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三十六話 聖獣のような魔物の悩み

 丘を降り、森を目前に控えた時、がさっという音が響いた。


 【探知】によれば、恐らく聖獣と思しき存在が動いたようだ。

 逃げたか? いや……! 


「二人とも、散開しろ!」


 俺はすぐに二人に注意喚起し、【魔法壁】を発動する。


 先程は不安だったが、ルーンの方はしっかりとマリナの側に付いて、剣を構えた。


 この速度は……やはり、普通の馬ではないようだな。

 足だけではない、あまりにも察知が早すぎる。

 聖獣であってもおかしくないだろう。


 林は暗く、目ではまだ捉えられていない。

 しかし、距離からしてあと十秒もしない内に目の前に出てくるはずだ。


 俺はまず目くらましに【閃光】を放ち、【放電】で動きを止めようと試みる。

 今回、雷属性の【閃光】を使うのは、聖獣には聖属性の魔法である【聖光】は通用しないからだ。


「二人とも、目を閉じろ!」


 そう口にして、俺は【閃光】を放ち、そして前方に拡散するように【放電】を放つ。


 すると、


「そんな魔法じゃ、俺は倒せねえぜ!!」


 帝国語と共に、白い馬が【閃光】も【放電】もものともせず、俺に角を向けて……


 あることに気が付くのと同時に、俺はとっさに突撃を躱す。


 これだけの速度だ、馬はすぐに方向転換は出来なかった。

 緩やかに曲がりながら、またこちらに角を向け突撃態勢を整えようとする。


「あのユニコーン、角が二本?」


 俺も気付いたことを、ルーンが先に口にした。


 ユニコーンには通常、槍のごとく角が一本、額から真っすぐと正面に伸びている。

 だが、目の前の白馬は、後ろに後退した山羊のような二本角を生やしていた。


 こいつはユニコーンではない。

 雷属性の魔法が通用しなかったことも鑑みれば、確かな事だ。


 ……しかし、何故こいつの体色は白なんだ?


 疑問が残りつつも、俺は魔法を掛けた。

 【聖光】……聖獣に効かないであろう魔法を。


 【聖光】を放たれた馬は、思わず声にならない悲鳴を上げ、その場で地団駄を踏みだした。


「よし、いまだ! マリナ!」

「はい、ママ!」


 ルーンとマリナが馬の方に走っていき、持ち合わせていたロープを首と角に掛けた。


 馬は逃れようとするが、ルーンとマリナはスライム。

 足の部分を溶かし、地面に固定することで、その場から引っ張られることもなく馬を拘束していた。


「ちくしょうっ!! どうしていつも、何でこうも上手くいかねえんだっ!!」


 馬はどうにもいかず、ただ喚くだけだった。

 

「ルーン、マリナ、よくやった!」

「ルディス様の魔法のおかげです!」


 マリナは俺に答えて、ガッツポーズを決めた。

 一方のルーンは粛々と一礼する。


「ルディス様、お見事でした。ですが、この馬……」

「ああ、こいつは聖獣じゃないな」


 馬の方に歩み寄ると、やはり両目が焼かれていた。 

 聖属性の魔法で焼かれたということは、この馬は魔物……

 そして俺の知る限り、この特徴的な二本角を持つ馬は、”バイコーン”というれっきとした魔物に違いない。


 変種か…… 人間や獣に存在するように、魔物にもイレギュラーは存在する。


 ルーンは喜ぶような口調で、俺に声をこう促した。


「むしろ、魔物で良かったですね! さ、こいつを従魔にしましょう!」

「待て待て、ちゃんとこいつの話を聞いてからだ、そういうことは」


 ルーンは脅すなどして、無理やり従魔にさせようと思ったのだろう。

 だが、俺はそんなことはしない。


 逸るルーンを制し、俺はまず【闇纏】をこの白いバイコーンの両目に掛ける。

 

 すると、バイコーンは光を取り戻したようで目をきょろきょろとさせた。

 やがて俺の姿を捉えたのか視線を固定する。


 闇属性を身に宿す魔物の傷は、聖魔法では治せない。だから、闇魔法で癒すのだ。


「な、なんだ、あんた? さっきの魔法は……」

「ん? ああ、聖光のことか。聖属性の中位魔法だな」


 俺の声を聴いて、バイコーンは体をぶるっと震わせた。


「……中位魔法だって? はあっ……そんな人間と鉢合わせるなんて、オレはつくづくついてねえ…… つうか、何であんた魔族語を?」

「魔族語? 帝国語ではないのか…… いや、魔族に使われているから、そう呼ばれていてもおかしくないな…… 貴様、名は何と言う?」

「フィストだ……」

「そうか、フィストと言うのか。うむ」

 

 俺は少し悩んだ。


 ユニコーンと言っても、ここらへんの人間には分からない見た目だろう。

 そして魔物という種族なら、従魔にも出来る。


 ここは従魔の契約を…… そんなことを思っていると、目の前のバイコーンが泣いていることに気が付いた。


「ううっ…… ちくしょぉ…… ちくしょうっ!!」

「フィスト、どうした?」

「あんたら、どうせオレを殺して、この角を持っていくんだろう?! 人間はそうやって、オレの父ちゃん達を殺してきたんだ…… ああ、せっかくあんな綺麗な子を見つけたのに……」


 一人でごちゃごちゃと喚くフィスト。

 人間に対する恨みよりかは、何かが心残りのようだ。


「フィスト、俺は何もお前を殺しに来たわけじゃない。ただお前を気味悪がった人間から調査を依頼されただけだ。もちろん、馬も欲しかったが……だが、少なくとも角には、微塵も興味がない」

「ほ、本当か…… で、でも」

「無理に言うことを聞けとは言わん。だが、何か悩んでいるようなら、力になれるかもしれんぞ?」


 無条件で従魔になってもらうのは難しいだろう。

 しかし、この足の速さは魅力的。

 ぜひ、仲間になってほしい。それには、こちらもなんらかの見返りを示したい。


 だが、フィストは俺の問いに答えてくれない。

 まあ、こんな状況なら当然か。どう考えたって、殺そうとしてるようにしか思われない。


 俺の魔法を受けて、今更もう逃げようともしないだろう、ここは警戒心を解かせるか。


 俺は手を軽く振って、ルーンとマリナに縄を握る手を緩めさせる。


 拘束力が弱まったのを感じたのか、フィストはほっと一息吐いた。


「ありがとさん…… だが悪いが、オレはあんたの馬にはなれん。オレは、あの子と一緒になるんだからな」


 断言するフィストに、俺はすかさず聞き返す。

 

「あの子?」

「よくぞ聞いてくれたっ!! あの子ってのは、オレが大陸東部から追っている、愛しのアイシャちゃんだ!」


 フィストは急に鼻息を荒くすると、舌をだしてにやけ面になった。


「ああ……あの真っ白な体と立派な一本角……優雅な走りに揺れる、ふさふさのたてがみ……まさに、このオレ様にふさわしい女の子……ああ、アイシャちゃん!!」


 フィストの興奮っぷりに、ルーンとマリナは白い目を送る。


「だけど、アイシャちゃんはなかなかオレの気持ちに応えてくれない…… まさか山脈を超えることになるなんて」


 俺も戸惑いを感じたが、それ以上にある疑問が勝った。


「……うん? お前はバイコーンなんだろう? 話だけ聞いていれば、そのアイシャはユニコーンのように聞こえるが?」

「それがどうした?」


 フィストは平然とした表情で、一言返してきた。

 

「いや、待て…… お前はバイコーンなのだろう?」


 俺の更なる問いに、フィストはそうだと頷く。


「魔物が聖獣を、その……好きになったのか?」

「何か問題か?」

「いや、そんなことはないが……」


 俺が言い淀んでいると、近くに来ていたルーンが透かさず口を挟む。


「問題有りまくりですよ! 魔物が聖獣を好きになるなんて! おかしいです!」

「そ、そうか? でも、オレの気持ちは本当なんだ…… 俺はアイシャが好きなんだ!!」


 どうやら、このフィストの思いはもう誰にも止められないようだ。

 ルーンの言うように魔物が聖獣を好きになるなど、俺も聞いたことはない。

 

 冗談で口にする魔物はいなくもないかもしれない。

 だが、このフィストからは嘘偽りのない慕情なのだということが伝わってきた。


 しかし、ルーンは冷酷な事実を告げる。


「まあ…… あなたはそういう変態ってことなんでしょう。でも、相手はそうは思わないはずです」

「へ? いや、オレのアイシャへの思いはきっと」

「だから、あなたがどう思うおうと聖獣が魔物を好きになるなんて、有り得ないのです。聖獣は魔物を忌み嫌っているし、可能であれば殺そうとする…… 思うにそのアイシャなる聖獣は、あなたから逃げようとして、山脈を超えたのでは?」

「え…… そうなの? いや、でも……」


 視線を向けるフィストに、俺は残酷だとは思いつつも頷いた。


「……残念だが、その可能性はあるな」

  

 その言葉にフィストは天を仰ぎ、石のように硬直した。


 アイシャとのやり取りの中で、嫌われているのではと思う場面もあったのだろう。

 疑念が確信に変わった瞬間であった。


 俺達はしばらく、泣きわめくフィストを前に、どう声を掛けようか悩むのであった。

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