四十六話 畏怖の対象
半球状の巨大なくぼみを見て、言葉を失うサキュバス達。
いや……言葉を失っているのは、ロイツ達新しい従魔も一緒か。
ゴブリン達やフィストだけでなく、本来少しの事では怖気づかない種族のヘルハウンド達ですらも唖然としている。
ただ、チビスライム達だけが、新たに出来たあの穴を興味津々に見つめていた。
「少々やり過ぎたか……」
俺もぽっかりと開いた穴を見て、自然とそんな後悔を口にしていた。
ただ土をえぐっただけなら、土を戻せばいい。
だが、【冥暗】は闇で物質を永遠に呑み込んでしまう。
「何を仰います! むしろ、足りないぐらいです!」
「少々形を整えてお湯を流せば、なかなかいい風呂になるのでは?」
「アヴェルの言う通り、それが良いでしょう! 風呂というよりは浴場ですが!」
ルーンとアヴェルはさも当然と、いつもの調子だ。
「確かに、風呂にする手も有るか……」
俺がそう答えていると、サキュバスの隊長が青ざめた顔で訊ねてくる。
「い、今のは?」
「【冥暗】…… 闇属性の最高位魔法だな」
「ば、馬鹿な…… それは、魔王様しか使えないはず…… いや……」
隊長は気が付いたようだ。
【冥暗】は闇魔法の最高位魔法。
そもそも、これは俺が闇魔法を使っている内に生み出した特異点ともいうべき存在だ。
闇属性の魔力を自在に操れる者だけが至れる境地とも言えるだろう。
それを真似したのが、魔王。
戦場で俺と渡り合う魔王は、いとも簡単にこれを真似して見せた。
闇属性を操ることに関しては、魔王の方がそもそも上手いはずで、これは当然のことだが。
魔王やその戦いを見ていた者達が語り継いでいるのなら、この隊長は理解したはずだ。
【冥暗】を使えるのは、魔王ともう一人……
「ルディス……」
隊長は、その場で崩れるように腰を落とした。
すると、これを聞いていたサキュバスの一体が子供の様に泣き出す。
「る、ルディス…… やだ…… やだよおおおっ!」
他のサキュバス達も涙を浮かべたり、青ざめた顔をしていた。
死にたくないとか、お母さんごめんなさいとか、まるでこの世の終わりかのように嘆いている。
先程までの威勢はどこへやらという感じだ。
共通しているのは、ルディスという名を、さも恐怖の象徴のように呟いていることか。
戦争状態にあったとはいえ、魔王の部下を大量に殺したような事はないが……
そもそも、互いの犠牲を減らすために、俺が魔王に一騎打ちを申し出たのだ。
人間には神に祭り上げられ、魔物にはそれこそ人間の言う魔王のように語り継がれる……
色々と複雑な心境だ。
ルーンはそれ見た事かと喜んで、新たな従魔達に俺と魔王の戦いを解説し始めた。
ルーンはルーンで、俺の事を大げさに語っているようだ……
魔王は終始押されっぱなしで、最終的に俺の前で膝をついたとかなんとか。
その解説で更にサキュバス達は顔を青ざめさせる。
隊長は皆と同じように蒼白な顔をしながらも、こう疑問を口にした。
「……でも、どうして人間であるはずのルディスが今? あの戦いから千年程……いや、ルディスなら不死の魔法ぐらい……」
転生した……そう言ってもいいが、今は本題に戻すべきだな。
本意ではないが、今は俺への恐怖を使わせてもらおうとしよう。
「……もう一度問うたほうが良いかな?」
俺の声に、サキュバス達は体を震わせた。
最初に泣いたサキュバスなんかは失禁したようで、口をパクパクさせている。
「ひっ! わ、私達はただ、あなた様みたいな、可愛く……じゃない! 秀麗で壮麗で壮健で……えっと、えっと……」
思いつく限りの賛辞を俺に送ろうとする隊長。
可愛いってどういうことだと聞きたくもなったが、何しろ頭が真っ白なのだろう。
そんなに俺が怖いか……
これでは、何にしろ話にならない。助け舟を出そう。
「何も、煮て焼いて食おう……」
「にっ、煮る?!」
「焼いてっ?!」
「ルディスは魔物を食べるって、お母さんが……」
俺の言葉に、隊長以外は皆地面にばたりと倒れた。
隊長だけは何とか、白目をむきながらその場に立っている。
俺も言葉選びを誤ったようだな……
ショック死するような種族ではないと思うから、まだ生きているのだろう。
【探知】でも魔力は感じられる。
俺は仕方なく、心神喪失したサキュバス達に【闇属性付与】を掛けてやるのであった。




