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二十話 忠誠の証明

 俺とルーンはエルペンの西にある山あいの道に来ていた。


 道、といっても舗装もされていない獣道だ。周囲には森林が広がる。

 人の往来もほとんどなく、人工物も見えない。


 何故こんなところに来ているのかと聞かれれば、俺の剣を探すためだ。


 持つ者に魔力を供給する剣。

 この時代の人間には、まるで神話の剣のように語られているが、実際は俺がただの鉄剣に魔法を掛けた物に過ぎない。 


 【付魔エンチャント】という魔法で、魔鉱石の特性を付与したのだ。


 魔鉱石は生物同様、魔力を大気から吸収する力がある。

 故に、魔鉱石は魔法の武器を作るのに必須だった。


 とはいえ、魔鉱石も宿せる魔力に限界がある。

 魔力をより多く纏わせる武器を作るには、多くの魔鉱石が必要だ。

 つまり、膨大な魔力を宿す武器は、どうしても長大なものになってしまうのであった。


 それでは取り回しが面倒。


 そこで俺は、上質の魔鉱石を馬車一杯に集め、その特性だけを剣に【付魔】した。


 実用的な軍団兵の鉄剣に、膨大な魔力を宿させることに成功したのだ。

 使いやすさだけでなく、その地味な見た目から、末端の兵の評判も良かった。

 他の皇帝や貴族とは違う皇帝、戦友とまで評してくれたのは、この剣のおかげでもあるだろう。


「いやあ、のどかな場所ですね、ルディス様」


 ルーンは能天気にそんな事を言った。


 この長いブロンド髪をなびかせる女は、かつての同級生であったセシルとうり二つの姿をしている。

 しかし、いつも着ていた鎧や剣は今日持ち合わせていない。


 というのも、今日は戦闘を想定していなかった。 

 相手は、あのギラス。魔法の補助をしてもらう方が、捜索の効率が良かった。

 

「そうだな。俺の生まれた村もそうだが、美しい場所だ。ルーンが大陸西部に来た時も、こんな感じだったのか?」

「はい。来たときは、偉い辺鄙な所に来たもんだと思いましたよ。でも、エルペンみたいな街が出来てるのは予想外ですね」

「エルペンは大陸西部でも有数の大都市らしい。帝国の地方都市としては小規模に思えるが……」

「ヴェストブルクの首都も、大したことないかもしれませんね。まあ、数百年であそこまで発展できるなら、合格点でしょうか」


 ルーンの人間に対する相変わらずな辛辣な評価に、俺は苦笑いする。


 いずれは、元帝国を旅してみたい。

 俺が死んだ後、大陸や帝国がどんな歴史を歩んだのか、学びながら。


 だが、それには金銭が必要。今は、そのために頑張らなければ。


 俺は、エイリスが骨董品の有りそうな場所を記してくれた地図に目を移す。


「お、ここから少し北に、小さな洞窟が有るらしい」

「おお。それでは向かいましょう」


 俺達は、北へと歩みを進めた。


「しかし、ルディス様。ギラス程の巨体が、小さな洞窟に籠るでしょうか」

「そうだな…… エイリスさんが示してくれた場所には、大き目の遺跡とかも有った。サイクロプスの図体からすれば、そういう場所の方がふさわしいようにも思える。でも、俺はギラスはそういう場所を選ばないと思うんだ」

「何故です?」

「内気な性格だし、なるべく他者との接触を断とうとしたはずだ。だから、小さな洞窟を選ぶんじゃないかなって」


 エイリスには事細かに、教えてくれた場所の規模を訊ねた。


 すると、どうにかサイクロプスが籠れそうで、出来るだけ小さな洞窟は、今向かう場所しかなかったのだ。


「なるほど。流石です、ルディス様」

「ありがとう。でも、一回じゃ見つからないと思うぞ」

「いえ、一回で見つかります。そうでなければ、ルディス様のお手を煩わせたギラスを、私は許しません!」

「くれぐれも喧嘩するなよ。まあ、アヴェルのようなやつじゃないからな」


 俺は楽観的だった。


 というのも、ギラスは優しく、”虫”も殺せないほどだ。

 基本食事は、パンのような植物由来の物を常に求めてきた。


 俺を許せなかったとしても、暴力に訴えてくるようなやつじゃない。


 従魔や剣の事を抜きにしても、挨拶ならば歓迎してくれるはずだ。

 

 なぜなら、ギラスはどんな従魔よりも優しいからだ。


 俺は、そう信じていた。


~~~~


 鬱蒼とした林を抜けると、エイリスの言うように、二本の石柱が入り口前に立つ洞窟が有った。


「ここか」


 人間であれば、入るのに何も苦労しない広さ。

 しかし、サイクロプスであれば、身をかがめなければ、入れないであろう規模だ。


 この先、狭まっている可能性もある。

 もし、どうやってもサイクロプスが通れないような広さになれば、引き返そう。


「ルーン、いつもの頼めるか」

「はい!」


 ルーンは返事をすると、俺の体に後ろから抱き着いた。


 柔らかい……

 背中に、女性特有の暖かさを感じる。


 俺が恥ずかしがっていると、ルーンは体を溶かし、黒いローブへと変わっていった。


「……抱き着く必要あるか?」

「この方が、形を合わせやすいんですよ。 ……完成です!」

「……じゃあ、行くぞ」


 俺は【探知】と【魔法壁】、【灯火】を使用し、洞窟へ入る。


 洞窟は、同じような広さで下まで続いていた。


 分岐も特にない一本道。

 まるで、人工的に掘られたかのようなその道で、ある異常を発見した。


 ……爆破跡?


 道の途中には、砕かれた岩石が有った。  

 人工的に砕かれたと感じたのは、小石の多さだ。

 

 自然に崩れたのであれば、もっと大きな岩が残っていてもおかしくない。


 そして喉と鼻を刺激する、ほこりっぽい空気。

 若干の焦げ臭さを含んだ匂いは、この岩がついさっき壊されたことを示唆していた。


 誰か先客がいるのだろうか?


 俺は警戒しながら進むことにした。

 【隠密】を使いたいところだが、今の魔力では難しい。


 一体誰がこの岩を破壊したのだろうか? 

 それもそうだが、何故岩があったのだろうかという疑問も残る。


 いずれにせよ、答えはこの先に有るはずだ。


 俺は、足を速めた。


 すると、前方から情けない声が聞こえる。


「あ、あんなの無理だ!!」


 とっさに【灯火】を消して、壁に張り付く。


 声を上げたのは、ギルドで何度か見た事のある冒険者達だった。

 ゴールドランクの男の剣士二名、ミスリルランクの女神官が一人だ。


 三人は血の気が引いたように、入り口へ駆け上がる。

 俺が【透明化】してるのもあるが、振り返りもせずただ前だけを見ていた。


 ……一体何が? 

 

 冒険者をやり過ごした俺は、坂を下り終える。


 目に見えてきたのは、岩に囲まれた大き目の空間。

 

 そしてひときわ目を引くのは、巨大な白骨であった。


 それも人の骨ではないだろう。魔物か、大柄の獣であるのは疑いない。

 人の何倍も太く長い白骨が、そこに仁王立ちしていたのだ。


 ……スケルトンか。魔物のようだが…… うん?!


 この巨大な頭蓋骨の空虚な視線の先に、見覚えのある女性がいた。

 

 ノールさん?! 

 

 思わずそう叫びたくなった。

 

 そこで力なく倒れていたのは、魔導士であり、先輩であるノールだった。

 

 さっきの冒険者達は、どうやらノールを見捨てて、地上に戻ったようだ。


 何と非情なと言ってやりたいが、ここまで巨大なスケルトンを見れば、怖気づくのも頷ける。


 【探知】からすると、ノールはまだ魔力を有していて、気を失っているだけのようだ。


 スケルトンは俺には気づいていないようで、右腕に有った大型の棍棒を振り上げた。


 このままでは、ノールが死んでしまう。


「やめろ!!」


 俺は【透明化】を解き、そう叫んだ。


 スケルトンはこちらに気が付き、その深い闇のような一つ目を、こちらに向けてきた。

 そして人の背丈の倍は有ろう、長大な棍棒を自分の腰の横へ降ろした。


 まっすぐと伸びた白銀の棍棒…… 恐らくはミスリルであろう。


 これだけのミスリル、帝国では貴族の邸宅を買える程の価値があった。

 鋼鉄よりも固く、魔鉱石のように魔力を宿すことが出来るから、高価で取引されていた。


 そしてもっと大事なことは、このミスリルの棍棒を持つ者が、俺の従魔に存在したということだ。


「……ギラス?」


 俺の口からは、自然とそう漏れた。


 このスケルトン、元々は大きな魔物であるのは間違いない。

 

 巨大な体格、頭蓋骨の目が一つ…… 元サイクロプスで間違いない。


 そして俺が与えたミスリル製の棍棒。元は祖父から与えられたミスリルを、ギラスが魔法を行使できるようになればと、作らせたものだ。


 こんな物を作れるのは俺しかいない。そして、これを持つのは、ギラスだけだ。


 俺は肩を落とす。


 周囲を見渡しても、スケルトン以外はノールと立てられた数本の松明だけ。

 奥には、見覚えのある飾り気のない鉄剣が置かれていた。


 魔物の巣窟に相応しい獣の骨は存在しない。


「ギラス……」


 長寿のサイクロプス。一説には不老不死とも言われていた。


 しかし、どちらにせよ、それは十分な飲食を得られての話。


 この洞窟は、あまりにも空虚だった。


「すまない……」


 声を掛けても、ギラスは答えてくれない。


 ギラスは一人孤独に、ここでその一生終えたのだ。

 誰を殺めることもなく、何も口にすることなく。


 そして最後の時、自らを不死の存在へと変えたのだろう。


 この剣を永遠に守るため……


 【不死化】は、闇の魔法の一種だ。

 死体をアンデッド化する魔法で、高位魔法。


 だが、ギラスは高位魔法を扱えないはずであった。

 魔力が低すぎたのだ。


 しかし、奥の俺の剣は、高位魔法を使うのを可能にしたのだろう。


 ギラスは棍棒を振り上げ、迷いなく俺に振り下げる。


「……許してくれ」

 

 俺は右手をかつての従魔にかざす。


 すると、手からは眩い光が放たれた。


 白い光はやがて洞窟を包み込むと、ゆっくり消えていく。


 そしてギラスの骨は、その場で崩れていった。


 【神明】…… 聖属性の高位魔法だ。


 あらゆる闇属性魔法を打ち消し、アンデッドを浄化する。

 

 ギラスの亡骸の前で、俺は膝をついた。


「ギラス…… ギラス…… すまない……」


 ギラスにとって、俺の存在は世界の全てだったのかもしれない。


 俺はこの時、自分の下した命令の残酷さを実感するのであった。


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