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三十二話 改心

 領主の屋敷を出ると、そこにはまだ周囲を必死に警戒する衛兵達がいた。

 

 喧騒を抜け人気のない小道に入り、俺は従魔達を呼び寄せた。


 【探知】のおかげで、続々と魔力の反応が集まってくるのが分かる。


 そのうちの一つが姿を現した。


「ルディス様、何故あのような者達を召し抱えたのですか?」


 少し不満そうな声でそう訊ねたのは、アヴェルであった。

 襲おうとしたのだろうが、飛び掛かる前に帝印に気付いたのだろう。


「ロイズを探すためだ」

「つまり、ロイズはやはり屋敷の中にはいなかったと?」


 頷く俺に、アヴェルがこう続けた。


「ルディス様がなさる事に反対するつもりは有りません……ですが」


 新参者はやはりすぐには受け入れてもらえない。

 魔物は人間以上に用心深かった。元人間である吸血鬼なんて、尚更信じられないのだろう。


 しかし、信用できないのは俺も同じ。


「余も全面的に信用してるわけじゃない。だからこそ、奴らには呪いをかけた」

「そうでしたか…… 出過ぎたことを申しました」

「何も謝ることはない。それよりも、良くやってくれた」


 労いの言葉に、アヴェルは小さく頭を下げた。他の者達にも、言葉を掛ける。


「皆もよくぞやってくれた。礼を言うぞ」

「もったいなきお言葉です、ルディス様」

  

 ルーンはいつものようにそう応えた。他のスライム達も、役に立てたと飛び跳ねて喜ぶ。

 

 この程度の事で喜ぶなと、ルーンはまた説教を始めたようだ。

 それを和らげるように俺はこう呟いた。


「いや、しかしこれで吸血鬼の襲撃もしばらくはないだろう。 ……近々、宿で宴会でも開くとしようか」


 俺の声に、マリナやスライム達が更に喜んだ。

 ”宴会”という言葉は、この前酔っぱらったルーンによって教えられたのだろうか。 

 とても楽しい事と認識しているようだ。

 

「本当ですか、ルディス様?!」

「こら、マリナ! ルディス様! 甘やかさないでください!」


 やはり、ルーンが口を挟んできた。


「甘やかしなどではない。せっかく、これだけ多くの従魔が揃ったんだ。他の者達とはまた今度やるとして、顔合わせぐらいはいいだろう」

「……そ、それはそうですが ……お前達、あまり、はしゃぎすぎないようにしてくださいね!」

 

 スライム達は、ルーンに「はーい」と口を揃える。


「はあ……本当に分かってるのか…… えっ?!」


 ため息を吐くルーンを、抱きかかえてやる。体をプルプルと震わせ恥ずかしそうだ。


「る、ルディス様ぁ……」

「さあ、帰るぞ。明日からは遠出の計画も立てたい。ゴブリン達の事も有るからな。だから今日はゆっくり休もう」

「「はい!」」


 こうして、吸血鬼騒動はひとまず落ち着いた。 

 新たに従魔となった吸血鬼達、そしてロイズが今後どうするかは分からない。

 

 だが、何しろエルペンのひとまずの安全は保たれたのだ。


 いや、むしろ騒動前より良くなったかもしれない……


 俺達が吸血鬼達を退けてから数日、エルペンの人々は妙に活気づいていた。


 皆顔が明るいのは、吸血鬼の心配がなくなったというお触れが出たことも有る。

 しかし、それ以上に喜ばしいことが有ったのだ。


 人間に【擬態】したルーンが、ある露店に立ち止まる。

 目の前には、艶のある瑞々しい赤りんごが箱にぎゅうぎゅう詰めにされていた。


「おじさん、こんなに安くしちゃって大丈夫なんですか?」

「ああ、出血大サービスだよっ! 更に更に、今なら六個で一個おまけするぜ! お嬢ちゃん、どうだい? ……いやあ、今日は赤字だなあ!」


 ねじり鉢巻きをした露店のおっさんが、ルーンへそう答える。

 値段を見ると、この前はリンゴ一個で一デルだったのが、二個で一デルになっていた。


「おっさん! そんなこと言って、私の可愛い後輩を騙さないでくれる?! ただ、税金が安くなったから値下げしてるだけでしょ」

「え、エイリス…… 商売の邪魔するんじゃねえよ!」

「邪魔なんてしてないわよ。それに、適正価格で出してるんだから、正直に言えば良いじゃない」


 通りがかったのは、先輩冒険者のエイリスだ。

 

 露店のおっさんは「そりゃそうだけどよ」なんてぼやいてる。

 うたい文句が変わらないのは、税金が高かった時の癖だろう。


 だが、ルーンが六個買いますと言ったので、りんごを鼻歌交じりに手早く袋詰めし始めた。


「ちゃんと、おまけはつけるのよ! ……全く、どいつもこいつも、けちん坊が抜けないわね…… おはよ、ルディス」

「おはようございます、エイリスさん。エイリスさんも買い出し……ですね」


 エイリスが片手で持っている麻袋は、パンパンだった。

 雑貨から食料品まで、袋口から飛び出している。

 

「ええ。こんなに安くなるなんて、滅多になかったからね。ちょっと買いすぎちゃったみたい」

「おーい、エイリスっぅ! 何故、俺がお前の荷物を持たなければならんのだっ!」


 俺とエイリスは声の方に振り返る。

 そこには、先輩冒険者のカッセルが顔を真っ赤にして歩いていた。

 両手で、溢れんばかりの麻袋を抱え、背中にも大きな袋を背負っている。


 こちらは武器や防具、服を運んでいるらしい。

 

「そんなことぐらいでしか、あんた役に立たないでしょ!」

「……相当、買い物されたんですね」

「そりゃそうよ。関税と領民の税金が半分になったんだから、殆どの物が半額に近い値段なのよ。今買うしかないじゃない」

「なるほど。でも、どうして領主は税率を下げられたのでしょうね」


 世間話として、俺はそんな疑問を口にした。


 この街の誰もが妙に思っているだろう。

 税率の大幅な軽減は当然として、そもそも下げること自体、あの領主では考えられなかったことだ。

 

 ……きっと、俺の言葉に心を入れ替えてくれたのだと思うが。


 エイリスも心底不思議そうな顔で、答える。


「本当それ。あの領主、どこで頭を打ったのかしらね」

「ユリア殿下と、賢帝ルディスの声を聴いたって話よ」

「あら、ノールじゃない」


 エイリスと俺は、またもや新たな声に振り向く。

 そこには先輩冒険者のノールがいた。


 胸には『ルディス春画集・下巻』と題された本が抱えられていた。

 やっぱ下巻も有ったんだ……


 ノールは立ち止まると、こう説明する。 


「何でも、賢帝がユリア殿下の最近の活躍を褒めた一方で、領主の悪政を戒めたとか」

「……また、それ? あんた、本当ルディス…… あの銅像好きよねえ。しっかし、それ本当なの?」

「あの私欲にまみれた領主が、ルディス像に向かって罪を告白してるのを、皆目にしてるわ。今後はユリア殿下のように、人々のために尽くすって」


 それは俺も街の人から聞いていた。

 ……領主が、狂ったと。

 

「そうとう重症ね…… ま、私達には良い事なんだけど。でも、どうせあの領主の事だから、娼館行きたさに、また税金も戻すでしょ。だから、今のうちに買い込んでおかなきゃ。 ……カッセル、次はワイン買いに行くわよ!」 

 

 エイリスは手を振って、その先の酒屋へと向かっていった。

 カッセルは顔を青ざめさせるも、それを必死に追う。さすがに可哀そうだ。


「カッセルさん…… 手伝いましょうか?」

「何を! このカッセル、この程度ではへこたれぬ! うおおおおっ!」

「む、無理しないでくださいね!」


 踏ん張り、小走りするカッセルを応援する。


 さすがいつも大剣を振るうだけあって、根性があるようだ。

 後輩である俺に、情けない姿を見せたくないのだろう。


「ルディス様、次は魚を買ってきますね! アヴェル達用に!」

「ああ、頼む」


 ルーンは、隣の魚を扱う露店に向かう。


 宴会用の魚。そもそもアヴェル達ヘルハウンドは飲食を必要しないので、食事をすること自体が特別なことだ。


 気づけば、ルーンはりんごだけじゃなく、他の果物等も購入していた。

 宴会なので少し豪勢に、買い込むのだろう。


 取り残される俺とノール。


「……しかし、本当に良かった。吸血鬼と聞いて、一時はどうなる事かと思いましたよ」

「ええ、そうね…… 吸血鬼が急に消えたのは気になるけど」

「言われてみれば、本当にどこ行ったのやら」 

「分からないわ。 ……でもきっと、ルディスのおかげよ」

「賢帝ですか……確かに」


 そんなことも有るかもしれない、そう言いかけた時、ノールは首を横に振る。


「違うわ。あなたのおかげって言ったの」

「お、俺?! ……ですか?」


 思ってもいない言葉であった。


 いつどこで、ノールは俺を見ていたのか?

 何と答えればいいだろうと、俺は慌てふためく。

 催眠系の魔法で…… いや、あれからずいぶん時間が経っている。

 今日までの記憶をなくすと、色々と不都合が……


 だが、杞憂…… いや、ただの早合点だった。

 

「ええ、そうよ。あなたが来てから、この街は良くなってきてる」


 ノールは、にこっと笑った。

 最初会った時では考えられないような、明るい表情だった。


 ……俺のおかげ? でも、俺はまだ大したことは……


「きっとあなたは…… 賢帝から愛されている。だから、この街も一緒に守ってくださってるのよ」


 俺は苦笑いを浮かべた。 


 何だ、そういうことか…… 結局は賢帝なのね。

 

「……はは、名前も同じですからね。 ……賢帝様! 俺も皆のため、もっと頑張りますよ! だからどうか、これからも俺や皆を見守ってくださいね!」


 俺は冗談っぽく、天を仰ぎ手を合わせた。


 ノールはそれを見て、また少女のようにくすっと笑ってくれるのであった。

 

しばらくは冒険回になるかと思います!

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