がですか?」

「ああ」

「それはどういうことでしょう?」


 ネールが首を傾げるのを見て、ルーンが口を挟む。


「人質ということですよ」


 サキュバス達は再び、驚くような顔をした。


「ルーン……人聞きが悪いぞ」


 全くルーンは……

 ただ、それは俺も考えての発言だ。

 魔王は油断ならない……しかも千年もたてば、俺の知る魔王とは性格も違っているかもしれない。


 だから、このままただで返すわけにはいかないのだ。


 それは隊長ヴェリアも覚悟はしていたことだろう。


 俺が魔物を従えることは知っている。

 つまりは、帝印で従魔になるということ……顔色から察するにその帝印の効果も分かっているようだ。 

 誓いを違えれば、死ぬことも分かっているだろう。


 魔王の部下が人間の従魔になる……屈辱的な事に違いない。


 しかし、この状況で俺に逆らうことは無理。

 ヴェリアが俺に懇願する。


「陛下! このネールはまだ幼く、そ、その…… 陛下の従魔となる栄誉は私にだけ授けてはいただけないでしょうか?!」

「従魔と言っても、一時期だけだ。魔王と会った後は解放する」

「しかし……」

「魔王に俺の事を伝えてさえくれれば、何もいつもと変わらずに生活できる。ただ、約束を違えれば……」


 ネールもヴェリアも死ぬだろう。

 サキュバス達は仲間意識が強い。

 約束を守らせるにはこれが一番だ。


 肩を落とすヴェリア。

 どうにもならないことはわかっているはずだ。


 そんな時、ネールが口を開いた。


「ヴェリア姉さま……私、陛下の従魔になる」

「ね、ネール?!」

「元はと言えば私が陛下と知らずに、人間の男を襲おうと言ったのが原因だもん。私が責任取らなくちゃ……」

「で、でも」


 ヴェリアの声にもかかわらず、ネールは首を横に振る。


「心配せずとも、言葉を違えない限りは何も危害はない。ネールは客人として迎えよう」

「……」


 尚も考え込むヴェリア。しかし、ネールの覚悟を決めた顔を見て、頷く。


「かしこまりました…… 陛下、ネールをよろしくお願いいたします。魔王様には、必ず陛下のお言葉を伝えます故」

「そうか、分かってくれるか……では」


 俺はヴェリアとネールを従魔にする。


 涙を流すヴェリアや他のサキュバス達だが、意外にもネールだけは涙を流さなかった。


 従魔の契約が終わると、サキュバス達はネールとの別れを惜しみながら、ワイバーンで北へと飛び立っていった。


 それを気丈に手を振って見送るネール。


 サキュバス達はこれで万が一にも裏切らないだろう。

 あとは魔王次第だが……やつもまあ、仲間を傷つけたりはしない。


 俺が復活したことを知れば、とにかく会ってみたいとなる性格だ。 

 

 かくいう俺は、個人的には魔王と会いたくはないのだが……


 この騒動の中で、従魔達はすっかり消火作業を終えていた。


 俺はルーンに向かって、


「何やらいろいろあったが、今日はもう寝るとするか。ネールにも寝床を用意してやってくれ」

「はい、ルディス様! それにしても、やっぱルディス様は格好いいですねえ」


 ご満悦のルーンや他の従魔達と共に、神殿のような家に入る俺。


 色々あったが、従魔の情報も得られることを考えれば、魔王軍との接触はありがたい話だ。

 

 明日は再びエルペンに戻らないとな……


 だが俺はこの時、後ろで不敵に笑う者に気付けなかった。

 

 俺は選択を誤ったのだ。


 まさか、第二のアルネを従魔に抱えることになるとは……

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