三十四話 ”足”を手に入れよう
馬車を作った俺達は、夕方までにエイストに戻ることが出来た。
「ふう…… ようやく持ってこれたな」
宿の隣の小道で、牽いてきた馬車に持たれかかりながら、額の汗を拭った。
人間なら六人は座れそうな馬車。馬なら牽くのに二頭は欲しい代物だ。
この馬車にはすでに二頭の馬がいる。
だが、馬の姿をしてはいるが、馬ではない。
「……二人とも、今なら誰もいない。大丈夫だ」
「「はい!」」
人間の言葉で応じる二頭の馬は、その場で形を失い水のように地面に崩れ落ちる。
そしてすぐに人間の姿を形成した。
目の前に二人の美少女…… いや、従魔のルーンとマリナが現れる。
「二人ともすまないな…… 次は本物の馬を用意するから」
「いえいえ、これぐらい大したことではありません! ね、マリナ?」
ルーンはマリナを横目に答えた。
「はい! ただ、ルディス様に鞭で叩かれるのが……」
目をうるうるとさせるマリナ。これは……
「ご、ごめん。馬が一人でに走るのは不自然だから、蔓で叩いているふりをしたつもりだったけど…… 痛かったか?」
「いえ、とんでもありません! ただ、その……気持ちよかったなって」
勝手に顔を赤らめるマリナ。
あの洞窟ではそれだけ退屈だったのだろう。ちょっとした刺激が、初めての体験になるらしい。
それは良いんだが、わざわざ顔を赤らめる必要はあるか……人間の真似なんだろうが……
俺が一人で恥ずかしがっていると、通りを歩く背中に弓と矢筒を背負った女性に目が留まった。
見覚えのある、長い茶髪を頭の後ろで結わいた女性……先輩冒険者のエイリスだ。
エイリスも俺がもたれかかっている馬車が気になったのか、早速にやにやしながらこちらに向かってきた。
「お、また新しい儲け話を見つけたのかな、大物新人くん?」
「大物なんてやめてくださいよ。それに俺まだ新人なんですか?」
いつものからかいに反論するも、エイリスはお構いなしだ。
出来を確認するように俺達の馬車を撫でる。
「随分立派な馬車ね。高かったでしょ?」
「いえ、自分達で作ったんですよ。あとは補強に車輪や軸に金具を付けるだけです」
「自分で作ったですって?! 故郷は農村じゃなかったの?」
「あ、それはですね…… 辺境でしたので、自分達で牛車を作っていたんですよ」
「なるほど……農民、恐るべし」
エイリスは感心したように答えたが、なお驚きを隠せないといった顔だ。
俺が述べた理由は不自然ではないかもしれないが、あまり突っ込まれても面倒。話題を逸らしてみる。
「エイリスさんは農村出身じゃないんですか?」
「いや、私は違うわ。まあ、身分的には元農民だけどね。実家は木こりよ。狩りもしなきゃ食べていけなかったけど」
「なるほど……だからエイリスさんはハンターのクラスを名乗っているんですね」
「そういうこと。結局、冒険者になっても弓と斧を使って、飯を食べてるんだけどね」
エイリスは背中の弓を撫でながら、自嘲気味に笑った。
「そんなことより、こんな馬車どうするの? 商売でも始めるつもり?」
「……まあ、そんなところですね。素材をもっと多く積めたらと思いまして」
「本当に賢いわね。カッセルにも見習ってほしいものだわー」
「はは…… 俺達はなるべくもっと多く稼ぎたいだけです。親にも仕送りしたいので」
「うんうん、本当健気ね。でも、馬は持っているの?」
「いえ、先程は借りたのですが、持っていないんですよ。 ……そうだ! エイリスさん、馬っていくら位で買えるか知ってます?」
「うーん、安いのでだいたい三百デルってところかしら。でも今はもっと高い……いや、多分買えないでしょ」
思ったように馬はやはり高額であった。三百デルで買って、維持費も考えなければいけない。
そしてエイリスがこの後言いたいのは、馬が市場に出回っていないということだろう。
「この前のゴブリンの侵攻のせいですね?」
「そう。騎士の馬も荷馬も大量に殺されたからね。元々ヴェストブルクは、馬が少ないし」
「そうですか……」
やはりか……牛なら買えるだろうが、それでは移動が遅すぎる。
しかもエイリスの話によれば、自分で馬を捕まえるのも難しそうだ。
どうする? やはりアヴェル達に頼むか? しかしヘルハウンド達は姿を隠せても、スライム達みたいに化けることはできない。街で昼買い物して、夜に出させる…… 面倒だな。
ルーンとマリナでもいいが、しばらくは俺一人で行動になるか。
「ふふ、そんな落ち込みなさんな! お姉さんが耳よりの情報教えたげるから」
「耳より? 是非聞かせてください!」
「そう慌てなさんなって、元々これは私やノール、カッセルだけで行こうと思っていたんだけどね。立派な角を生やした馬が、エイストから東に二日歩いたあたりの森林で発見されたんだって。気味悪がっている付近の住民から、調査の依頼が来てるわ」
二日とすると、エイストから拠点を作ろうとした場所とのちょうど中間地点だな。
しかし、角を生やした馬か…… 聖獣ユニコーンかもしれない。
「角を生やした馬ですか。それは確かに珍しい。 ……魔物でしょうか?」
「それは分からないわ。ただ、そんな魔物聞いたことないのよね。まあでも、普通の馬じゃないのは確かよ。だからこそ、金になりそうだと思って」
「なるほど…… 気にはなりますね」
「でしょ! 私達は忙しいから、ここは可愛い後輩達に手柄を譲ろうかなーとか思ったのよ。もちろん馬は好きにしていいし、何も見つからなくても報告書を出せば五十デル、ギルドからもらえるわよ」
エイリスはそう言うが、実際は眉唾物のような話。行く価値がないと考えているんじゃないだろうか。
あるいは、俺達なら目当てのものじゃなくても、何か見つけられると評価してくれてのことか。
エイリスの性格を考えれば、どっちもありそうだが……
どちらにしろ先輩の依頼は断りにくい。
エイリスにはお世話になってるからなおさらだ。
しかも、本当にユニコーンなら、売っても見せても大変な額になる。
「ありがとうございます! 早速明日行ってみようと思います」
「本当?! やった! じゃなかった……こほん! 頑張りたまえよ、若き新人たち!」
エイリスは一瞬喜びの表情を見せたが、すぐにいつもの先輩のような口調で伝えた。
やっぱ、俺達に押し付けたかったのはあったようだ……
まあいい、仕事は手広く受けたい。ギルドも何でも仕事をこなしてくれる冒険者を評価してくれるだろう。評価も上がれば冒険者ランクも上がる。俺達の活躍からして、この依頼の後にランクの昇進のことを聞いても良さそうだ。
エイリスが去った後、ルーンが尋ねてきた。
「ルディス様、ユニコーンでしょうか?」
「かもしれんな…… どちらにしろ、馬にはできないな」
俺の言葉に、隣のマリナが首を傾げた。
「え? どうしてですか? ユニコーンは馬みたいな生き物なのですよね?」
「ああ、見た目は角が生えただけの馬だな。だが、ユニコーンはただの馬じゃない。能力や知能が馬と比べ物にならないぐらい高いってのもあるが…… もっとも問題なのは、”聖獣”なんだ」
「えっと……つまり、魔物じゃないから帝印で従えられないというわけですね」
察しが良い。だが、厄介なのはそれだけじゃない。
「そうだ。そして俺の帝印は、聖獣が忌み嫌う魔物を従えるもの……こちらを見つけ次第、襲ってくるだろう」
「そんな…… でも、それならどうして聖獣を探そうと思われたのですか?」
「馬にするためじゃないよ。馬を買うお金を手に入れるためだ。そもそも、ユニコーンだという確証もないしな」
「なるほど! でも、私で良ければいつでも馬に……」
切なそうに答えるマリナに俺は「却下」と言い残して、本題に入る。
「とにかくだ。悪いが、明日も馬に擬態して、東に向かうぞ。隠れ家の為の物資も積んでいく。そこでユニコーンがいようといまいと、アヴェル達にそれを隠れ家まで運んでもらうつもりだ。二人とも、頼んだぞ」
「「はい!」」
こうして俺達は依頼を受けて、馬を手に入れるために動き出すのであった。




