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三十一話 成敗

「うわっ?!」


 扉を開くと、第一声が飛び込んできた。

 声の主は、ふくよかな中年男性。

 腰を抜かして、こちらを見ている。


 このエルペンの領主だ。


 当然視線は合っていない。

 俺は今、透明なのだから当然だろう。


 同様に、吸血鬼達もこちら側へ顔を向ける。


 また、縛り付けられ床に倒れているユリアも、こちらに視線を向けていた。

 口を布で締め付けられ、発言することもできないようだ。


 どうやら、ユリアだけが捕まっているようだな。


「……な、何だ? そ、そんなことより」


 領主はすぐに吸血鬼に振り返った。


「このユリアを引き渡す! 何なら、街の人間を連れて行ってもいい! だから、ワシの命だけは助けてくれ!」


 三体の中の真ん中にいる吸血鬼の足元にすがる領主。

 だが、吸血鬼はそれを蹴飛ばし、声を発した。


「……ルディス様でしょうか? どうか、ご尊顔を拝したく存じます」


 真ん中の吸血鬼がこちらに跪くと、他の二体の吸血鬼もそれに続いた。


 流暢な帝国語だ…… 他の二体と比べ、格段に高い魔力を持つのを見るに、この襲撃犯のリーダーであろう。魔力は、俺の知るロイズにも劣らない。

 だが、俺の知っている声ではなかった。


「……いかにも、余がルディスだ。余の顔を拝みたいと申すなら、まずは名を名乗れ」


 帝国語で何を言っているかは分からないだろうが、領主は俺の声に驚く。


 ユリアもルディスという言葉に反応したのか、こちらを見つめる。

 ……これはやってしまったか? いや、結局のところ顔を見せないのだから、関係ない。


「これは大変失礼いたしました。我が名は、バイエルと申します」

「そうか。バイエル、貴様はロイズを知っているな?」

「知らぬわけがございません。ロイズ様は、我ら吸血鬼の王であらせられますから」

「では、これもロイズの差し金か?」


 俺の問いに、吸血鬼は沈黙する。


 そればかりか、傍に控えていた吸血鬼が俺に問う。


「ルディス様…… あなた様が本物のルディス様であらせられるなら、何故、我等の邪魔をし、人間などを救われるのですか?」

「邪魔? 貴様らの吸血行為自体を邪魔しようなどとは思わぬ。しかし、貴様らの行動を聞けば、とても吸血だけを目的に人を襲っているようには思えないのだが?」

「それはそうでしょう。我々は、人を滅ぼすため、戦っているのですから。ロイズ様からあなたを奪った人間を滅ぼすためにね」

「……だが、余は蘇った。既に耳には、入っているだろう? 何度、同じことを言わせる?」

「それがっ! それが、本当と仰るなら! 姿を見せて頂いてもよろしいのでは?!」


 声を荒げる吸血鬼。


 他の吸血鬼も、その声に頷く。


 俺が本物のルディスと証明するには、姿を明かすしかないようだ。


 とはいえ、ここにはユリアがいる。

 顔を明かすわけにはいかない。

 

 それに顔を明かしたところで、ここの吸血鬼達には分からないだろう。

 従魔の吸血鬼は皆覚えているが、彼らのような者は見た事がない。


 俺はまず【透明化】を解き、魔力を解放する。


 この魔力が分かれば、奴らも……


「今だ!」


 中央の吸血鬼の手から放たれたのは、漆黒の闇。

 球状になったそれは、他の吸血鬼からの魔力も得て、大きさを増していく。


 姿を現させたかったのは、最初からこれが目的か……


「【闇炎ダークファイアー】か……」


 闇属性の炎、と呼んでいい魔法だ。着火すると、闇に侵食され、回復が出来ない傷を負う。

 

「そうだ! 闇の高位魔法! 人間であれば、防ぎようがあるまい!」

「そうだな…… 闇の高位魔法は、普通、人の手の及ぶ範囲ではない。なら、これはどうかな?」


 俺は右手をかざして、【冥暗コーリングヘル】を放った。


「な?! 何だこれは?!」


 吸血鬼はそう叫ぶ。


 最初、小さな黒い球でしかなかったそれは、吸血鬼の放った黒い炎を包み込み、次第に天井を覆うように広がった。


「【冥闇】……闇魔法では最高位魔法になるか。当然、力は抑えてあるがな」

「馬鹿な! そんな魔法、聞いたこともない! そもそも何故、人間が闇魔法を?!」


 吸血鬼は信じられないといった様子だ。

 無理もない。ロイズもこの魔法を見た事はないだろう。


「そうだな、普通の人間ではこれは使えないのだろう。だが、そもそもこれを使えるのは、俺…… もしくは魔王ぐらいのものだろうな」

「ま、魔王だと?!」

「そうだ。 ……この魔法は全ての聖魔法を封じ、全ての闇魔法をも呑み込む。そして……」

「ひ、ひいっ!」


 天井から伸びるのは、無数の闇の触手だ。

 吸血鬼達に絡みつき、闇へと誘おうとする。


「お前たちを待つのは死ではない。永遠の闇だ。どうする?」

「わ、分かった! 俺達が悪かった!」


 吸血鬼達の声に、触手はそれ以上天井へと引き込まなかった。


 俺も甘くなったものだ。言葉なら何とでも言える…… 

 少し手荒だが、強引な手を使わせてもらおう。


「悪かったと言うなら、余の従魔となるか?」

「……じゅ、従魔? つまり、お前に仕えると?」

「そういうことになる。それで、どうする?」


 吸血鬼達は嫌そうな顔をする。

 だが、従わなければ、永遠に闇を彷徨うことになる。


 奴らがロイズの命令で動いてるかどうかは分からないが、俺とどちらに従うべきかは分かるはずだ。 


「……分かった、従う」

「うむ、いいだろう。では、余の許し無く、人や魔物を傷つけぬと約束するか?」

「約束する……」

「よかろう。バイエルは良いとして、そこの二名、貴様らの名を伝えよ」


 まず隊長格の吸血鬼は先ほど、バイエルという名前だと確認している。

 そして、残りの吸血鬼は、リュバとマルクと言うらしい。


 皆、人間としては若そうな顔をしていた。

 

 俺は手の帝印を光らせると、吸血鬼の頭に帝印を移す。


 吸血鬼達は、こうして俺の従魔となった。


 だが、本心から従魔にしたわけではない。吸血鬼達は、複雑そうな顔だ。

 ロイズへ申し訳なく思っているのだろうか。


「では、よろしく頼むぞ…… さて、それで貴様らの襲撃だが、誰が命令している?」

「命令…… いえ、我らは自発的に人間を攻撃しています」

「何だと? では、ロイズは命令を下していないのか?」

「はい。ロイズ様は、ここ百年以上姿を現しません。元々、ルディス様、あなたを失ってからは、特に命令を下すことはなかったと聞いておりますが……」

「では、どうして人間を襲う?」

「それは…… ロイズ様は、人間は許せないとずっと仰っていたので」

「その言葉を貴様らが解釈した結果というわけか……」


 ロイズは名目上の王で、部下に何かを命じているわけではなかったのか。

 しかし、人間は憎いと、下の吸血鬼には伝えていた。


 この吸血鬼達は、それに従って行動してただけ。

  

「事情はよく分かった。では、バイエル。貴様に最初の命令を与える」

「……何でしょうか?」

「ロイズを探し、必ず俺の存在を伝えよ。会う意思があるのなら、帝印で俺の元まで案内するのだ」

「帝印? ルディス様の場所が分かるのですね」

「ああ、そうだ。これは貴様たちの忠誠を試すものでもある。途中、俺との誓いを違えるのであれば、その帝印が貴様らの命を奪うだろう」


 あまり好ましくないが、帝印の効果には、誓いを破った場合に従僕へ死を課すことができる。

 かつての従魔達には課さなかったが、自ら忠誠の証として求めてくる者もいた。

 

「は、ははっ! 必ずや、ロイズ様にお伝えします!」

「うむ。頼んだぞ……」


 吸血鬼達は深々と頭を下げると、一目散に屋敷を去っていった。


 彼らが途中、死を選ぶ可能性も有る。闇を彷徨うわけでないなら、名誉の死を……という可能性もなくはないのだ。人を襲おうと思った時点で、死に至る。


 だが、そこは彼らの自由意志に任せるとしよう。


 ……さて、それでこの二人はどうするか?


 俺は腰を抜かす領主と、縄で縛られたユリアに目を移す。


 記憶を操作する魔法もある。それで、この事件は見なかったことに……

 いや、前後とのつじつまを合わせるためには、外の人間の記憶も弄らなければいけない。

 やってもいいが、少し面倒だ。


 どの道、俺の顔はばれていない。


 ここは、領主にお灸を据えて…… ちょっと神話の一節みたいにするか。


「……さて、領主よ」

「ひ、ひっ! お許しを! お許しを!」


 領主はどこから聞こえてくるかも分からない俺の声に、ただひれ伏し何度も頭を下げる。


「……貴様の悪行は良く見ている。人々を重税で苦しめ、己の私腹を肥やす。そして今も、自分の命欲しさにそこにいるユリアを吸血鬼に売ろうとしたな?」

「も、申し訳ございません!!」

「許す訳にはいかぬ。 ……しかし、領主。貴様が心を入れ替え、人々のためにまつりごとを行うというのなら、その命生かしてやろう。どうする?」

「もちろんです! これからは神々、ルディス様に誓って、人々のために身を尽くすことをお約束します!」

「その言葉に偽りないと信じるぞ。破った場合は、貴様がこの闇に呑まれるものと思え」

「はっ、ははあっ!!」


 領主は深く頭を下げた。


 正直、俺は他人に期待はしていない。

 信用はできないだろう……


 俺は今度はユリアへ言葉を掛ける。


「ユリア…… 貴様は人々を救うため、正しい行いを始めたようだな。その善行は、天上の余も良く知るところだ」


 ユリアは俺の声に、体を必死にうねらせる。

 何とか縄を解こうとしているらしい。


「それが己のためでなく、真に人々のためを思ってのものだと信じておる。 ……ユリアよ、これからも見守っておるぞ」


 目に涙を浮かべるユリア。

 そんな嬉しく思ってもらえるのは、何だか恥ずかしい……


「では、二人とも。さらばだ…… 余の言葉、くれぐれも忘れる事なきよう」


 俺は足早に部屋を出るのであった。


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