帰郷
お知らせ
DieepZee先生、中村基先生が描く本作コミック版8巻が本日発売です!
8巻もルディスと従魔の心情を大変魅力的に描いてくださいました。
どうかお手に取ってくださいますと幸いです。
公式サイト↓↓
https://magazine.jp.square-enix.com/top/comics/detail/9784301000358/
アッピス魔法大学を卒業した俺は、その後もヴェストブルクと大陸東部の国を行き来していた。東部の聖獣をはじめとした協力者の獲得や情報収集、他の従魔の手掛かりを探すのが旅の目的だった。
そうして今回も東部で協力者を獲得した俺は、ヴェストブルク王国への帰路についていた。
馬車に揺られながら一か月。各地で情報を収集しながら大陸中央部の山脈へと旅をし、それを越えて西部へ入る。街道を進みつついくつかの都市や街を訪れ、ようやく俺たちの目の前に王都ヴェストシュタットが見えてきた。
ブロンドの髪を短く切り揃えた鎧の少女──ルーンは馬車の上から王都とその周囲を眺め、感嘆の声を漏らす。
「おお。ヴェストブルクの広大な平原、その中央に立つ大都市ヴェストシュタット。ここまで来ると帰ってきた感じがしますね」
「本当。東部はどこも人が多い感じだったけど、こっちは長閑でいい感じ」
紫色の髪を背中まで伸ばした浅黒い肌の少女──ネールは深呼吸をしてそう言った。
馬車の御者を務める青髪の少女マリナも頷く。
「半年ぶりぐらいでしょうか。本当に懐かしいですね。里のみんなや、ヴェストブルクの人々は元気にしているでしょうか」
ルディスはそれを聞いて答える。
「ユリアからの手紙で知る限りは、みんな元気だそうだ」
「従魔の里からも毎週報告を受けてますが、里もだいぶ拡大しているみたいですしね」
大陸のどこにいようと、俺たちは従魔の里から定期的に連絡を受けている。その連絡と一緒に、ユリアからの手紙もほぼ毎週のように届いていた。
フィオーレとの決戦の後、ヴェストブルクは急速に復興と開発が進んだ。俺の従魔たちの尽力はもちろん、魔王軍や聖獣の協力も得られたおかげだ。
相変わらず人里を襲う魔物はいるが、それも容易に撃退している。一方で俺の従魔や魔王軍の説得により、王国と同盟を結ぶ種族も珍しくなかった。
こうして争いの少なくなったヴェストブルクは、今では東部のどの国よりも発展が著しい国家となっている。魔物の襲撃が減ったことであらゆる産物の収穫が飛躍的に伸び、また東部からは「平和な西部」の噂を聞いて多くの者が移り住み、未開拓の地を切り拓いていた。
現にヴェストシュタットに来るまでに訪れた都市はどこも、以前にも増して活気にあふれていた。
俺はルーンたちに伝える。
「三人とも。今回の旅も色々と迷惑をかけたな」
「何を仰いますか、ルディス様。迷惑をかけていたのは、このネールですよ。なんどルディス様の寝床に侵入しようとしたことか」
「私は添い寝してあげようとしただけです。ルーン先輩だって、ルディス様の枕とよくすり替わろうとしてたじゃないですか」
ルーンとネールが睨み合う。この二人は相変わらず言い争いが多い。ただ二人だけで笑い合うようなことも増えており、仲良くはやっているのだろう。
そんな中、俺たちはヴェストシュタットの城門へと到着した。
しかしそこには、青いドレスを身にまとった長い銀髪の少女がいた。
少女というには、少し大人びてきただろうか。彼女こそが、このヴェストブルクの女王ユリアだ。
ユリアは切れ長の目に宿した碧眼をこちらに向ける。
俺は“いつものように”ユリアの前で片膝を突いた。
“今回も”王都で待っていてくれたのだ。ユリアは毎回、俺が旅から帰還するとこうして出迎えてくれる。
最初の旅のときは、山脈付近まで迎えに来てくれたことも多々あった。
もちろん帰還を喜んでくれるのは嬉しいのだが、先述したようにユリアとは毎週のように手紙のやりとりをしている。ユリアも多忙だし、出迎えは無理をしないように伝えていた。
それでも王都に着くと、こうして城門まで迎えに来てくれる。
フィオーレの軍団を撃退したこともあり、ユリアは国民からの人気が非常に高い。
そんなユリアが直々に俺を迎えに来るのだ。当然、ヴェストシュタットの市民の注目の的になってしまう。
しかもユリアは俺を明らかに特別扱いしている。
今の俺は表向きにはユリアの騎士の一人という地位にある。もともと王国の一国民でもあるし、こうして臣下の礼を取るのは当たり前だ。
しかしユリアは儀礼を無視し、俺に手を差し伸べる。
「よく帰ってきたわね、ルディス。さあ、王都へ向かいましょう」
「はっ、陛下」
俺は今一度深く頭を下げ、ユリアの手を取った。
そうして俺はユリアの案内と共に新王宮へ向かう。
俺は声を潜めながらユリアに話しかける。
「ユリア……いつも言っているが」
「もっと堂々として。あなたはもう私と結婚するのだから、いつまでも臣下のようにされては困るわ」
ユリアは一切の遠慮もなくそう答えた。
決戦の後、俺とユリアは互いに好意を伝え合った。当然、好意を伝えた以上は将来的に結婚を望んでいる。その気持ちは俺も同じだ。
しかしユリアは女王で、俺は騎士爵を有しているとはいえ平民に過ぎない。
ユリアによって今までの貴族と平民の壁は徐々に解消されてきている。先王までは貴族しか就けなかった国の役職も、能力があれば平民でも就けるようになった。
ただでさえ貴族からの反感を買っている状況で、平民の俺を優遇する……
ユリアは俺と結婚したいがために、王国を変えようとしているのだと貴族たちは噂しているようだ。
それでも貴族たちが表立ってユリアを非難できないのは、ひとえにこの国が発展し続けているからだろう。ユリアは国民から圧倒的な支持を得ている。
その支持を背景に、ユリアは俺を伴侶にしようとしている……
もちろんユリア自身の願望でもある。一方で、ユリアと俺が結ばれれば、この国では結婚に身分の差は関係なくなる。ユリアはそうした身分差も解消したいのだ。
だから俺もその意義は分かっている……分かってはいるが──
ふと視線を落とすと、そこには俺の手をぎゅっと握るユリアの手があった。
「ユリア……」
「何も言わないで。私も少し恥ずかしいんだから」
こちらに顔を向けることなく、ユリアは前を進んでいった。
最初は少し妬ましそうに見ていたルーンたちも、今ではまあまあと微笑ましそうに見ている。
やがて俺たちは広場の横を通り過ぎる。
広場は露店が所狭しと立ち並び、多くの人──いや、多くの者たちで賑わっていた。
人間だけではなく、ゴブリンやオークなどの魔物の姿も見える。
それを眺めながら呟く。
「王都に来るまでも見てきたが、上手くやれているようだな」
「ええ。あなたの仲間や魔王軍の者たちのおかげよ」
ユリアの言う通り、従魔や魔王軍の者たちの協力の賜物だ。
彼らが説得した魔物たちは、最近ではこうして王国の街に交易に訪れるようになっていた。そしてそれを怖がる人間も減ってきている。
とはいえ、ユリアの働きも大きいはずだ。見た目も社会も大きく異なる者同士をこうして結びつけるには、ただ互いの利益だけでは難しい。法の整備も必要だし、魔物たちとの交渉もやらねばならない。
俺はユリアに顔を向けて言う。
「よくやっているみたいだな。さすがユリアだ」
俺が言うと、ユリアは顔を赤くする。
「だ、誰にモノを言っているのかしら。これぐらい、朝飯前よ」
恥じらいながらも少し嬉しそうな顔のユリア。国が豊かになり、魔物との同盟が上手くいっていることはユリアの手紙からも窺えた。俺に見せて自慢したかったのかもしれない。
しかしユリアはすぐに首を横に振る。銀色の長い髪がさらさらと揺れた。
「……皆のおかげよ。それにあなたも手紙で何度も助言をくれた。感謝するわ」
その言葉に俺は思わず小さく笑ってしまう。
ユリアは再び頬を赤らめて怒る。
「な、何笑っているの!? 別にあなたの真似じゃないわよ!」
確かに俺は、今ユリアが言っていたように皆のおかげだと口癖のように言っていた。
「いや、真似してるなんて思わないよ。ただ、昔を思い出しただけだ」
ユリアはため息を吐く。
「手紙でもそんなことばっかり。 ……お爺ちゃんみたいなことを言わないで。あなたにはまだまだ生きてもらわないと困るのだから」
「わ、悪い」
俺がそう答えると、後ろからニヤニヤとこちらを見てくるルーンたちに気が付く。微笑ましいとでも思っているのだろうか。
そんなことを思っていると、周囲が急に明るくなってきた。一方で、俺たちの周囲に影ができている。
空を見上げると、そこには巨大な火の鳥が空を優雅に飛んでいた。
あれはインフェルティス。俺のかつての従魔のフェニックスだ。
その周囲には、他にも小さなフェニックスがいる。あれはレーン。インフェルティスの生んだ子供のような存在で、ユリアの従魔だ。
インフェルティス親子は、王国人にとっては守護神として崇拝されていた。魔物や東部の人間国家からの侵略は、この二名によって容易に撃退されている。
最初は俺やユリアへの協力に及び腰だったインフェルティス。しかし子供がユリアになついているのを見てか、あるいはユリアを気に入ったのか、俺の従魔の中でも特に精力的に王国のために働いてくれていた。
今やあの親子はユリアの後ろ盾のような存在でもあり、貴族たちが逆らえないのは、あの神々しいばかりの明かりを放つ威容によるところが大きい。
俺は同じく空を見上げるユリアに訊ねる。
「インフェルティスとは上手くやっているか?」
「もちろん。よく、お前は甘いって怒られるけどね」
「俺もよくそう叱られていたよ。いや、また同じようなことを言ってしまったな」
「……ふふ。容易に想像できて笑っちゃったわ。そんなんでは足元を掬われるぞ、みたいなことも言われなかった?」
「言われた」
俺が答えるとユリアはおかしそうに笑った。レーンとはもちろんインフェルティスとも上手くやれているようだ。
「あと、あなたにも会いたいって言っていたわよ」
「……本当か? 彼女はまだ俺を心から許してないと思うが……」
インフェルティスは決戦の日も力を貸してくれたし、従魔との再会も喜んでいた。しかし俺個人はあまり彼女と話せていなかった。
「本当じゃなかったら、わざわざこうして王都まで飛んでこないわよ。それにあなたが帰ってくるからと聞いて、この王都に集まろうと従魔に呼び掛けたのは彼女よ」
「インフェルティスが?」
「あっ。今のは言わないでよ。言ったら私がすっごく怒られるから……ルーンたちも、ね」
ユリアは振り返り、ルーンたちに言った。
「もちろんです。ただ、ルディス様も驚くのを見たかったので、欲を言えば言わないでおいてほしかったです」
「ご、ごめんなさい。私ったらつい」
ユリアはやってしまったと言わんばかりに焦った。
俺はそんなユリアに言う。
「大丈夫だ、ユリア。逆に俺が皆を驚かせる。主人に何も言わずに驚かせようとしたんだ。それ相応の罰を与えないとな。皆の前で急に倒れて驚かせてやろう」
「すぐ演技だってバレるからやめておきなさい」
ユリアは呆れるような顔で言った。余興のつもりで考えたが、そんなことしても笑いは取れない、といったところか。
「自然体でいればいいわ。それより皆、あなたの帰還を祝うパーティーを準備しているわ。新王宮もようやく完成してね。豪華さはないけれど、緑豊かな美しい宮殿よ」
「緑か。自然が残るヴェストブルクらしいな」
「庭園の大半は、国民たちが自由に入れる公園でもあるの。皆、色とりどりの花や植物を持ち寄って造ってくれたわ」
「それは早く見てみたいな」
「ええ。それに、あなたと私の部屋もね……」
ユリアはそう言って少し顔を赤らめた。
「俺の部屋も? それはありがたいな」
「ルディス様、気付いてあげましょうよ」
ルーンがそう口を挟む。
俺は思わず首を傾げるが、すぐにユリアが俺の手を引く。
「と、とにかく、私が案内してあげるわ! 半年も留守にしたんだから、今回は一週間はここで休みなさい! これは私と従魔たちの命令よ」
「あ、ああ。そうさせてもらうよ」
久々のヴェストブルク。帰還した俺は、新王宮で羽を伸ばすのだった。
お知らせ
DieepZee先生、中村基先生が描く本作コミック版8巻が本日発売です!
8巻もルディスと従魔の心情を大変魅力的に描いてくださいました。再会を果たした従魔たち同士のやりとりも必見です!
ついに明るみになった黒幕フィオーレとの再会。
ルディスの決断は如何に……
あとわずかでルディスたちの旅も一区切り。
どうかお手に取ってくださいますと幸いです。
公式サイト↓↓
https://magazine.jp.square-enix.com/top/comics/detail/9784301000358/




