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四十四話 来訪者

「ふう、こんなところか?」


 あたりを見渡すと、ゴブリンの高床式の住居、食材等を保管する倉庫が出来上がっていた。 


 全てで十数棟、ルーンやアヴェルに加え、ロイツや一部のゴブリンが手伝ってくれたので一時間も掛からなかった。


 ロイツはその光景に改めて驚いたようだった。


「魔法による建築……手足を動かすより、これは何倍も効率が良さそうだ…… それにしても、ルディス様の魔法はさすがの腕前でした」

「いや、ロイツも今使える魔法で、あれこれと考えて手伝ってくれたな。魔法は単体でも強力だが、合わせる事で何でもできるようになる。どの魔法が必要かを考えられるのは、もっとも重要な事だ」

「私などはまだまだ…… これからも、何卒魔法をご教示くだされ。色々使えれば、更にやれることも増えると思いますので」

「もちろんだ」


 俺が答えると、ロイツは再び大きく頭を下げた。


 会った時からそうであったが、これは今後がなかなか楽しみな逸材だ。

 真面目なところも、初代のベイツ譲りか。


 俺が喜んでいると、後ろからルーンが声を掛けてきた。


「ルディス様!」

「ん、どうした、ルーン?」

「それが、川沿いを散策していたチビスライムから報告がありまして……何と、天然の温泉が湧き出ているところがあるそうなのです!」

「ほう、それはいいな」


 宿の風呂は何とも狭く、脚を伸ばすこともままならなかった。

 ここはかつての帝国のように広々とした浴場を造りたいところだ。


 今日はもう少しで日も暮れるだろうし、構想を考えながら明日にでも造ってみよう。


 しかし、夢が広がるな……


「温泉もどうするか含めて、今夜は皆で色々と話し合うとしよう」

「はい!」


 ロイツはじめ、皆元気よく答えてくれた。


「それじゃあ、俺達もあのからっぽの神殿……いや、家に向かうか」


 俺はそう呟いて、仰々しい家に振り返ろうとする。


 だが、北の方からただならぬ気配を感じた。

 【探知】で探るまでもなく、風と音がそれを伝えたのだ。


 気が付いたのは、俺だけではない。

 従魔も皆、北の空に目を移した。


 次第に明るみになるのは、小さめの竜……ワイバーンの姿。

 禍々しい赤い鎧が、そのワイバーンが野生ではなく、誰かの所有物であることを示している。


 ワイバーンの上に乗るのは、二本の大角を付けた兜を被る、露出の多い鎧の兵士達。

 手には背丈よりも長大な凶悪な戦斧があった。


 人間……ではない。


 あれは音に聞こえた、魔王軍最精鋭の黒翼の戦斧団を構成する……


「……サキュバスでしょうか?」


 ルーンが俺にそう問いかけた。


「見た目からすると、そうだろうな」

「あんな名前だけの見掛け倒しが、こんなところに何の用でしょうかね」


 ルーンはそう皮肉る。


 高名であったのは俺の帝国の時代での話だ。

 見た目は変わってないことから、黒翼の戦斧団であるのは確実だろうが。


 俺とルーン、アヴェルらヘルハウンドが物珍しい帝国の飛空艇を見るような好奇の目を向ける一方で、チビスライム達もなんだなんだとはしゃいでいる。


 が、ロイツ達ゴブリンはがくがくと足を震わせていた。


「こ、黒翼の戦斧団……」


 震え声で、ロイツはその場で跪こうとした。

 他のゴブリンもそれと同様の仕草を見せる。


 だが、ルーンがそれを止めた。


「あなた達は誇り高きルディス様の従魔! どこの馬の骨とも知れぬ者に頭を下げるなど、あってはなりません! そもそもあれは、下品なビッ」


 ……ルーンは相変わらず辛辣だ。

 ゴブリン達の前で、黒翼の戦斧団を執拗に貶し始めた。

 

 そのゴブリン達は我に返り、すぐに俺へ謝罪する。

 しかし、頭を下げるのはやめても、恐れは消えないようで不安そうな顔だ。


 魔王の部下でない魔物でも、あの集団の威名は耳にしているのだろう。


 今度はアヴェルが呟く。


「中々お目にかかれませんね。帝国がまだ存在した時代は、ルディス様と交わした”条約”を守っていたようですが」

「帝国無き今はそれもな……うん?」


 黒翼の戦斧団は、突如として高度を落としていく。


 向かう先は、明らかに俺達のようだ。


 ゴブリン達の中には、恐怖のあまりすぐにでも逃げ出そうとする者もいた。


 一方のルーンは怒りを露にして、黒翼の戦斧団に向かおうとする。


「あいつら! ルディス様の神聖な領地に!!」

「待て、ルーン。血気に逸るな」

「し、しかし!」


 人間や感情を持つ生き物を否定するルーンだが、俺のこととなるといつもこうだ。

 

「用件は俺が聞こう……ルーン、アヴェル。ゴブリンとチビスライム達を頼むぞ」


 俺は従魔達から一歩出て、黒翼の戦斧団を迎えようとする。


 アヴェルは「御意」と答え、ルーンは怒りを抑えながら従魔をまとめた。


 続々と地上に降り立つワイバーン……全てで五騎程。


 サキュバス達はワイバーンから降りると、兜を脱いだ。


 そして兜と斧をワイバーンの背中へ残し、俺の前に並ぶ。


 中央に立つ、紫色の長髪のサキュバスが隊長であろうか。


 サキュバス達は、人間にすれば今の俺より少し上、十七、八ぐらいの見た目の娘。

 だが、皆人間であれば絶世の美女と称えられる程、素晴らしいスタイルをしていた。


 隊長と思わしき紫色の瞳のサキュバスが、高慢な口調で言い放った。


「お前達!! 何故、我らにひれ伏さない!!」


 ただでさえ鋭い隊長の目じりが更に吊り上がる。


 従魔達が頭を下げないから、いらだっているのだろうか。


 とっさにルーンがそれに応酬する。


「お前達こそ、ひれ伏しなさい! このビッ〇共!!」

「はあ?! たかがスライム風情が何様なの!!!」

「お前達こそ、このお方をどなたと心得るのです!? このお方は……」

「まあまあ!」


 俺は怒るルーンとサキュバスの間に入って仲裁した。


 しばらく睨みあっていた両者だが、隊長のサキュバスが俺に気が付く。


「人間? どうして、魔物と一緒にいるの?」

「ああ、それは……」


 人間の前では見せないと思っていたが、失念した。

 魔物も同様に、人間と魔物が一緒にいることはおかしいと思ってるのだ。


 俺は正直に答えることにした。


「俺は……ここで、この魔物達と一緒に暮らすと決めたんだ」


 その言葉を聞いて、サキュバス達は一様に沈黙した。


 言葉の意味を理解するのに時間が掛かったようだ。


 魔物と人間が共に暮らすというのは、有り得ないこと……何を言ってるのかと。


 サキュバス達は皆で笑い出した。


「ちょっ! 受けるんですけど!!」

「あんた、それ食糧として飼われてるだけよ!!」


 げらげらと俺を馬鹿にするサキュバス達に、ルーンが大きく体を震わせた。


「ルディス様、こいつらをなぶり殺しにする許可を……」

「気にするな、ルーン。魔物なら、誰だってそう思うだろう? 従魔の中にだって、最初は……」


 ルーンへ答えていると、サキュバス達が俺を取り囲み、じろじろと見つめてきた。


「ね、隊長。今日はこいつを食べましょうよ!」

「そうね……色々皆、溜まってるし」


 隊長の声に、皆、きゃっきゃっと喜び始めた。


「決まり! そこの魔物達は酒でも用意してなさい!」


 サキュバスの一人は従魔達に命令するかのように喋りながら、俺に近づいてきた。

 他のサキュバスもそれに続き、顔を赤らめ、背中の黒い翼をパタパタ揺らし始める。


「まだ若いのに可哀そうな子…… お姉さん達が遊んであげようか?」

「どうせ食べられるなら、そんな下等な魔物よりも私達のほうがいいでしょう?」

「忘れられない日にしてあげるから……」


 サキュバスは上目遣いで息を吹きかけてきたり、胸を強調してくる。


 サキュバスの誘惑……


 魔法の【誘惑】も同時に掛けているのだろう。

 だが、俺は【魔法壁】を張っているので無駄だ。


 まあ、目は正直にあらぬ場所へ向かったが……


 誘惑に負けた人間の男は、魔力も精気を吸われ尽くされる。

 残るのは、搾りかす……つまり干からびた死体だ。


 元従魔にもサキュバスはいた。

 アルネがその筆頭であったが、彼女からもまた散々あの手この手で誘惑されたものだ。


 俺が拒めば拒むほど、それはしつこくなり……

 俺は仕方なく、精気を吸わない魔法が出来たらいいなんて言ってしまった。

 それは叶わなかったが……

 

 何はともあれ、サキュバス達の誘いには乗れない。


 それに、このままだとルーンが怒りを爆発させる。


「申し訳ないが、遠慮させてくれ」


 俺の返答に、サキュバス達は驚いたように目を合わせ始めた。


「……ちょ、何こいつ。私達と遊ぶのが嫌なの?」

「神殿のお守りだっけ? 聖魔法のやつ。あれでもつけてるんじゃない?」


 隊長のサキュバスが、声を荒げる。


「それなら、無理やりやるだけよ……ちょっと、酒はまだなの?!」


 隊長が周りを見渡すが、その声に応じる従魔はいない。

 

「何なのこいつら……私の言うことを聞きなさい!!」


 隊長は叫んだ。

 

 と同時に、魔法も放ったようだ。


 魔法は【隷従】だろう……人や魔物に命令を強制できる、高位の魔族が持つ固有魔法だ。


 だが、俺も従魔も従わない。俺とアヴェル、ルーンが【魔法壁】を展開しているからだ。


「な、何なのこいつら?! ひれ伏しなさい!!」


 隊長だけでなくサキュバス達は何度も【隷従】を掛けているようだが、無駄だ。


 ここまで実力をさらした以上、俺達が只者じゃないということは理解できただろう。


 しかも魔王の麾下となれば、色々と話は早い。


 俺は名を明かすことにした。


「俺はルディス…… 用件を聞こうか?」


 サキュバス達は皆、俺へ顔を向けるのであった。

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