二十九話 夕暮れの祈祷
「……あれは?」
黒装束の者達を見て、俺はそう呟いた。
全員で三十人程はいるだろうか。皆目深くフードを被っており、顔を窺うことはできない。
吸血鬼か? そう思い、【探知】で魔力を探ってみる。
だが、彼らの魔力は人並みだった。
ノールが答える。
「あれは…… ルディス教徒ね。今回は、三十人だったかしら。皆、黒装束で巡礼するのよ」
「巡礼? ここは聖地か何かなのですか?」
「聖地? ここは違うわ。聖地は大陸東部の帝都跡、エスト王国にあるの。そこへ向かう道中は、こうやってルディス像に拝むのが、決まりになっているわ」
「なるほど…… 何か怪しげな集団に思えたので」
「巡礼団の殆どはただの農民だから、領主の許可証がないと巡礼できないの。人数の制限から、旅程の厳守、所有品の確認まで、そこらの商人よりも、手続きが厳しいことで有名なのよ」
農民の移動は制限されているんだったな。
「ただ、先月も来たばっかりね。今年でもう十回目。それだけ、ルディスを求める声が、大陸中で大きくなっているってことだけど」
たいして珍しい光景でもないということか。
黒装束の者達は、ルディス像の前で跪く。
「偉大なるルディス…… 哀れな我等を救い給え」
一人がそう唱えると、周りの者達も一斉に復唱した。
あとは復活を願うだの、称えますだの、お決まりのようなお祈りであった。
「へえ…… 彼らは大陸の東まで向かうんですね……」
俺が振り向くと、そこには両手を合わせるノールの姿が。
「ノールさん?」
「しっ。今、お祈り中なんだから。ルディスも一緒にどう?」
「いや、俺は……」
「……そう、じゃあ少し待ってて」
ノールは残念そうな顔を見せると、再び手を合わせた。
よく見ると、ノールの他にも教徒に近寄り、一緒にお祈りをする住民も多い。
ただ見ているだけなのも変なので、俺はノールの真似をした。
自分で自分を祈るというのも、何だかな……
しばらく祈祷をしていると、日が暮れていく。
ノールも気が済んだようで、「帰りましょう」と言った。
だが、黒装束の者達はいまだに祈りを捧げている。
街灯や窓から漏れる明かりに照らされながら、俺はノールと共にギルドを目指す。
俺は図書館の中からずっと、自分ならどうやってこの街を攻撃するか考えていた。
高位魔法で爆撃を加えるか…… 水を操り濁流に流させるか?
どちらも昔の俺なら可能だったろう。今でも、半壊させるのは難しくないはずだ。
しかし、そんな手荒な策を俺は滅多に行わなかった。
何より、吸血鬼達にそれが出来るとは思えない。それに今回、俺という存在を知っていれば、正面から攻撃するのをためらうはずだ。
では、どうするか?
俺ならまず、内部から攻撃を加えるだろう。
謀略、工作…… あらゆる手で、敵を弱体化させる。
正面から攻撃するのは、その後だ。
俺は足を止める。
「ノールさん、俺買わなきゃいけないものが有ったんです。先にギルドに戻っていて下さい」
「うん? 分かったわ、先に戻っているわね」
「すいません、すぐ戻ります!」
俺はそう言い残して、元来た道を戻る。
そして途中で人気のない裏路地に入った。
俺は手の平の帝印を光らせた。
近くの従魔を呼ぶためだ。
あの黒い集団の事が、どうしても胸から離れない。
やつらは、もしかしたら吸血鬼なのではないか?
魔力は確かに人間並みだった。形も当然ながら人型。
だが、俺同様、魔力を抑えたり隠す手段を有していたら?
そんな不安が、頭によぎった。
一分もしないうちに、俺の前に黒い影が続々と集結する。
影の上には、スライム達が乗っていた。
アヴェルとヘルハウンド四体、それにルーンとマリナ、スライム達だ。
皆頭を下げるが、代表してルーンが口を開いた。
「ルディス様、お呼びでしょうか?」
「ああ。もしかしたら吸血鬼かもしれない集団を見つけてな」
「何と。では、早速捕縛を?」
「いや、確証を得られたわけじゃない。だからこれから接触する。奴らがまだばらけない内にな」
俺はルーンから皆に向かって、こう告げる。
「集団は皆黒装束だ。数は三十程。俺がまず接触するから、皆は遠くから包囲するように待機してほしい」
「吸血鬼だった場合、逃さないためですね。かしこまりました」
アヴェルは俺にそう答えてくれた。
いつもながら察しが早くて助かる。
「よし、では皆頼むぞ」
「「はい!」」
俺は自分に【透明化】を掛け、従魔達も各々姿を闇に紛らせる。
そして皆、広場に向かう俺に着いてくるが……
俺は黒装束達の動きを見て、足を止めた。
奴ら、領主の屋敷に……
黒装束達は、堂々と領主の屋敷に入っていく。
領主が歓迎会でも開くのだろうか?
いや、ここの領主にそんな余裕が有るか?
この前の戦いで、金銭的に苦しいはずだ。
そもそもエイリスの話だと、けちんぼで有名だというのに……
何はともあれ、一か所に集まってもらうのは好都合。
包囲しやすくなった。
問題は領主はじめ、中の人間が人質に取られそうなことだ。
ユリアも中にいるかもしれない。
「ふむ…… どうしたものか」
俺は屋敷の前で歩みを止める。
本当にただの杞憂で、人間の巡礼者という可能性だってある。
しかし、もしそうでなかったら……
「アヴェル、ルーン。屋敷を包囲するように、見張れ。俺は中で様子を見てくる」
「はっ…… しかし、お一人で行かれるのですか?」
ルーンはそう訊ねてきた。
「不安か?」
「まさか。ただ、お手を煩わせるまでもないと思いまして」
そんなところだろうとは思っていたが。
「気にするな。出入口はくれぐれも頼むぞ。一体でも逃せば、奴ら何をするか分からないからな。用が有れば、また帝印で知らせる」
「かしこまりました、ルディス様!」
では、行くとするか。
姿は【透明化】してある。加えて【隠密】で魔力も抑えて、敵には探知できないようにする。
そして俺も、見張りのいる正門から、堂々と屋敷に入るのであった。




