四十三話 セカンドライフの準備
「わーい!! これからはここが新しいお家だ!」
先頭のチビスライム達は、平原をジャンプしながら進んでいく。
従魔の為の隠れ里をここに造るわけだが、チビ達は気に入ってくれたようだ。
少し目を移すと、ヘルハウンドが川で魚を口で捕まえている。
一方のゴブリン達は木から吊り下がった果実を興味深そうに観察してた。
以前よりも広範囲、平原部分を一周したが、やはりなかなか自然豊かな場所だ。
海からでも登ってこれそうな大河もある。
地盤も適度に堅く、建物を建てるのに適した土地だ。
かといって、田を耕すのも苦労しない堅さ。
人間にとっては、街を築くのに打ってつけの場所のはずだ。
そうしなかったのは、人口が少ないからか、それとも……
「ルディス様、目の前の土地は小麦畑を作ろうかと思いまして」
岩場で腰掛ける俺に声を掛けてきたのは、ゴブリンのロイツだ。
「ん? そうだな。土地も広いし、丘の上では風車小屋も建てられる」
「はい、火を起こすための薪も苦労しそうにないです。これならパンも焼けるかと」
「そうか、ロイツ達はパンを食べるのか。そこは昔と変わってないってことか」
俺のいた帝国周辺では、ゴブリンの中でも農業をする集団があった。
もちろん、俺の従魔の中のゴブリン達はほとんどがそういった部族からの出身だ。
だから、その時からパンを作る文化は変わってないのだろう。
「はい。私達にとっての主食ですので。 ……といっても、最近はなかなか食べられませんでしたが」
「最近は? それは何故だ?」
「それは……北にいる魔王とその配下が、年々南下してきているのです。我らもそれに押されるように、定住地を南下していって……畑を耕すこともなくなったのです。ベイツが人間を襲おうと言って、あの人間の都市を攻撃したのも、主に食料のためでした」
「略奪か……なるほど人間の都市なら食糧は豊富だ。最悪、人間の肉も食糧になるだろう」
近年、魔物の襲来が激しいと先輩冒険者達が言っていたのは、こういう事か。
「でも、ここなら外敵からも閉ざされていて、ゆっくり畑が耕せそうです。他のゴブリン達も、来た時から良い場所だと皆喜んでおりました」
「そうか。だが、それならあの神殿よりも先に、造るものが有ったな」
「そんなわけには! ルディス様に粗末な住まいでお過ごしいただくなど、有り得ませぬ!」
そんな屋敷よりも、皆とパンを分け合う方が何倍も嬉しいが。
「俺は野宿で十分だよ。まあ、先も言ったが、あそこまで造った以上早めに完成させた方が良い。その次は畑を作るぞ」
「はい! 仰せの通りに!」
俺はうんうんと頷いて見せた。
あとで、魔法で手伝えることは手伝えるとしよう。
そんな時、スライムの一体がぴょんぴょんと跳ねてやってくる。ルーンだ。
「ルディス様! 山の方へ行くと結構洞窟があります! 中はまだ探索してませんが、鉱物も豊富かと!」
ルーンはどうやら、山の付近を調べてきたようだ。
鉱物の種類にもよるが、道具も作れる。
「魔鉱石でも取れれば、この上ない立地だな」
「はい! アヴェルにしては、なかなかいい場所を選んだんじゃないでしょうか!」
ルーンは最初の従魔なので、アヴェルを後輩と見ている節がある。
しかし、千年も放浪したのだから俺よりも、アヴェルの方が土地を見極める能力は高いはずだ。
「アヴェルならこれぐらい朝飯前だろう。そういえば、ルーン」
「はい? 何でしょう、ルディス様?」
体を傾けて、不思議そうにするルーン。
「先ほどからだが、約束を忘れていないか?」
「や、約束? 何かおかしいでしょうか?」
ルーンは記憶力が良いから、人間のように何かを忘れることも少ない。
ちょっと恥ずかしそうにするのは、俺を”君”づけするのに何か思ったか。
「まあいい……ここでは自由だ。だが、出たら頼むぞ」
「良く分からないですけど……ルディス様の仰せの通りに!」
あくまでも白を切るつもりか……
それでもルーンはちゃんと公私を分けてくれるはずだ。
ルーンと話し終わるのを見計らっていたのか、近くでしっぽを振っていたヘルハウンド……アヴェルが今度は口が開いた。
「ルディス様。改めて視察されて、どうでしょうか?」
「文句の付け所がないほど、素晴らしい場所だ」
一つ欠点を挙げるとすれば、人里から離れているので、物資が運びにくいことぐらいか。
それも、羊を治療したイプス村から羊を買えるようになったように、徐々に解決すればいい。
「嬉しいお言葉です。一応、河を行く船が来ないかも観察させましたが、漁船すら見ておりません」
「本当に人が寄り付かない場所というわけだ」
それが本当に、ただ西部全体が未開拓なだけという理由ならいいのだが……
これだけの立地が手つかずというのも、どこかおかしい気がした。
つまり、何らかの理由があって、人間が寄り付かない。
いくつか理由は考えられたが、警戒は怠らない方が良さそうだ。
「……さて、視察も済んだことだ。俺も作業を手伝うことにするか」
俺は腰を上げて、ズボンの塵を叩いて、伸びをする。
だが、
「そ、そんな! ルディス様のお手を煩わせるなんて、畏れ多いことです!」
ロイツが焦るように、そんなことを口にした。
「まずはあの大層な屋敷を完成させなきゃいけないんだろ?」
「それはそうですが、私達ゴブリンにお任せください!」
アヴェルもルーンも一回は同じ事を言うが、俺が頑固であることは知っているので、だいたいは折れてくれる。
しかし、ロイツは会って日も浅く、まだ俺を魔王か何かと勘違いしているようだ。
「あんなものに労力を使うなら、他のことをやったほうがいい……どれ」
ロイツやゴブリン達の俺を呼び止める声を背に、俺はあの神殿のような屋敷へ向かう。
帝国の建築と変わらず、石を積んで、コンクリートで補強して作っているようだ。
木で造ればいいのに、中々手間のかかる方法を取っている。
俺を尊敬してくれての事だろうが……
俺を止めようとするゴブリン達に、アヴェルとルーンがまあ見とけと制す。
フィストや周りにいた従魔も何事かと集まってきた。
「水魔法で石材を切り出して、それを風魔法で運んで……コンクリートは風魔法と炎魔法を組み合わせて、乾燥だな」
俺が工程を考えると、ルーンとアヴェルが俺の隣に出てきた。
「ならば私は、石材を切り出します!」
「炎ならば、このアヴェルにお任せを」
二人に頷き、俺は「頼む」と答えた。
まずはルーンが形がいびつな岩を、水魔法で円形なり角形に加工していく。
俺もそれを手伝いつつ、出来上がったものを風魔法で動かし積み上げ、間にコンクリートも詰めていく。
アヴェルはそれを固めるように、加減しながら炎魔法を放った。
ルーンもアヴェルもさすがだ。
俺はさておき、千年ぶりなのに阿吽の呼吸で作業する。
これを見ていたロイツ達新たな従魔は、おおと声を上げた。
屋敷はみるみる内に出来上がった、外装はもう完璧と言っていいだろう。
掛かった時間は二十分程か。
ミニスライム達が好奇心からその屋敷へと向かうと、他の従魔達も続く。
ロイツはただ神殿を見上げながら、驚いたような顔をしていた。
「な、なんと……魔法でこんなことが出来るとは」
「お前の知るベイツは、こういう使い方をしなかったわけだな」
「はい。ただ、己を頂点とする体制を維持するために、魔法を誇示していただけでしたので」
「何ともつまらない使い方だ。魔法がどんなことに役立つかも、俺の知ってることは全て教えるつもりだ
」
「ありがたいお言葉! ぜひご教示くださいませ!」
ロイツは一度頭を下げると、こう続けた。
「しかし、あと一週間はかかると思っていた工程が、こんなすぐに出来上がるとは」
「率直に言えば、最初からこういう建物を造るのは悪手だ。徐々に環境は整えていけばいい」
「誠に、仰る通りでした」
「とはいえ、俺を思ってくれての事だ。素直に嬉しい。まだ明るいからもう少し作業してから、あの屋敷で休むよ」
「それでしたら、私も微力ながらお手伝いさせてください!」
「ああ、やってみよう!」
俺はロイツと共に、まだ未完成のゴブリンの住居へ向かう。
ルーンやアヴェルもそれに続いてくれた。
久々の共同作業に、ルーンもアヴェルも昔話に花を咲かせているようだ。
従魔達と幸せに暮らすための場所を得られた……これで俺は……
だが、その新天地に空から迫る影があるのであった。




