流行
「ねえねえ、あの本のこと聞いた?」
「すごい本よね」
「え、見たの!? 貸し出し予約埋まってなかった?」
「だから、借りた子と一緒に見たの……すごかったわよ」
廊下を歩いていると、そんな声が響いてきた。
話に出てきた本は、俺についての本……”皇帝陛下の従魔”が記した本だろう。
美化された自分が直視しがたい目に遭ったり、恋愛をしたりする本。
賢帝ルディスはこの大学でも好意的に見られているため、人気が爆発するのも早かったようだ。
火付け役は、俺たちと同じヴェストブルク出身のアリシアだ。
ルーンは、アリシアの部屋に”皇帝陛下の従魔”の本を投函した。
アリシアはその本を見て、図書館でも”皇帝陛下の従魔”の本を探し始めた。そして読み漁っているところが徐々に他の生徒の目や耳に入り……こんな事態に。
そんなアリシアは俺の隣を涼しい顔で歩いている。
だがやがて、長いブロンドの髪を揺らし、俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
「ルディス? ……なんか、調子が悪い?」
「い、いや大丈夫……」
これも、”ある従魔”と”皇帝陛下の従魔”、それらの正体であろうリリスを探すため。
皇帝時代も皇子時代も、どんな評判だって受け入れてきた。今回は好意的ではあるわけだし、いいじゃないか……
そう言い聞かし、俺はぎゅっと目を瞑った。
だが俺の隣できゃっと声が上がる。
目を開き床を見るとそこには、
「ご、ごめんなさい!」
「こ、こっちこそ」
尻餅をついたアリシアとフリシア先生がいた。
「二人とも……今、回復魔法を」
俺は二人の腰あたりに回復魔法をかける。
アリシアが言う。
「あ、ありがとう、ルディス。それとごめんなさい、先生……前方不注意で」
「私も本に夢中でよく前を見てなかったわ、ごめんなさい……お互いに気をつけましょう」
フリシアはそう言って、落とした物に手を伸ばす。
どうやら、その落とした物に目を奪われていたらしい……ってそれは。
落としたのは本だった。著者名には、”皇帝陛下の従魔”とある。
アリシアは思わず、あっと声を上げる。
「フリシア先生、それ!」
「え? え、あ、ち、違うの!」
フリシアは本を抱え込むようにして隠した。
「と、とにかくごめんなさいね! あと、ルディス……感謝するわ」
「ど、どういたしまして」
そのままフリシアは、そそくさと去っていった。
フリシアもか……いや、図書館で読んでいた本からすれば、何もおかしくはない。
アリシアが呟く。
「あれ……先生しか持ち出せない本。いいなあ……」
「……」
ともかく、ルーンの作戦は上手く進んでいるようだ。
とはいえ、これでリリスが尻尾を現すかは不明だが。
すでに本が出回って一週間経つが、接触はない。リリスは大学にいない可能性もある。
そんな中、校内に魔導具の拡声器の声が響く。
「本日の放課後、全校集会を行います。全生徒は必ず、校庭に集まるように。繰り返します」
がやがやと周囲がざわつきだす。
アリシアは首を傾げた。
「臨時の全校集会? なんだろう?」
「最近流行っている本で風紀が乱れているとかかもしれないな……取り上げられたり」
「え!? そ、それは駄目だよ! あんな素晴らしい本」
「冗談だよ……ただ、あまりいいことじゃないかもな」
俺はこの大学の入学試験を思い出す。
このアッピスは、ここ最近外国人に対して対応が厳しくなった。
それはつまり……
「ともかく、一緒に行こう」
「う、うん」
そう答えるアリシアの頬は、少し赤らんでいた。




