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四十七話 皇帝の帰還

「あ、あっ……」


 一体のサキュバスが何かに祈ろうとしているようだが、言葉が出てこないようだ。

 

 皆、泣きつかれた子供の様にすっかり静かになっていた。


 それでも、一時期の倒れている状態と比べればすっかり良くなった方だ。

 【闇属性付与】で一応は落ち着いてきたのだろう。

 もちろんいまだ話せる状況じゃなさそうだが。


 しかし、俺もサキュバス達もやり過ぎだ。

 俺は地形を大幅に変えてしまって、サキュバス達は付近の草木に火をつけてしまった。


 それを察したのか、ルーンが皆へ指示を出す。


「皆、ここは私とアヴェル、ロイツに任せてください。あとの者は、魔法なりで火を消してください!!」

「はい!」


 従魔達はルーンに応えて、消火作業を始めてくれた。


 俺も本題に戻るとしよう。


「そこの者」

「ひゃ、ひゃい! 皇帝陛下!! どうか哀れな私達にご慈悲をっ!!」


 隊長は俺の声に、大きく一度体を震わせ後答えて、その場で跪く。


 他のサキュバス達も急いでそれに続き、地中に潜り込ませるように額を地に付けた。


「頭を上げるんだ。俺は元々、お前達に危害を加えよう等とは思ってもいない」


 しかし、そう言葉を掛けても尚、サキュバス達は頭を上げようとしなかった。

 俺……ルディスへの恐怖心故か。


 魔王相手でなければ、俺はもう皇帝ではないとここで言っただろう。

 だが、あの魔王だ。気を抜ける相手ではない。


「ふむ…… そもそもだな、俺はお前達を傷つけるわけにはいかないんだ」


 その言葉に、隊長が恐る恐る頭を上げ、俺に問う。


「……それは、一体どういうことでしょうか?」

「陛下に教えを問うのに、その態度は何ですか?!」


 ルーンの声に、隊長ははっとした顔で再び頭を下げた。


「も、申し訳ございません! この無知な私をお許しください!」

「ルーン……」


 ルーンはサキュバスの平身低頭に満足げの表情だ。

 先程のサキュバスの態度があんなだったから、すっきりとしたのか。


 俺はそんなことはどうでもいいので、この件には触れない。


「……お前達は千年前の魔帝条約を知っているか?」

「魔帝、条約……名前だけなら存じ上げております。その昔、陛下と我が魔王様が取り交わしになった契りのことで……合っているでしょうか?」

「その通りだ。その口ぶりからすると、お前達は魔帝条約の際は立ち会ってないのだな」


 俺が問うと隊長がコクリと頷く。

 そして後方にいたサキュバスの一体……先程、真っ先に号泣した者が口を開いた。


「そう! わたし、まだ百歳だから知らなくて! だから許してください、ルディス様!」

「ちょっと! 陛下、大変失礼いたしました! この者は私達の中でも一番若く、礼儀を知らないのです!」


 隊長がすぐに俺へ許しを請うように頭を下げてきた。

 百歳と宣言したサキュバスも、すぐに同じようにする。


 この者が百歳というと、他もそうは変わらないだろう。  

 皆、魔法の腕は同じようなものだったから、だいたい分かる。 


「ふう…… 許すも何も、先程俺はその魔帝条約でお前達を傷つけられないと言っただろう」

「はっ! ただ、申し訳ございません。私達、その条約なるものの内容を知らなくて…… この中で一番年長の私でも、三百年ほど前に生まれまして……」


 つまりは、魔帝条約の事は魔王も部下に語り継がせていないのか。

 そうなったのは、俺が死んでからか、または帝国が滅亡してからか……

 

「そうだったか。簡単に言ってしまえば、和平条約だよ」

「和平、ですか?」


 隊長は不思議そうな顔で訊ねた。

 

 和平や条約という言葉をよく知らないのは、魔王がそもそも人間や他種族と条約を交わすことはまずない。このまま俺と魔法を撃ち合っていても仕方ない……魔王からどうにかできないかと訊ねられ、俺が提示したのがこの魔帝条約。条約と概念がなかったのだ。


 つまり、魔帝条約はそもそも魔王にとっての初めての条約だった。


 ここは俺が説明してやるか……


 と思ったら、ルーンが進み出て口を開き始めた。


「私が無知で生意気なあなた達に聞かせて差し上げましょう…… 魔帝条約全文! 帝国皇帝ルディス・ヴィン・アルクス・トート・リック・ウエスト・サコッシュ・クラッチと魔王カリスは、帝国と魔王領を代表し、ここレイリッツで和平条約を締結する!! 条約は次の規定を定めることにした。第一条……」


 ルーンがお経のように条約の全文を読み上げていく。

 サキュバス達は、それをありがたく聞いているようだ。


 条約の内容を簡単に言えば、帝国と魔王領は今後永世に渡って戦争はしない。互いに国境線を侵犯せず、互いの住民を殺さない、互いの国の奴隷は開放……と、人間からすれば、ありふれた普通の和平条約だ。


 一つ特記するとすれば、この魔帝条約は完全に平等な和平条約であることか。

 つまり痛み分けであり、貴族達が宮廷で俺を攻撃する材料の一つでもあった。

 

 そしてこの条約は、現時点ではすでに失効していると考えられる。


 皇帝たる俺の死で、すでに帝国ではないと反故にされた可能性も有る。だが、締結国である帝国は、現在すでに無くなっているのだ。


 締結相手がいないのでは、条約は何の効力も持たない。


 だから俺ももうこの条約を守る必要はないということだ。

 あのままサキュバス達を殺したって誰も咎めはしない。


 だが、それは俺のやり方ではない。

 

 それに俺の存在で魔王の侵攻を止められるのなら……


 ルーンと以前宿で見た地図では、魔王領は俺の時代より明らかに拡大していた。

 何よりも、このサキュバス達がここまで南方に進出していることが、その証拠だろう。


 それに、あの魔王のことだ。

 部下を殺せば、皇帝や条約云々以前に、怒り狂うのは目に見えている。


 拡大の真意は分からない。

 だが、油断ならない相手。

 

 俺も魔王からマークなどされたくない。


 しかし、平穏に暮らすために、周りが滅んでいましたというのは、避けたいことだ。


 ユリアなり、ノール達冒険者達…… 俺にも、人間で親しい者達が増えた。

 表舞台にはもう立ちたくない。でも、こんな時代でもたくましく生きる彼女達をどうにかして守ってあげたい……


 俺は魔王と関係を持つため、少しだけ”皇帝”に戻ることにした。


 ルーンが全五十条に及ぶ条約を述べ終わるまで、サキュバス達は真剣に耳を傾けていた。


 そのサキュバス達に、俺は伝える。


「つまりは、お前達が余の領地……帝国の領地を犯すことはこの魔帝条約に違反する。それは分かるな?」


 サキュバス達はその声に、再び頭を下げた。

 だが、隊長が何かを言いたそうにしている。


 言わんとしたいことは分かる。

 帝国など、もうこの世に存在しないと言うのだろう。


 しかし、俺は存在する。

 

 ここは俺と従魔の住まう場所なのだ。

 来る者は拒まない。ただし、敵意のある者は誰にも侵犯させない。


 ここは、俺と従魔の”帝国”だ。


 俺は口調を正す。


「帝国皇帝たる余が、魔王の配下であるお前達に問う。ここは帝国の神聖不可侵の領地である。お前達は、我らの友か? それとも……」


 何という神のいたずらか。成り行きとは言え、帝国が存在として復活する等。


 いや、俺が宣言したのだ……宣言は、俺が”皇帝”としてこの地を守る責任を負うという意味だ。


 俺は従魔や皆を守る……


「……敵であるか?」


 帝国はこの日、復活するのであった。

次回からは四章、王都への冒険が始まります!



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