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四十一話 交易の拠点

 目が覚めると、部屋の小窓からは陽が漏れていた。

 

 上体をむくりと起こすと、調理場にはルーンとマリナがいる。

 湯気が立っているのを見るに、何か作ってるようだ。


「おはよう、ルーン、マリナ」

「あ、おはようございます、ルディス様!」


 ルーンとマリナは作業を中断すると、俺に振り向き、挨拶を返してくれた。


「何か作っていたのか?」


 ルーンもマリナも睡眠の必要はない。

 俺が寝ていた間に何かをしていたようだが。


 ルーンが俺に応える。

 

「持ってきたパンだけでは寂しいと思いましたので。近くで葉を摘んで、茶を作っていたのです」

「ほう、それはありがたい」

「マリナもルディス様の好みを知りたいと言っていたので、教えていたのですよ」


 少し恥ずかしそうにマリナが顔を赤らめた。

 

「マリナ、ありがとう…… それじゃあ、顔を洗ってから頂くとするか」


 俺は外の水桶で顔を洗い、歯を磨く。

 ルーンが持ってきてくれた手拭いで水気を拭うと、家の中で朝食を取ることにした。


「……美味しい」


 マリナの淹れてくれたお茶はただただ美味しかった。

 体の芯から温まるような、安心する味わい。


「本当ですか! ありがとうございます、ルディス様!」

「お茶自体も美味しいが……」


 俺の言葉に、ルーンが頷く。


「【聖属性付与】も掛けさせましたので。私の腕前にはまだまだ劣るとは思いますが」

「いや、大したものだ。マリナ、ありがとう」

「こちらこそ光栄です、ルディス様!」


 睡眠いらずとはいえ、俺のためを思って夜通しこんなことをしてくれるのは素直に嬉しい。


 だが、何か違うと言うか…… 

 俺が従魔を従えたいのは、俺自身が楽をするためではない……実際は魔力が増える帝印の恩恵を得られる時点で、楽をしてはいるのだが。


 しかも、顔を拭くときは先ほどのように、手拭いを持って待機してくれている。

 喉が渇いたと思えば、こうやって茶をあらかじめ用意してくれたり。

 前世の記憶から普通にこの上下関係を受け入れてきたが、俺はもう皇帝ではない。


 絶対的な忠誠はもはや必要ではなく、ルーンやマリナには自分を第一に考えてほしいというのが、本音なのだ。

 俺が許せない事……主に殺し合いや暴力沙汰以外なら、好きに行動してもらいたいし、嫌な命令なら拒否してくれたって正直構わない。


 かと言って、それらを伝えても、主にルーンが許さないだろう。


 少しずつ意識を変えていく必要が有るな……


 俺は茶を一気に飲み干し、二人へこう伝えた。


「二人とも、ちょっと話があるんだが」

「「はい、ルディス様!」」


 ルーンもマリナも同じふうに、従者のごとく答えた。


「その様付けだが、今後、外では一切使わないよう頼みたい」

「え……ですが、ルディス様」


 真っ先に反論をしようとしたのは、やはりルーンだ。


「実を言えばだな…… 様付けで呼ばれることによって、俺は必然的にお前たちの主人に見られてしまう。俺達と交渉しようとする者達は、主人である俺と話したがるはずだ」


 それがどうしたとマリナは首を傾げるが、ルーンの方は言いたいことを何となく掴んでくれたようだ。


「つまり、私達も人間との交渉ができるようになれと」

「そういうことだ。何かを買うにも売るにも、情報を集めるのも、俺だけじゃ流石に手が回らないからな。まあ、ルーンやアヴェル、昔の従魔についてはそこまで心配してないが……マリナや新しい他の従魔を考えるとな」


 俺の言葉に考え込むルーン。

 

 言っていることは理解できるのだろう

 だが、本人の信条として難しいのかもしれない。

 

 こういう時は先手を打って、後に続かせる。


「じゃあ、マリナ。早速、練習してみようか」

「え?! わ、私からですか?!」

「これも立派な、人間社会に慣れるための訓練だ。俺をルディスと呼べ」

「で、でも」


 マリナがルーンの方を向いて、お伺いを立てようとする。

 しかし、


「マリナ、俺の言うことが聞けないのか? 断っても別に良いが……」


 ちょっとずるいとは思いつつも、圧力を掛けていく。


 マリナは額に汗をかきながらも、それに頷き、声を発した。


「る、ルディスっ…… こ、これでいいでしょうか?」

「うーん、まだぎこちないな。それじゃ、仲が悪いと思われるだろう…… 敬語も抜きだ。ルーン、手本を見せてくれ」


 ルーンは俺の言葉に少し沈黙した。

 だが、


「る、ルディス君……」

「君? それじゃ、まるで……」


 ルーンが【擬態】している姿は、魔法大学で俺の同級生だったセシルのもの。

 そのセシルが俺を呼ぶときは、君付けであった。


 マリナが姿を借りているセレーネは、逆に俺のことを呼び捨てにしていたのを覚えている。


 だからか、俺は転生前に戻ったような錯覚を覚えた。

 すでに二人は天国にいると思うと、何だか不思議な気持ちだ。


 まあ、こんなに恥ずかしそうに喋ってはいなかったが……

  

「わ、私にはこれが限界です。ルディス様を呼び捨てにするなど、有り得ません」

「いや、でも君って……」


 かといって、さん付けというのもまだ上下関係を匂わせるような、呼び方だ。

 

「とにかく、ルディス! これでいいではないですか?!」

「……はあ。まあいい、敬語も抜きで頼むぞ」


 俺はそんなこんなで食事を済ませ、家の外に出て、村長の息子ビルクを探す。


 ビルクは村人数人と談笑していた。その中には、子のオルディスと村の子供達もいた。

 皆、手には槍のような農業用フォーク、背中に木製の籠を背負っている。


「やあ、おはよう」

「おはようございます、ビルクさん、それに皆さん。準備の方は……万端調ったようですね」

「ああ。皆、羊の病気を防げるっていうんで、やる気満々だ。今日はよろしく頼むよ」

「はい! それでは行きましょう」


 俺達は村を出て、南の草原に向かった。


 すると、一分もしない内に毒草を見つける。


「早速、有りましたね…… これは、ブロウフィッシュグラスか」


 花のつぼみのような穂先をいくつも付けた、新緑の草。


 呪毒の効果が有り、暗殺用の毒薬の原料だ。

 大陸の東では希少だったが、西では繁殖しているのか、はたまたこの千年で勢力を増したか。

 

 毒薬だけではなく、闇属性を持つ魔物が魔力を増やすための薬の原料にもなるので、かつての帝国では結構な値段で取引されていた。一本で庶民一人の食糧が一週間賄える程の価値はあった。


 根っこからこのブロウフィッシュグラスを慣れた手つきで摘んで、皆に見せる。


 ビルクや村人が、興味深そうにのぞき込んできた。


「これが? ただの花のつぼみじゃないのか?」

「いえ。一見そう見えますが、決して花が開くことは有りません。枯れるまでこの状態で、このつぼみのようなものが、種となって新たに毒草を生やすのです」

「へえ…… そんなのは初めて聞いた。そこら辺の花の成長前だと思ってたよ」

「植物も人や動物に刈られないよう、進化していくのですよ」

「し、進化? なんじゃそりゃ?」

「あ、いや…… 成長するという意味です」


 羊飼いだから知らない言葉なのか、この世界では忘れられた言葉なのかは分からない。

 だが、どちらにしろ専門用語を使うのはやめよう。


「それで、これはその……素手で触っても大丈夫なのか?」

「はい。食べたりしなければ、問題ありませんよ」

「ほう、それなら安心だ。じゃあ皆、ちょっと探してみようか」


 皆、俺の見せたものと同じものを探し始める。

 俺やルーンも、他に毒草がないか探すことにした。


 村人からはちらほら、見つけたという報告が上がる。

 

 俺の方は、別の毒草は見つけられなかった。


「どうやら、この草原に主に生えている毒草は、この種類だけのようです」

「じゃあ、これを取っていけばいいんだな。 ……さあ、皆、今日は頑張るぞ!」


 ビルク達は早速毒草駆除を始めた。

 

 見つける頻度からして、数千本に一本の割合だろうか。

 背も低いので、食べない羊が多いのも頷けた。


 この毒草は【探知】だと魔力の反応があるので、俺とルーンは次々と毒草を見つけられた。


 マリナも【探知】を使ってはいるが、まだ練度が低いのか、少し苦戦しているようだ。

 それでも村人が探すよりもスムーズに探せている。


 二人は黙々と毒草を探しているが、たまに俺の名を呼ぶとき、「ルディスさ…… 君」等と変な呼び方をした。

 慣れるまでは時間が掛かりそうだ。


 気が付けば、太陽も随分と高くまで上がっていた。

 

 ビルクがとりあえず今日はここまでにしようかと、村人を集める。

 羊の世話も有るので、一日中やるわけにはいかないし、とてもすべて見て回るのに一日では足りない。


「ルディスさん、助かったよ。報酬は……」


 ビルクは腰に提げていた、恐らくは貨幣の入った麻袋を俺に差し出そうとする。


 俺は両手を前に出して、それを拒否した。


「報酬は昨日いただきましたので、もう結構です」

「し、しかし、あれは羊の治療代。これとは」

「このようなことでお金を取るわけにはいきません。結局、駆除をするのは皆さんですし、まだ本当に羊の病が防げるかも分からないのです」

「ううむ……だがなあ」


 ただより高い物は無いという、のは彼らにも共通したことわざだろうか。

 帝国ではよく言われていた。何か裏があると思うのが普通。

 

 だが、俺には裏などない。もちろん、ただの慈善事業というわけでもないのだ。

 正直に狙いを話すことにする。


「それならば、こういうのはどうでしょう? 皆さまの集めた毒草を頂けないでしょうか。もちろん、薬と交換で。毒草も使い方によっては薬になるのです。また、繁殖が上手く行ったら、羊を購入させていただきたい」

「そんなんでいいのか?」

「私が教えたことが本当であれば、羊はこれから増えていくはずですので。結果が出てから見返りを頂いた方が、お互いトラブルにならないと思うのです」

「なるほどな…… 良いだろう。羊が増えたら、都市には売りに行かず、君たちに売るよ。毒草も……どっか集めとけばいいのかい?」

「はい。一か所に集めといていただければ。とりあえず今集めた分は、私達に頂ければ持っていきます。根を抜いても半年は腐らないので、それまでにはまた引き取りに行かせます」

「そうか。じゃあ、その条件でいこう」


 ビルクが手を差し出したので、俺も握手に応じる。


 他の村人達も俺に感謝の言葉を述べているので、ちょっとした信用を得られたはずだ。

 隠れ家に近い村と取引が出来るのは、こちらとしても助かる。


「しっかし、兄ちゃん達はあれだな。冒険者にしては、がめつくないというか…… この国の王様達にも見習ってもらいたいもんだ」

「……と、父ちゃん!」

「あ、悪いが今の言葉はなかったことに……」


 俺は苦笑いして、「もちろんです」と答えた。


 あまりエルペンの領主の評判も芳しくなかったが、ヴェストブルク王国の王族もあまりいい評判はないのか。


 俺達が村に帰ると、村人が昼食を振る舞ってくれた。


 また一度は断ったのだが、山羊のチーズや羊毛をくれると言ってくれたので、少しだけもらっていくことにする。


 フィストに牽かせる馬車は、エルペンから持ってきた工具や物資、このイプス村で得た毒草と贈り物の入った樽でなんだかんだ一杯になった。


 俺達はその馬車に乗って、村人達に別れを惜しまれながら、このイプス村を後にするのであった。

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