政治の中枢
俺は今、巨大な塔の前に来ている。
眼前に聳え立つは空をも貫くような高さの円塔だった。ここはアッピス魔法大学の中央であり、そしてこのアッピス魔導共和国の政治の中心でもある。
塔が建ち並ぶ図書館の最奥に位置し、普段学生生活を送っている限りでは見えにくい場所。それゆえに、俺たちも間近で見るのは初めてだった。
ネールとマリナが塔を見上げ、おおと声を漏らす。
しかし、ルーンは何か思い出したように言う。
「ルディス様……」
「ああ。外装がやたら豪華なものになっているが」
ネールが首を傾げる。
「うん? まさかルディス様が皇帝だったときもこの塔あったんです?」
ルーンが頷いて言う。
「というより、恐らく」
「俺たちが造った塔……それが半壊したものを再利用したんだな」
「こんなのを……やっぱりルディス様たち、ちょっとおかしいですね」
驚くネールの隣でマリナが訊ねてくる。
「しかし、何のためにこれを?」
「攻城用の拠点です。防衛用のトラップや魔法人形だけでなく、強力な炎魔法を放つ砲を備えています」
ルーンの声にネールはぞっとするような顔をする。
「それで、どこかの国を……」
「ルディス様がそんなことしないのはあなたも分かっているでしょう。脅しただけですよ。敵は武断主義の国。そういった国には、こちらも圧倒的な武力を見せつけて対処してましたから」
ルーンはそう回答するが、どことなく不安そうな顔だ。
俺はそんなルーンを安心させるように言う。
「すでに魔力集積の装置は破壊している。もし修復できたとしても……完全には直せない」
コクリと頷くルーン。
「防衛用の人形やトラップも解除しています。だからこそ、彼らはあそこを政庁として使えているのでしょう」
「ああ。ともかく、あの中に入ろう……フリシアについて調べる」
もともと気になる人物ではあった。しかし学長の演説で、真っ向から大学と国の方針に異を唱えた。他国を攻めるなどとんでもないと。
俺自身フリシアの意見に賛成である。
しかしあの状況下での主張はいささか向こう見ずが過ぎる。いかに尊敬されている魔法の達人だとしても、国の上層部に処分されてしまうだろう。
しかも、フリシアはあの主張の後、自分でもどうしてそうしたのか分からないような顔をしていた。
俺の従魔リリスとフリシアが関係している可能性もある。
俺たちはそうして【隠密】を使い、塔に潜入するのだった。
政治の中枢ということもあり、広い廊下には多くの人がいた。役人と警備兵がほとんどだ。
マリナが口を開く。
「まずは……医務室ですかね」
「ああ。ご丁寧に案内図が壁にある……一階、この廊下を右にまっすぐだな」
俺たちは行き交う人とぶつからぬよう進んでいく。
そんな中、困惑した様子で話している者たちがいた。
「まさか、フリシアがあんなことを言うとは……」
「他国の幻覚魔法にやられたのではないか?」
「そんな魔法が使われた形跡はなかった。第一、あのフリシアがそんな魔法にかかるわけがない……」
「とはいえ、そういうことにでもしなければ、国民と生徒に説明がつかんぞ」
「それはそれで敵の陰謀にやられたと、不安を煽ることになるのでは」
議員たちだろうか。
先ほどのフリシアの行動の後始末に手を焼いているようだった。
「そういえば、フリシア自身はなんと?」
「それが……先ほどの自分の主張は本心からだ、と学長に答えたらしい」
「なんと……! 魔法による社会統治……我らアッピス人の悲願ではないか! 賢帝ルディスを殺した愚民が出ぬよう、我らがこの世界を導く……フリシアにはそれが分からないのか!?」
俺の胸に複雑な思いがよぎる。
彼らにとって賢帝ルディスは魔法の天才。崇敬の対象だ。
それを殺した民衆たちは、理解できない愚民と言いたいわけだ。
彼らにとって魔力の大小がすべて。魔力の高い者は優れ、高潔と考えているのだろう……俺にとっては受け入れがたい価値観だ。
俺の隣で、ルーンは不快そうな顔をしていた。俺の名を用い戦をしかけようとしていることに憤りを感じているのだ。
ネールも少し機嫌の悪そうな顔で呟く。
「ルディス様がそんなことするような人だって思ってんのかな……ばっかみたい」
「これは……止めないといけませんね」
マリナの声に俺は頷く。
「ああ……従魔とも相談し、この企てを阻止しよう。だが今は、フリシアだ」
フリシアはアッピスの方針に反対している。この企てを止める役割を果たすかもしれない。
語気を強める議員たちの一人が、こんなことを呟く。
「我らで直にフリシアに言って聞かせようではないか」
「いや。今は学長室で学長が説得しているはずだ。ここは学長に任せよう」
フリシアは医務室ではなく、今は学長室にいるようだ。
俺は壁にある案内図を見る。
それによれば学長室は塔の最頂上だった。
「……皆。塔の頂上を目指すぞ」
ルーンたちは深く頷くのだった。




