十九話 骨董品探し
「三十デルか……」
ギルドの提示版を見て、冒険者の一人がそう呟いた。
彼だけじゃない。
冒険者も掲示板のある依頼を見て、何とも言えぬ顔をしていく。
皆が渋い顔をするこの依頼は、ユリアが出したものだ。
依頼には、『賢帝の剣求む。報酬三十デル』とあった。
報酬三十デル、非常に微妙な額だ。
武器屋の剣が十デルと考えると、高額でないのは確かだろう。
何より、領主が黒い影討伐に五百デル出したのを考えれば、インパクトに欠ける。
だが、一日で見つけられるような物なら、決して悪い報酬ではないはずだ。
しかし、この依頼の詳細には、多分エルペン付近のどこか、としか記されていなかった。
方角も分からないのでは、調べようもない。発見まで何日かかるかも分からないだろう。
冒険者達も皆、これではお手上げなのも無理はなかった。
そして或る者は、こう呟いた。
「賢帝の剣ねえ…… ルディスってあのおとぎ話の皇帝でしょ。やっぱりお偉いさんが考えることは、分からないわ」
「いや、賢帝は一応歴史上の人物だぞ。まあ、膨大な魔力を供給する剣等、実在してるかも怪しいがな」
掲示板を見て、呟いたのは先輩のエイリスとカッセルだった。
「そうよね。そんな剣、本当にあったら三十デルどころか、三千デルでも足りないわ」
「そもそも、剣ならば錆びてしまうのではないだろうか。以前、三百年前の剣聖の剣を捜索した冒険者がいてな。墓地から発見したらしいが、ぼろぼろで使い物にならなかったと言っておったぞ」
カッセルもエイリスに頷きながら、そう答えた。
二人の言うことは、俺でもそう思う。普通の感覚だ。
千年前の剣など、本当かも疑わしい。
有ったとしても、綺麗なままなど有り得ない。
だが、俺はその剣を持っていた張本人。
剣は実在するのだ。
そして剣の実在を信じているのが、この場にまた一人。
エイリス達に反論するかのように、ノールが口を開いた。
「賢帝の剣は確かに存在したはずよ。従魔がそれをこの大陸西部に持ち込んだ。剣は確かに鉄だったけど、魔法によって外気から守られて、錆びることはなかった。『ヴェストブルク建国神話』にも出てきたわ」
言い終わったノールは、自身の緑色の髪を撫でながら、涼しい顔をしている。
随分お詳しいようで……
案外この人、ユリアと気が合うかも分からない。
エイリスは少し引き気味に、こう答える。
「そ、そう…… まあでも、人間が魔物を従えるっていうのもすごい話よね。神話って、本当すごいわあ!」
そして俺に向かって、こう言った。
「ルディス、この依頼受けたら?」
「ええ。俺とルーンは元々受けるつもりでした!」
「お、さすがね。新人はやっぱ何でも受けなきゃ。古びた神殿の場所とかは知ってるから、地図で教えてあげるわ」
「ありがとうございます。でも、何故古びた神殿を?」
「そりゃ、骨董品を探すんだから、遺跡に行くのは王道でしょ。それに、その賢帝の剣が本物かどうかなんて、誰にも分からないのよ」
俺はなるほどと言う顔をして応える。
そうだ。本当に俺の剣かどうかなど、この時代では俺か従魔にしか分からないだろう。
膨大な魔力を実証するにも、高位魔法や中位魔法を使えなければ難しい。
つまり有用性を証明するのも難しいということだ。
エイリスはあくまで賢帝の剣を骨董品と捉え、新人の俺に助言してくれてるのだ。
それらしい何かを、ユリアに渡せと。
「そういうこと。それらしい物をいくつか見繕って、姫殿下に献上するの。何かしら気に入ってくれたら、報酬をくれるでしょう」
「なるほど、ありがとうございます!」
俺はそう答え、宿に戻った。
元々自分の物。そしてその剣の価値も分かっている。
しかし、所在は俺でも分からなかった。
オークのヴァンダルに最後に渡したのは覚えているのだが。
流石に手当たり次第、山や森を探索する気はない。
そこで、ルーンの情報から、探索の計画を立てることにした。
宿の部屋に戻ると、そこには変身を解いたルーンがいた。
こちらに気づくと、マリナ達小さなスライムと一緒に振り向く。
「「ルディス様、おかえりなさい!」」
「ただいま。やっぱり姫様の依頼は、皆、相手にもしてないようだ」
俺の声に、ルーンが答える。
「まあ、人間に価値など分かるはずも有りません。あれが有れば、国すら買えてしまうのではないでしょうか」
「あの剣が必要になるような魔法を知っていれば、買い手もつくかもしれないな…… それよりもルーン、目処はついたか?」
「はい! 年のせいか思い出すのに時間が掛かりましたが…… ルディス様の剣を最後に預かったのは、ギラスですね」
「ギラスか…… 間違いないのか?」
「はい。ヴァンダルが、自分ではこの剣を使って人を殺してしまうと、ギラスに渡したのです」
「そうか…… ギラスなら、確かに使わなそうだ」
ギラス…… サイクロプスで、俺の従魔だった。
その巨体に似合わず、心優しい巨人であったのを覚えている。
相手が何であっても争いを避け、殺生を控えてきた。
そんな性格だから、戦争には不向きと考え、主に後方の支援を担当させていた。
俺の剣をギラスに託したのは、ヴァンダルもその性格をよく知っていたからだろう。
しかし、ギラスはサイクロプスか。
人間よりも長く生きるのは確実なので、まだどこかで生きていてもおかしくない。
それに……
「ギラスはどこかで静かに暮らしていくといっていました。なので、私のようにどこか洞窟に隠れているかもしれませんね」
ルーンの言うように、人里離れた場所で暮らしているのは想像に難くない。
エイリスによれば、エルペン付近の山には洞窟や遺構が多いと聞く。
サイクロプスの巨体でも暮らせそうな規模の場所が有った。
「可能性は高いな…… とはいえ、洞窟が有れば岩で塞いだりしてそうだ」
「それに、魔法で結界を張ってる可能性も有ります。ギラスも、多少は魔法を使えましたから」
「ああ。使えるかは別として、知識はそれなりに有ったはずだ」
ギラスも俺の従魔であるから、しきりに魔法の訓練をしていた。
それでも、結局は中位魔法を使えるようにはならなかったのを覚えている。
残酷なことに、種族によっては自力で魔力を上げるのには限界がある。
ギラスは、その典型であると言えよう。
「しかし、ギラスの魔力では、【探知】で見つけられるか分からないな」
「そうですね。でも、剣が一緒なら見つけやすいはずです!」
そうだ、剣は違う。
少し遠くからでも、あの膨大な魔力を【探知】できるはずだ。
そもそも生きているのかという疑問も残る。
この依頼を受けるのは、他の冒険者達の反応を考えれば、賢くはないだろう。
そして剣を手に入れたとして、本当にユリアに渡してもいいのだろうか。
だが、それよりも何よりも、ギラスが生きているのなら会いたい。
許してくれるかは…… 分からない。
でも、そんなことは会ってから考えればいい。
ギラスは必ず俺の話を聞いてくれるだろう。
「よし。では、ルーン。なるべく人目につかなそうな場所から回るぞ」
「はい、ルディス様!」
俺達はエイリスから教えてもらった洞窟や遺構を、地図に記録する。
こうして俺達は、ギラスの探索に出掛けることになった。




