三十七話 聖獣
人間の子供の様に泣きじゃくるフィストを、俺達は目を合わせてかける言葉を探す。
最初は悩みを解決する見返りに、フィストに従魔になってもらおうかとも考えた。
しかし、魔物を聖獣と結ばせる等、どんな魔法をもってしても難しいだろう。
記憶を失わせる魔法で思考力を……いや、あまりにも強引すぎるな。
そもそも俺が関わらなければ、聖獣と敵対する必要もない。
……ここは、おとなしく身を引くとするか。
どうせ、ユニコーンはこのフィストに追われ、またどこかへといくだろう。必然的にフィストも追うから、これ以上村人が襲われることもない。
だが、フィストは俺に懇願してきた。
「旦那! 旦那なら、オレとアイシャを一緒にできるはずだ!」
俺の魔法を見て、何かを思いついたのだろう。しかし、希望には応えられない。
「いや、それは無理だ。俺のこの手の印が分かるか?」
俺は右手の甲の微かに浮かび上がる五芒星をフィストに見せる。
「……何すか、これ? ただ、何かとんでもない魔力を感じるっすね」
「これは帝印と言ってな…… 俺の帝印は魔物を従えるもので、聖獣からすれば魔物と同様に忌むべき対象なんだ」
「え、なら、それむしろ好都合じゃないですか?!」
フィストは急に調子を良くするが、俺は困惑する。
この馬面の言いたいことは、よく分かった。
「つまり、俺が悪役となってアイシャを襲う…… そこをお前が助けると言うわけか」
「ご名答っす!」
フィストの声に、ルーンが怒り声を上げた。
「ルディス様は、そんなくだらない事に付き合ってる暇などないのです! さあ、そのユニコーンとやらの尻を追って、さっさとこの周辺から出て行ってください」
しっしと手を振るルーン。
関わらないのが一番か……俺もそう思った時だった。
フィストが急に、耳を立てて周囲を見渡す。
「アイシャの足音?! え?!」
ある場所に向け目を見開いて、口を唖然とさせるフィスト。
俺もルーン達もその方向に目を向けた。
「ゆ、ユニコーンの大群?!」
ルーンの言う通り、十数体の群れを為してこちらに向かってくるユニコーン達。
まっすぐ向かってきたと思うと、途中で散り散りとなり、俺達を囲むように場所を取った。
「ルディス様! 逃げましょう!」
「落ち着け、マリナ。こういう不測の事態の時こそ、落ち着くんだ。 ……逃げようとしたところで、俺達の足では到底かなわない。その場で出来る事をやるんだ。 ……ルーン、マリナを頼むぞ」
「はっ」
俺の言葉と、ルーンが落ち着いて答えるのを見て、マリナも何とか冷静でいようと努力しているようだ。
【魔法壁】を周囲へ展開し、俺はフィスト含め皆を魔法から守れるようにする。
すでに、俺は何かしらの魔法をユニコーンに放てる距離だ。
しかし、こちらからは仕掛けない。
平和裏にここから抜け出せるのであれば、それに越したことはないからだ。
フィストはというと、ずっと一体のユニコーン……恐らくアイシャであろう者に目を奪われているようだ。だが、やはりただ事でないことを察したのか、浮足立つ。
こちらの様子を窺いながら、じりじりと包囲を狭めてくるユニコーン達。
それを見て、フィストが叫ぶ。
「アイシャ! 一体これは何なんだい?」
フィストの言葉に、アイシャは一際立派で巨躯なユニコーンの後ろに隠れた。
群れの長であろうその大きなユニコーンは、アイシャの代わりにフィストへ答える。
「お前こそ、何なのだ?」
「それはこっちのセリフだ! お前こそ、アイシャちゃんの何なんだ?!」
「我はオルガルド。先日、このアイシャの助けを求める声を聞きつけ、我らはやってきた。しつこく大陸の東から追ってくる汚れた魔物を滅ぼすためにな」
大きなユニコーンはオルガルドと言った。こいつも他のユニコーンも帝国語を話しているようだ。
「ま、まて! 俺はただアイシャちゃんに気持ちを伝えたくて!」
相変わらず怯えるアイシャに、フィストはがっくりとした。
さすがに自分が完全に拒絶されていることを悟ったようだ。
周囲のユニコーン達は、魔物風情がだとか言って、フィストに罵声を浴びせた。
ルーンも口にはしないが、当たり前でしょと言わんばかりに冷めた視線を送る。
オルガルドが、断罪するようにフィストを睨んだ。
「……自分よりも弱そうな者を狙う等、言語道断! やはり魔物は、卑しい! そして何よりも、汚らわしい魔物が我等と同じ高潔な”白き毛”をしているなど許せぬ! お前には、ここで死んでもらおう!」
俺はこの言葉に黙っていられなかった。
「待て!」
ユニコーン達は、俺に視線を向けた。
「確かにそのフィストがしたことは、アイシャを恐れさせ、苦しめたかもしれない……フィストは謝罪すべきだろう。しかし、白い毛を生やしていることの何が悪いのだ?」
「貧弱な人間よ…… 何が言いたい?」
「魔物が何故、お前達と同じ毛を生やしてはいけないのか、と聞いたんだ」
ユニコーン達は周囲から俺を嘲笑った。
しかし、オルガルドだけは少しも表情を崩さず、問うてきた。
「人間よ……魔物が憎くないのか?」
「俺の質問に先に応えるのが、筋だと思うが?」
俺の言葉を聞いて、別のユニコーンが怒り声を上げた。
「貴様! 誰が貴様ら”馬鹿な”人間をまもっ……て!?」
突如、怒るユニコーンの前に小さな爆炎が上がった。
爆発は見事にユニコーンの足元ぎりぎりまで、土をえぐっていた。
【爆炎】……放ったのは、ルーンか。
「ルーン、勝手な真似はよせ」
「……申し訳ございません、ルディス様。ただ、この愚か者が、あろうことかルディス様に非礼を働いたため」
口ではいつものように淡々と謝るルーンだが、その目は怒りに燃えていた。
だが、魔法で脅されたユニコーンも逆上しているようで、すぐにでも仕掛けてきそうな雰囲気だ。
俺がルーンを制したように、オルガルドも同様にユニコーンらを諭す。
「今は我がこの人間と話しているのだ、騒ぐでない。さて人間よ、質問の事だが…… 聖獣はそもそも何であるかを知って……」
オルガルドは俺の右手に目を止め、一瞬言葉を失ったようだ。
「……いや、まさか。人間よ、お前は……その右手にあるものが何であるかを知っているのか?」
その問いに、俺は無言で頷き返す。
「帝国語を使っているというのにも驚いたが…… まさか、”あれ”を生きている内に見られるとはな。何と哀れなことよ……」
「”魔王の落胤”だったかな……そう呼びたいのか?」
一瞬、大きなオルガルドが体を震わせた気がした。
それが畏れからくるものなのか、はたまた武者震いというやつなのかは分からない。
だが、次の瞬間すかさず角にまばゆい光を灯した。
【光槍】……聖属性の中位魔法だ。
他のユニコーン達も同様に、俺達へ【光槍】を放つ。
だが、俺の【魔法壁】で光の槍は次々と防がれた。
現状余裕はあるが、いずれ破られる。再び【魔法壁】を発動すればいいが、それではいつまで経ってもここに釘付けにされたままだ。
「フィスト! 俺達を乗せろ!!」
「り、了解っす!!」
俺がまずフィストに跨り、ルーンとマリナの手を引いて、乗せようとした。
この間にも、ユニコーン達は矢継ぎ早に【光槍】を向けてきた。
俺が目で合図を送ると、ルーンは頷き返した。
「マリナ、【擬態】を解きますよ!」
「え? でも、ルディス様から頂いた鎧と剣が!」
「私が何とかしますから、ほら!」
マリナが人間の姿を解くのを見て、自分も同じようにスライムに戻るルーン。
すぐに袋のように装備をスライムの体で包み込むと、マリナと共にフィストの背に乗った。
「さあ、とにかく駆けよ、フィスト!」
「へ、へい!!」
すぐにその場から駆け出すフィスト。
当然のように、ユニコーン達も後を追ってくる。
俺は新たな【魔法壁】を周囲に展開し、やつらの【光槍】を防ぐ。
だが、聖獣が聖属性の魔法を使うのは、人間が息をするのと変わらないぐらいの行為だ。
魔力に限りが有っても、より少ない魔力で聖魔法を放てる。
俺の【魔法壁】も、すぐに新たなものに変えなければいけないだろう。
フィストの速度は速いが、ユニコーンもそれに劣らない。このままでは、永遠に追いかけっこをするはめになる。
それが嫌なら…… ただ、やつらを葬ってしまえばいいだけだ。
しかし、俺の流儀として、必ず警告を挟みたい。
ここは……
俺は【魔法反射】をフィストの後方に放つ。
すると、【光槍】はユニコーン達へと返された。
もちろん、ユニコーンに聖属性の魔法は効かず、皆、へらへらと馬鹿にするような表情をしている。
しかし、オルガルドだけは…… まっすぐと真剣な眼差しを俺に向けていた。
これは単に俺の力を見せているに過ぎない。オルガルドもそれを理解しているのだろう。
次は【閃光】を放ち、ユニコーンの視界を奪う。
ユニコーンも魔法を防ぐ魔法を持っているかもしれなかったので、一応の目くらましだ。
すぐに【放電】を撃って、ユニコーン達を痺れさせた。
次々とその場で倒れるユニコーン達。加えて、ある魔法を放っておく。
しかし、オルガルドだけは、俺の攻撃を防いでいたようだ。
そのまま、俺達を追ってくると思えた。
しかし、オルガルドはゆっくりと減速すると、遠ざかる俺達をただ見送るのであった。
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ルディスを逃したオルガルドはすぐに、他のユニコーン達の痺れを癒していた。
--どういうことだ? 殺そうと思えば、我ら等容易に……
頭の中でオルガルドは問い続けるが、すぐにルディスの意思をくみ取った。
自分達とは敵対するつもりはないか、と。
オルガルドは先祖代々伝えられてきた話を思い出す。
あの帝印は賢帝ルディスが持っていたもの…… それをまた再び人間が持ち合わせているとは。
部族をまとめる両親からは、ルディスは悪と伝えられていた。
いかに優れ、聡明であろうと、魔物を従えるのは悪なのだと。
オルガルドは、その教えをいつも疑問に思っていた。
ルディスは本当に悪なのかと?
今でも、答えが出ないことだ。
そして今日現れたあの人間は、ルディスと同じ帝印を手にしていた。
魔法も、自分達をはるかに凌ぐものを持ち合わせていた。
人間は欲に溺れる貧弱な生き物……それが魔物と手を組むことは、防がなければならない。
だからこそ、オルガルドはあの人間……ルディスを殺そうとした。
--だが、あの人間…… あれだけの力を手にしながら、何故?
要注意であることには変わりない。それでも、悪と決めてかかるのも、間違っている。
オルガルドはこれ以上はルディスを追わなかった。
当然、自分達では到底敵わないということもあったが、人間の顔がぼやけて思い出せないのだ。
追跡するにしても、これではお手上げだ。
ユニコーン達はアイシャを仲間に迎え、本来の目的である魔物との戦いの為、再び北へと駆けていくのであった。




