四十話 西部の考察
「どなた様でしょう?」
俺はノックの音に応えて、扉を開く。
そこには先ほどの中年男性と少年がいた。
「これはこれは…… どうされました?」
「いや、息子が羊を治してもらったと喜んでいたもので…… ありがとうございます」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
どうやらこの少年は、この中年男性の息子だったようだ。
すると、村長の孫という事になるのか。
「いえいえ、お役に立てたようで何よりです」
「冒険者殿…… いや、失礼。自己紹介もまだだった。俺はビルク、このイプス村の村長の子だ。そしてこっちは俺の子、オルディス」
オルディスは父ビルクの紹介の後、俺に手を振る。
「ビルクさんに、オルディスですね。私はルディスと言います、どうぞよろしく」
「へえ、お兄ちゃんもルディスって付くんだね! 賢帝の名前、俺と一緒だ!」
「おお、そうなるな」
以前のノールの言うように、賢帝の名にちなんで子供の名前を決める者は多いようだ。
はしゃぐオルディスを他所に、ビルクが少し言いづらそうに続けた。
「ルディスさん…… あんた回復魔法が使えるのか?」
「はい、聖魔法は得意分野ですので」
「ほう。たまに通りかかる魔法使いに頼んでも、さっきのような羊は治せなくてな。あんた、だいぶ聖魔法が得意なんだな」
「まあ、言って聖魔法しか取り柄がないので……」
苦笑いして答える俺だが、ビルクは首を横に振る。
「いや、すごいことだ。 ……それで悪いのだが、隔離している羊も治療してもらえないかと思ってね。もちろんただでとは言わないよ、一頭五デルで治してもらえないかな?」
今日はもう寝ようと思っていたが、羊を治療するだけでお金がもらえるのなら安いものだ。
一頭五デルであれば、悪くない。
「もちろん!」
「おお、本当かい?! 助かるよ」
俺達はビルクに畜舎へと案内され、そこで羊を治療し始める。
全部で八頭。皆、先程の羊のように緩やかな呪毒に侵されており、【浄化】で癒すことが出来た。マリナはまだちょっと【浄化】は使えなかったが、ルーンは使えるので手伝ってもらう。
「何と…… 今までは肉にも出来ず、殺すしかなかったのに」
ビルクに頷き、俺は原因を教える。
「恐らくは、羊が食べている草に問題があるのでしょう。毒草が混じっているのかもしれません」
ここ大陸西部に人が長く住まなかった理由を、魔法大学に在学中、考察したことがある。
そして今なお東部と比べ、発展が遅い理由…… 簡単な話が、人間社会が発展するのにはこの地は条件が悪いのだ。
この大陸西部でも羊をはじめとする家畜は、育つことには育つのだろう。
しかし、馬が東部と比べ少ないことからも、決して放牧に適した地ではないのだ。
同じような理由で、農産物も毒に侵され、生産量に限界があるのかもしれない。
収入源である羊の数も打ち止めという事は、この村が養える人間にも限りが有る。
結果として、このヴェストブルグ王国は東部と比べ、人も街も少ないまま……
ビルクが顔を真っ青にする。
「ど、毒草?! そんな危険なものが」
「安心して下さい。大量に生えているわけではないと思います」
「そ、そうなのか…… 見分け方とか、分かるかい?」
「羊が食べるということは、少なくとも変な匂いはしないのでしょう。色もそんなに珍しい物ではないはずです」
いかにも毒草、といった毒々しい色や禍々しい見た目をしている植物もあるにはある。
しかし、圧倒的少数で、ほとんどは普通の草とそう変わらない見た目だ。
ビルクはさも困ったと、頭を抱えた。
そんな時、オルディスが平然と言ってのける。
「ねえねえ、父ちゃん。この兄ちゃんに毒草の駆除をお願いしたら?」
「馬鹿を言え! いくら魔法が上手い人でも、こんな広い平原を全部駆除するのは無理だ」
ビルクの言う通り一つ一つ駆除していたら、日が暮れる。というよりは、何年経っても無理だろう。
それに植物の成長は早く、駆除してもすぐ生えてくるのだ。
とてもじゃないが現実的じゃない…… まあ、ここ一面の平原を焼け野原にして、好みの植生や環境を整えるのは、可能と言えば可能だが。
それにしたって、何年という時間が掛かるはずだ。
「……そうですね、ちょっと駆除は難しそうです。でも、見分け方なら教えられます。今日は暗いので、明日にでもお教えしますよ。薬も作れる人を知っていますので、安く卸せないか聞いてみます」
「ほ、本当かい?!」
俺がそれに頷くと、マリナが少し首を傾げた気がした。
とにかく今日はもう遅いので、ビルク達には明日毒草の見分け方を教えることにして、俺達は宿代わりの家に帰るのであった。
再びベッドに腰を下ろす俺に、マリナは感服するように口を開く。
「ルディス様は顔も広いですね!」
「え? ああ、薬のことか……」
最初は何を言ってるのか分からなかったが、話の流れからすぐに理解した。
「薬を作るのは人じゃない。マリナ、お前や他のスライム、ゴブリン達に練習として作ってほしいんだ」
「私達が……作るのですか?」
「そうだ。簡単に言えば、【浄化】の効果のある水を作る。材料さえあれば、【浄化】を使う魔力がなくても、作れるはずだ」
「なるほど! 薬が作れればお金儲けも出来ますね!」
俗っぽい話だが、マリナの言うことはもっともだ。
「まあ、それもあるな…… 隠れ家の近くでどうしても調達できない物は、人里で調達する必要が有る。そのためにはやっぱり金が必要。薬を売るのは、良い手段だ」
「それに、薬草や毒草の見分け方も学べますしね。呪毒を解除する薬は、調合に多少魔力も必要になりますから、マリナ達もいい勉強になります」
補足するようにルーンが続けてくれた。
「分かりました! 私、薬の作り方、頑張って覚えますね!」
「ああ。それと毒草は毒草で使い道があるんだ。それも覚えて…… おっ」
マリナに答えている途中で、俺はある者の気配に気が付く。
「薬の話は、また明日にしようか。アヴェルが来たみたいだ」
俺が扉を開こうと立ち上がる前に、戸が独りでに開いた。
そしてすぐに閉まると、黒い影が俺の目の前に迫る。
「アヴェル、悪いな」
「いえ、ルディス様」
俺に応え、影から姿を現すアヴェル。
膝の近くで首を垂れるので、俺は頭を撫でてやる。
ふさふさの毛はいつでも気持ちが良いものだ。
「ありがとうございます、ルディス様」
満足そうな笑顔のアヴェルから手を放し、俺は訊ねた。
「いや、感謝するのは俺だ。それで、ゴブリン達は来たか?」
「はい。五十体はいるでしょうか。我らヘルハウンドとの間で紹介を済ませ、簡単な野営地を造っている最中です」
「そうか。俺達もすぐに向かいたいんだが、明日ここで済ませなければいけないことがある。アヴェルには一足先に馬車を運んでもらおうと思っていたが……」
「外のバイコーンが運ぶのですね?」
俺はその言葉に頷く。
アヴェルは少し不安そうな顔だ。
「ぐっすり寝ていましたが…… 大丈夫でしょうか? まあ、ルディス様が従魔にされたわけですから、心配は無用だと思いますが」
その辛辣な言葉にルーンも何か言いたげにうんうんと頷く。
フィストが頼りがいのなさそうな新参者に見えるようだ。
まあ、結局は面倒見がいいのだが……
「お前にはしばらくあいつとペアで動いてもらうだろう。それと、魔法も教えてやってほしい」
「分かりました。我らの流儀を、みっちり厳しく叩き込んでやりますよ」
俺は思わずふっと一笑した。
「くれぐれも優しくしてやってくれよ。悩みも抱えているから、良き相談相手になってくれ。 ……それで、お前には別で頼みたいことが一つある。エルペンからスライム達を隠れ家まで連れて行ってやってくれないか? さらに走らせることになって悪いが」
「全く問題有りません。ただ、どうして連れて行くのですか?」
「いや、せっかくだから皆で顔合わせをと思ってな」
「そういうことですか。互いに知らない者も多くなってきました。いい機会でしょう、すぐに向かいます」
「ああ、頼む。俺も外のフィストと一緒に明日用事が済み次第向かうつもりだ」
「かしこまりました。では、ごめん」
アヴェルは影になると、すぐに扉を出て、すっかりと暗くなった景色と同化するのであった。




