二十六話 吸血鬼騒動
ギルドの掲示板は、吸血鬼に関する依頼で一杯になった。
ギルドだけでなく、エルペン中がゴブリン襲来以上の騒ぎとなっている。
ゴブリンは兵や冒険者が対処できる相手だった。
しかし、吸血鬼は違う。魔法に長け、中位魔法を扱える者もいるのだ。
ゴブリンと比べ数は少ないが、危険度は上と認識されていたのである。
「世も末ね……」
エイリスが提示版を見て、そう漏らした。
いつものお気楽な調子はどこへやら、深刻な顔をしている。
他の冒険者達も同様に閉塞感を感じているようで、元気がない。
大陸西部にあるこのヴェストブルク王国は、以前はもっと栄えていたとエイリスは言っていた。
その黄金時代は、百年程前に終焉を迎えたという。
だが、その繁栄は吸血鬼を始めとする魔物達によって阻まれる。
魔物に滅ぼされた都市は、少なくなかったのだ。
ゴブリン襲来のせいで多数の騎士と兵を失ったエルペンには、もはや対抗できない……
皆、そう落胆していたのだ。
ある冒険者がぽつりとこう呟く。
「……王都か、東部に移住かな」
「何を言うか! 我らが戦わなくて、誰が吸血鬼と戦う?!」
カッセルは皆に喝を入れるように、立ち上がった。
しかし、皆は意気消沈したままだ。
誰も死にたくないに決まっている。
だからといって、カッセルの言うことが間違っているわけじゃない。
兵が少ない今、吸血鬼と戦えるのは冒険者ぐらいのものだ。
皆、それは分かっている。誰かがやらなければいけないことも……
「……ここにいたって何も変わらないわ。こうしてる間にも、周りの村が襲われているかもしれない。皆で作戦を練るわよ!」
沈黙を破ったのは、エイリスであった。
皆、少し間を置いた後、ゆっくりと頷く。
「まず、冒険者のランクで担当する仕事を決めましょ。 ……軍隊みたいで悪いけど、今はそんなことも言ってられないわ!」
エイリスとカッセル主導の元、吸血鬼対策の作戦会議が始まった。
俺とルーンのようなブロンズ級やシルバー級の冒険者は、街道の巡回を担当するよう決まる。
交戦は避け、少しでも異常を察知した場合は、上級の冒険者に報告するようにと。
一方のゴールド級以上の上級冒険者は、五人以上の部隊を編成し、吸血鬼に集団で挑むよう伝えられた。
何の捻りもない手だが、こうする以上、俺達冒険者に手立てはない。
そう、冒険者だけでは、太刀打ちできないだろう……
「ん、そういえば、ノールはどこ?」
エイリスはギルドを見渡す。周りの冒険者や俺も探すが、見当たらない。
「こんな時に、ノールったら…… オリハルコン級の冒険者がいなくて、どうするの。ルディス、悪いんだけど、探してきてくれない?」
何故俺が、とも思うが、雑用は新人冒険者の仕事だろう。
作戦はやはり上級の冒険者が決めるのが筋。
「分かりました、探してきます!」
俺はまずギルドの中を探す。訓練場、武器庫、二階部分。
宿にあるノールの部屋の戸を叩くも、返事はない。
ここでもないか……
市街に出るも、どこへ向かえば良いのか見当がつかない。
【探知】で探すも、ノールの魔力は凡庸。
住民と紛れて、特定は難しい。
ならば冒険者が向かいそうなところへ行くまでのこと。
商店街や露店にも姿はない。酒場も覗くが、見つからない。
すぐに見つかるだろうと思っていたが、大誤算だ。
途方に暮れ、俺は広場に向かう。
すると、広場の中央に見覚えのある三角帽の女の姿があった。
ノール……
ノールはある銅像の前で膝をつき、手を合わせていた。
何に祈っているのかは明白。”ルディス”の像にだ。
俺は少し後ろで立ち止まった。
祈りの最中に声を掛けるのは、何だか悪い。
すぐ終わるはずだ。俺はそう思った。
だが、ノールは何分経ってもその場から動こうとしない。
そして何やら、体が震えていたように見える。
調子が悪いのだろうか。
俺は恐る恐る、声を掛けることにした。
「ノールさん」
ノールは振り返った。どこか怯えるような目であった。
「……何?」
「エイリスさんから、ノールさんを吸血鬼対策の作戦会議に呼ぶよう言われたんです」
「そう…… そうね、何もしないよりは」
ノールは立ち上がろうとするも、脚に力が入らないようだ。
「……ごめんなさい。でも、ちょっと待ってくれる?」
「もちろん」
俺が頷くと、ノールは再びルディスの像に目を向けた。
ノールは冒険者達の中でも、魔法に秀でている。
魔力こそ凡庸だが、知識は豊富だ。
だからこそ、吸血鬼が使う魔法の恐ろしさを知っているのだろう。
他の冒険者達の調子がああなのだ。ノールはもっと絶望しているはず。
ノールは口を開く。
「情けないわよね……」
「そんなことないです! 俺、ただ吸血鬼の事が良く分からないだけで。ノールさんやエイリスさん達みたいに、吸血鬼に詳しくないだけです」
「……詳しい? 知ってるのは、奴らは中位魔法を軽々と扱い、人を簡単に殺すことだけよ」
ノールは少し間を置いて、続けた。
「私の故郷はね…… 吸血鬼に焼かれたの」
「え……」
「まだ、私がまだ小さい頃よ。父も母も、友人も皆殺されてしまった。私も殺される…… はずだった。私だけが、母にルディスの像の後ろに隠されて、生き延びたのよ」
「ルディスが守ってくれると言い残して……」
火に怯え、”ルディス”の剣を探すのは、母の言いつけからか……
「そうだったのですね……」
……どう答えていいか分からない。
母が守ったのが実際のところで、”ルディス”は何もしていない。
だが、そんな否定の言葉、ノールは望んでいないだろう。
しかも、ただ守ってくれると妄信しているわけではない。
ノールなりに剣を見つけて、その力を人々のため使いたかったのだろう。
「……俺も、守ってくれるよう祈ります」
俺はノールの隣で、ルディスに祈りを捧げた。
すると、ノールは意を決したように口を開いた。
「ありがとう…… 行きましょう」
後輩を思ってか、吹っ切れたのかは分からない。
ノールはいつもの口調で、俺に言ってくれた。
「はい!」
俺はノールと共に立ち上がって、ギルドに戻るのであった。
賢帝は死んだ。それに、ただの偶像に過ぎない。
誰も守ってはくれないだろう。
……だが、俺は違う。
吸血鬼達を止められるのは、俺と従魔達だけ。
その夜から、俺は行動を始めるのであった。




