二十七話 吸血鬼の陰謀
俺達は、エルペンの東に向かっていた。
以前現れたのは、東に向かう街道。
同じ場所に現れるとは限らないが、俺の存在が知れていれば、東側に吸血鬼は戦力を集中させるはずだ。
とはいえ、なかなか見当たらない。
もう三十分は走っているというのに。
「はあ…… はあ……」
「ルディス様、回復魔法を掛けます!」
「ああ、ルーン、悪いな」
ルーンは後ろから、息を切らす俺に回復魔法を掛けてくれた。
その隣のマリナも、俺に回復魔法を掛けてくれたようだ。
「二人とも、ありがとう」
「……ルディス様、少し休まれては?」
「いや、大丈夫だ……」
本来であれば、俺とルーンは吸血鬼と戦闘してはいけない。
だが、俺は居ても立ってもいられなかった。
俺の存在を仄めかしたことで、ロイズがエルペン周辺に攻撃を集中させたかのかもしれない。
ロイズはそんな男ではない。信じてもいるが……
千年という時間は、性格を変えるのに十分にも思える。
寿命の長い吸血鬼にとってはそれでも短いのだろうが。
何にしろ、俺が止めなければならないのは確かだ。
俺のせいでなかろうと、今エルペンで吸血鬼に対抗できるのは俺と従魔だけなのだから。
「悪いな、二人とも…… うん?」
マリナを待っていると、【探知】で魔力の接近を捉えた。
この魔力量と形は……
「アヴェル、来てくれたか!」
俺の声と共に、目の前に黒い影が現れ、狼の形になる。
「お待たせしました、ルディス様! 帝印の呼び出しで馳せ参じましたが…… 吸血鬼のことでしょうか?」
「察しが早くて助かる。そうだ」
アヴェルとは以前、一緒に吸血鬼から人間の親子を救った。
その後、吸血鬼の襲来に備えておいてほしいと、頼んでおいたのだ。
「四体を四方に散らばせました。吸血鬼を発見次第、報告を入れることになっています…… しかし、ロイズはルディス様に反逆するつもりでしょうか?」
少し寂しそうに、アヴェルはそう訊ねた。
「……ロイズが俺の言葉を聞いたか聞いてないか、応じるか応じないかはもはや関係ない。全力で襲撃を阻止するよう頼む」
「かしこまりました!」
アヴェルはそう答えると、天に向かって咆哮を上げた。
遠慮なく殺せ…… 狩りの合図だ。
「では、私はこのままルディス様の援護を」
「ああ。そこで悪いんだが、俺達を乗せていってくれるか?」
「もちろん」
俺達はアヴェルの背に乗る。
ルーンとマリナには、ひとまず【擬態】を解いてもらって。
「しっかり掴まっていてください」
「ああ、頼む」
アヴェルに頷き、俺は全体を【透明化】する。
俺達は再び東に向かい、進み始めた。
マリナは初めてのアヴェルの背中に上機嫌なのか、何度も飛び跳ねる。
落ちないか心配だが、そこはアヴェルも気を配ってくれているようだ。
「……すっごくふかふかしてますね」
「こら、マリナ! これから戦闘に向かうのですよ、もっと気を引き締めなさい!」
ルーンのいつもの調子に、マリナは「ごめんなさい」と答える。
「こいつがルーンの子か。前は挨拶してなかったな。俺はアヴェルだ」
「私はマリナです! お会いできて光栄です、アヴェル様!」
「光栄とは嬉しいことを言ってくれるな…… つまり、俺のことをルーンから聞いていたのか」
「はい! アヴェル様は、とても頼りになる……」
マリナがアヴェルに応えようとした瞬間、ルーンがマリナに覆いかぶさった。
「アヴェル! マリナを甘やかさないでください!」
「甘やかして等いない。しかし、どうした。そんな、必死になって」
「必死になんかなっていない!」
ルーンは、マリナ達に従魔や俺の事を話していたのだろう。
アヴェルを褒めていたことを知られるのが、恥ずかしいようだ。
「まあ、今度ゆっくりと聞かせてもらうとしよう…… ルディス様、北から吸血鬼らしき集団を見つけたと、報告が有りました。すぐに向かいます」
よく見ると、アヴェルは両耳をぴんと立てている。
他のヘルハウンドの遠吠えを、聞いたのだろう。
「ああ、頼む。しかし、集団か…… 数は何と?」
「十以上…… とのことです」
俺はアヴェルの言葉に肩を落とす。
その十体も敵の一部に過ぎないはず。
十体が一隊であれば、敵の数は百いてもおかしくはない……
さすがにゴブリンのように、数百体、千体にはならないだろうが。
しかし、吸血鬼十体となれば、魔法を使えない人間数百に匹敵するだろう。
それがエルペンに一挙に押し寄せれば、この前のゴブリン襲来どころの騒ぎではない。
「大丈夫です! このルーンが、一飲みにしてやりますよ!」
ルーンがそう豪語した。アヴェルも頷いて、
「そうです。我らがいれば、奴ら等敵ではありません」
どちらも、腕が鳴ると言わんばかりに頼もしい口調だ。
「……ああ、頼んだぞ」
俺はただ一言、そう答えた。
元より、何も心配していない。
敵が十体だろうが百体だろうが、問題ではないのだ。
だが、世のごたごたに巻き込まれたくないと言っても、中々そうはいかないものだな……
それは皇帝も農民も同じ。そんな事を思いながら、俺はアヴェルに揺られるのであった。
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アヴェルが立ち止まる。前方に、吸血鬼と思しき人影の集団を見つけたからだ。
茂みに身を潜める俺達。木は数本なので見晴らしがよく、吸血鬼の動きが良く分かる。
どうやら何かを話しているようだ。
彼らの【探知】では離れすぎているのか、俺達にはまだ気付いていない。
すぐに、アヴェルの部下一体も合流した。
俺は皆に魔力を明け渡し、【思念】で意思疎通を図る。
アヴェルがこう伝えてきた。
(ルディス様、他の三体も直に来るはずです。それから襲撃をしましょう)
(いや、敵がいつばらけるかも分からない。それに敵が固まっている今は好機、ここは、一気に片を付ける。俺から仕掛けるが、敵が逃れた場合は、各自拘束を頼む)
((了解))
俺の声に皆が頷いてくれたので、早速魔法を放とう。
さて、敵の動きを拘束するわけだが、前も使った【放電】は少し不安が残る。
俺が【放電】を使うことはすでに知れ渡っているかもしれないので、対策を講じられている可能性が有るのだ。
具体的には、雷属性の魔法への耐性を付けた防具を身に着けているかもしれない。
ならば……
俺は地面へ手で触れる。
すると、周囲の草が揺れた。
それを見てか、魔力が近づいてきたのに気づいたのかは分からないが、吸血鬼達は周囲へ目をやる。
彼らに向かうのは、地面から出た何本もの木の根の触手だ。
俺は地中の木の根や草の根を操って、地表の彼らに向けているのである。
特にこういう魔法があったわけではなく、俺がたった今編み出した魔法だ。
名前は…… 【自然操作】とでも名付けようか?
根は鞭のように吸血鬼の手足や顔に絡みつき、自由を拘束していく。
それでも数人はそれから逃れ、魔法を唱えようと手をかざした。
根を燃やすつもりだろう…… しかし、無駄だ。
案の定、吸血鬼達は根を火の魔法で焼き払おうとした。
炎を纏う木の根。しかし、燃え上がることはない。
それもそのはずだ。大地に含まれる水を多量に染み込ませてあるのだから。
吸血鬼達の抵抗もむなしく、一分もしないうちに全員が木の根に体を拘束された。
「さて……」
俺は立ち上がり、従魔と共に吸血鬼達に向かう。
吸血鬼達は体を必死に揺らしているが、その根は解けない。
その中でも、一際豪華なコートを羽織っている吸血鬼の口を、俺は自由にしてやった。
フードを脱がすと、人間でいえば短い銀髪の中年男の顔が有った。
やはり日光がきついらしく、すぐにフードを元に戻してやる。
吸血鬼は、種族特有の赤い瞳をうろちょろさせ、吠えた。
「……くそっ! 何者だ!」
「ルディスだ」
目の前で立ち止まり、俺はそう答えてやる。
しかし、【透明化】したままなので、声しか聞こえないはずだ。
元々生気のない吸血鬼の顔は、俺の名前を聞いた瞬間、血の気が引いたような色になる。
「る、ルディス…… 貴様が報告に上がっていたやつか」
「とすると、俺の言葉はロイズには伝わったのだな」
「……」
吸血鬼は何も答えず沈黙した。
「どうした? なぜ何も答えない?」
「うるさい! 人間の指図等、受けぬ!」
「……では、少し手荒な真似をしなければいけないようだな」
あまり好きではないが、吐かせるしかないようだ。
俺がそう思った時だった。
吸血鬼の男は、何かを奥歯で噛みしめる。
その顔は恐怖で震えていた。
……しまった!
俺はすぐに全体へ、【浄化】を掛けようとした。
だが、彼らが噛んだのは呪毒以上の毒だったようだ。
吸血鬼達は、すぐに力なく木の根に頭を垂れた。
俺としたことが、こんなことも気付けないとは……
吸血鬼はプライドが高い。
自死を選んでもおかしくはないが……
「情報を流させないためでしょうか」
ルーンは淡々とそう口にした。
十の命が失われたこと等、気にも留めていないように。
だがその言葉通り、吸血鬼達は計画を秘匿するため、自ら命を絶った可能性が有る。
あの恐怖に震える最期を見るに、上から命令されていた可能性も。
ロイズが、こんなことを命令するだろうか?
信じたくはない。しかし……
「……皆、俺の失敗だ。次こそは必ず捕まえる。悪いが、また手伝ってくれ」
従魔達は健気にも、皆頷いてくれた。
俺達は吸血鬼退治を続けるのであった。




