二十一話 かつての剣
「ルディス様、大丈夫ですか?」
フードからルーンの声が聞こえてきた。
いつもと違い、まじめな口調だ。俺を気遣ってくれてるのだろう。
ギラスだった骨を見て、俺は答える。
「……ああ、大丈夫だ」
「ギラスは立派に我らとの約束を果たしました。今日、ルディス様が再びあの剣を手にするまで使うこともなく、誰の手にも渡さなかったのですから」
「……他者を殺めないという信条も、曲げなかった。だが、そのせいで……」
俺には後悔しか残らない。
ギラスの性格を考えれば、予想できない事態ではなかったはずだ。
謝罪してもしきれない気持だ。
「ルディス様、ギラスは喜んでいるはずです。ルディス様に剣をお返しできたこと、そしてその手で葬っていただけたこと。とても名誉なことで、この上なく光栄な事でしょう」
ルーンはギラスを称える。だが、俺はそんな風には割り切れない。
しかし、ルーンはスライム。人間と同じ感情を持てるはずがない。
俺以外の死など、悲しいことではないのだ。それに俺を思っての言葉であることは、分かっている。
今日はもう、ずっとギラスの傍に一緒にいてやりたい。
だが……
倒れているノールに目をやる。
【探知】によれば魔力は失われていない。気を失っているだけだが、回復してやらなければ。
それも、俺達の存在がばれないように。
いつ他の冒険者達が戻ってくるかも分からないからだ。
俺はその場で立ち上がると、断腸の思いでギラスに別れを告げることにした。
「ギラス…… すまない」
溢れる涙をこらえ、俺は奥の剣を手に取る。
そしてそれを腰帯の紐に引っ提げた。
剣から流れ出る魔力。
これがあれば、高位魔法二種を同時に発動することもできるだろう。
次に、俺はノールの元に歩み寄った。
「ルーン、俺はノールを運ぶ。杖と三角帽、頼めるか?」
「はい、ルディス様!」
ルーンはすぐさま人の形になり、杖と三角帽を手に取る。
一方の俺はノールを抱きかかえた。長くさらさらとした緑色の髪が手に触れる。
いわゆるお姫様抱っこだ。女をこうして抱き上げたことは、無いと言っていい。
普段なら恥ずかしがるだろうが、今はそんな気分になれない。
「よし、ルーン。【透明化】を掛けるぞ」
俺は自分とノールに、そしてルーンへ【透明化】を掛けた。
普段であれば、自分に触れていない他者を【透明化】させるのは魔力が足りない。
しかし、今はこの剣が有るので心配いらない。
「では、上がろうか」
「はい、ルディス様!」
……ギラス、必ず迎えに来る。
俺はギラスに振り返った後、洞窟を登り始めた。
そして途中で、魔法を唱える。
剣を得たことで、どの程度魔法が扱えるか試したかった。
それにギラスをいつか迎えにいくまで、この洞窟に誰も入らせる気はない。
洞窟を出ると俺は、振り返る。
すると、奥から爆音が響いた。
その音は次第に、入り口付近に迫ってくる。
最後にはドンという音と共に、洞窟の入り口は崩れた。
【爆炎】で洞窟の通路を塞いだ。これで入るにも時間は稼げるだろう。
俺はノールをその場で降ろし、【透明化】を解いてやる。
そして回復魔法【治癒】をかけた。
これですぐに目を覚ますだろう。
俺とルーンは一緒に、近くの茂みに身を隠す。
起き上がるまでは、放っておけない。
魔物に襲われでもしたら大変だ。
ノールはすぐに身を起こした。
何が起きたのだろうと、周りきょろきょろと見渡す。
やがて崩れた洞窟を見ると、立ち上がってそこへ歩み寄った。
「あれは夢? いや、あれはルディスの剣で間違いない……」
ノールは一人呟いた。
ノールも俺の剣を見つけようとしてたのか。
ここを見つけたのはまぐれか、それとも……
突然、高い女の声が響いた。
「ノール!! 大丈夫?!」
ノールはその声に振り向く。
声を掛けたのは、エイリスだった。カッセルや他の冒険者も一緒だ。
どうやら、ノールと共にこの洞窟に来た冒険者達が、応援を呼んできたようだ。
「良かった…… 大きなスケルトンに吹き飛ばされたって聞いたから」
「ごめんなさい、エイリス。それに皆……」
頭を下げるノール。皆は、気にするなと声を掛ける。
一緒にいた冒険者達は、逆にノールを残して逃げたことを詫びている。
「いいの。私が、挑もうとしなければあんなことには…… でも、どうして私はここに?」
ノールは首を傾げる。何とかまた、洞窟に戻りたいようだ。
しかし、皆が街に帰って医者に診てもらった方が良いと言う。
納得いかない様子のノールだが、これで一安心だろう。
それにノールの魔法では、これだけの洞窟のがれきは除去できない。
俺達は、静かにこの場を後にすることにした。
しばらくして、俺は自分とルーンの【透明化】を解く。
しかし、剣だけは透明のままにしておく。ノール達にばれると厄介だ。
エルペンへ歩みを進めると、早速ルーンが声を掛けてきた。
「ルディス様、その剣いかがされるのですか?」
「……ギラスが守ってきてくれたものだ。おいそれと人には渡せないな」
元はユリアのために探そうとした剣。
途中からギラスと会うことが目的になったが、当初はユリアからの依頼であった。
このまま、はいどうぞと渡すのは、色々な意味でためらわれた。
ユリアがこの剣を渡すに値するかというのもある。
俺の見立て通りの女でなく、人々に災いをもたらす人間だったら……
一番の問題は、これをユリアに渡すことで及ぼされる社会への影響。
高位魔法を簡単に使えてしまうのだ。大陸の勢力図を変えてしまう恐れだってある。
それに、ユリアがこの剣を持つことで、妬む人間に狙われてしまう可能性だって捨てきれない。
やはりこのまま渡すわけにはいかないだろう。
俺はエルペンに着くと、まず宿に戻ることにした。
部屋では、相変わらずスライム達が飛び跳ねている。
すると、ルーンも部屋へと戻ってきた。手には、洒落た装飾の剣があった。
「ルディス様、お持ちしました。この剣で良いでしょうか?」
「ああ、良い物を選んでくれたな」
俺はルーンからその剣を受け取る。鞘には、はがれた金箔や、小さな安い宝石が埋め込まれていた。
見た目こそ良いが、切れ味の悪いおもちゃのような剣だ。
冒険者ギルドが無料で提供している武器から、ルーンに選んできてもらったのだ。
目的は、ユリアに渡す剣をこしらえるため。
俺の剣から、魔力を集める特性をその剣に移すのだ。
これだけ魔力があれば、特性の移動も容易に出来るはずだ。
早速、ルーンの持ってきた剣に特性の一部を移すようイメージする。
そして今のユリアが、どうにか高位魔法を使える魔力を宿せるよう調整した。
かつての剣から新たな剣に光が移る。これで完成だ。
「お見事です、ルディス様。これでこの剣を渡せますね」
「ああ…… 流石にギラスが守ってきた剣を渡すのは、気が引けたからな」
そんなことを気にするユリアではないと思うが、姫に渡すのだから、それなりの見た目の剣であるべきだ。
ここは少し刃を伸ばしたり、見た目を整えてやるとしよう。
今の魔力量であれば、鍛冶屋要らずで剣を鍛えることが出来る。
炎魔法で刃を伸ばし、水魔法で冷やして……
流石に職人の鍛えた剣には、切れ味は及ばないが。
それでも魔法で戦うなら、どうでもいいことだ。
ついでに、ギラスの守ってきた剣も細長く鋳直した。
ノールやあの場にいた冒険者に見つかると、厄介だからだ。
こうして姫へ渡す剣が完成するのであった。
「美しい出来です! 人間に渡すのがもったいないぐらいですね」
「王族に渡すんだ。一応の体裁は整えないとな」
鞘には薄く延ばした金箔、磨きなおした宝石が輝く。
剣は女性が扱いやすいような細剣。
自分でも見事と思える、素晴らしい出来だ。
しかし、骨董品にしては綺麗すぎるかもしれない。
とはいえ、一番大事なのは魔力の供給が得られるということ。
今日の魔法の講義で、実際に使ってもらうとしよう。
日が傾く頃、俺はいつものように領主の館に向かうのであった。




