二十三話 従魔の帰還
「……えいっ!」
小さなスライム達が体を伸ばすと、人の形へと変わっていく。
現れたのは、十歳ぐらいの背丈の女の子達だった。全部で七人。
全員、この街で見た少女達に似ている。俺が【思念】で送った少女達の姿をモデルに、【擬態】しているからだ。
途端に、この小さな宿の一室が狭苦しく、賑やかに感じるようになる。
「すごいじゃないか」
「まだ大人程の大きさには化けられませんが、このままの姿を半日維持できます。一応は、人手として使えるようになったかと」
俺の隣で口を開いたのは、スライムの姿のままのルーンだ。
その横にいるマリナもスライムのまま、他のスライム達を見つめる。
目の前の七体の少女達は、このルーンとマリナのように、人間の大人には【擬態】出来ないようだ。
しかし、日々の鍛錬のせいか、成長は確かのようだ。
いつもぴょんぴょんと飛び跳ねているイメージしかなかったが……
少女達は俺の誉め言葉に気を良くしたのか、ざわつきはじめた。
手を叩いて喜んだり、陽気にステップを踏む。
人間の姿になっても、やっていることは同じだ。
微笑ましい光景で、正直ほっこりする。しかし、ルーンは違うようで……
「こら! そんな程度で喜ばない! そんなのでは、まだまだ陛下のお役には立てませんよ!」
厳しい口調のルーンに、少女たちは口をつぐむ。
「まあまあ。着実に成長しているんだ。俺も嬉しいよ」
「「ありがとうございます、ルディス様!」」
俺の言葉に少女達は目を輝かせて、そう答えた。
そして「……ママは厳しい」だとか、「ルディス様はお優しい!」等と口々に述べ始めた。
ルーンはため息を吐く。
「はあ…… 他の従魔、いやマスティマ騎士団の面々が見たら、この緩さ何と言うか」
確かに、昔の従魔達の規律の厳しさといえば、どんな軍隊のそれよりも過酷なものだった。
俺が指示をしたわけではなかったが、従魔同士で鉄の掟を定めていたのだ。
まるでルーンは、風潮や若者を嘆く老人のようだ。
「戦争をしているわけじゃないんだ。そこまで気を張る必要もないだろ?」
「そうですが……」
不満そうなルーン。これは俺がいない時に、きっとまた厳しく言うに違いない。
「まあ…… それだけ、俺達は今恵まれているんだよ」
もう、戦争しなくていい。自分達が生きていくことさえ考えていればいいのだから。
しばらく少女になったスライム達を眺めていると、まだ夕方だというのに、窓の外が急に真っ暗になった。
俺とルーン以外は、皆、窓の方を見て狼狽える。
「アヴェルか?」
窓の向こうの漆黒に向け、言葉を掛けた。
すると、漆黒は窓の間をすり抜け、影となり俺の前に迫った。
影は次第に形を整え、狼のような姿になる。
少女達が目を丸くする中、漆黒の狼は口を開く。
「ルディス様、ただいま戻りました」
ただいま戻った、か。
懐かしい挨拶だ。
「よくぞ戻った、アヴェルよ。首尾は?」
「格好の場所を見つけましてございます。ここから東に、俺の脚で半日程の場所です」
「アヴェルの脚で、半日か。俺が歩いて、四日ぐらいかかるだろうな」
ヘルハウンドであるアヴェルは、馬よりも速く走れる。
馬で一日掛かるであろう場所だから、近いといえば近そうだ。
「それで、人目には付きにくいところなのか?」
「はい。ここ一週間程、周辺を探索、警戒しましたが、人間と魔物はおりませんでした」
「そうか。周辺はどんな感じだ?」
「大陸の中央山脈に近く、山に囲まれた平原です。近くには深い森と、大きな川が有ります」
「ほう。それならロイツ達ゴブリンも住みやすそうだ」
ゴブリンだけでなく、俺みたいな人間も住むのに適した地だろう。
距離も適しているし、隠れ家にはぴったりだ。
帝印の効果で方角を報せ、呼び寄せるとしよう。
それには、俺自身が一度その地へ出向かなければいけない。
「では、俺もその地へ行くとしよう」
「それでしたら、俺にお乗りください。今から、行かれますか?」
「いいのか?」
「もちろん。ルディス様の足となるのは、このアヴェルの役目」
アヴェルは背中を向けるように、座りなおした。
「ありがとう、アヴェル。では、向かうとしよう」
「かしこまりました!」
「ルーン、それに皆。俺の留守を頼むぞ」
「「はい、ルディス様!」」
「明日もマリナと一緒に採集等で資金を稼いでおきます!」
スライム達とルーンはそう答えてくれた。
「ああ、頼んだよ。明日の夜には戻る。では、アヴェルよ頼む」
俺を背中に乗せると、アヴェルは窓の外へと向かう。
「「いってらっしゃいませ、ルディス様」」
その声に頷き、俺は自分とアヴェルを【透明化】するのであった。
窓の外に出ると、すでに陽は沈んでいた。
まだ道を歩く人々は多いが、誰にも気付かれない。
あっという間に、俺達はエルペンの西門を出るのであった。
街道を沿って、西に向かうアヴェル。こんなことを呟く。
「しかし、驚きました。ルディス様とルーンの匂いを辿ってきたのですが、まさか以前の倍の魔力を持っておられるとは」
「【探知】が使えるようになっていたんだな。魔力についてだが…… お前に伝えなければいけないことが有る」
「……言いづらい事でしたら、無理されなくてもよろしいのですよ」
俺の口調から察したのか、アヴェルはそう言ってくれた。
しかし、アヴェルは俺の従魔。そしてギラスも俺の従魔だ。
かつての仲間の死を伝えないわけにはいかない。
「いや、聞いてくれ…… ギラスが死んでいた。俺の剣を守り続けるため、己にアンデッド化の魔法を掛けてな」
「……そうでしたか。身を案じてはいましたが、やはり」
「俺のせいだ…… 皆の事を考えているようで、実は何も考えていなかったのかもしれない」
「ルディス様のせいではありません。ギラスに剣を託したのは、我ら従魔一同。孤独を強いたのは、我らでしょう…… そしてギラスは我等との約束通り、剣を守り切ったのです」
「ああ、ギラスは最期まで俺や皆を裏切らなかった。 ……時が来れば、ギラスの亡骸と遺品を回収したい。手伝ってくれるか?」
「もちろんです。他の生きているかもしれない従魔にも、この事を伝えましょう」
「そうだな……」
他の従魔か。
ギラスとの再会は、悲しい結果に終わってしまった。
他の皆は、どうしているのか……
願わくば息災であってほしい。そうでなくても、幸せに一生を終えていてほしい。
「……ルディス様、今日はもう暗い。このまま俺の上でお休みください。朝には着くでしょうから」
「悪いな、アヴェル」
「何を仰るか。ただ、こうやって誰かを乗せるのは実に千年ぶりなので、少し揺れるかもしれませんぞ」
アヴェルは冗談交じりにそう答えてくれた。
「それは困るな。だが以前と比べ、俺も小さくなった。乗せやすいだろう?」
「さあ、どうだか。むしろ落ち易くなったかも分かりません。首にしっかり掴まっててくだされ」
俺はアヴェルの首を抱きかかえるように、掴まる。
狼の倍は有ろう大きさのヘルハウンド。
思えば、アヴェルのフカフカとした背中は久々だ。暖かく、触り心地が良い。
少し目を閉じれば、眠りに落ちてしまいそうだ。
しばらく俺は寝まいと抵抗していたが、結局は静かな走りの上で目を閉じるのであった。




