十七話 忠犬アヴェル
「そうか、ではお前は余の言葉通り、人を殺めなかったのだな」
俺の声に頷くアヴェル。
他の従魔達と大陸西部に逃れた後、アヴェルは同種族を集める旅に出た。
しかし、その道中、争いを極力避けてきたと言う。
今では十数体のヘルハウンドの頭領だ。
旅をしてきたなら、他の従魔の事も知ってるかもしれない。
「アヴェル、他の従魔の事は分かるか?」
「知っていることはそう多くありませぬ。確かな事を申し上げれば、まずオークのヴァンダルは死にました。部族の葬儀に立ち会うことが出来たので」
「……ヴァンダルは死んだのか」
恐らくは、そうだろうと思っていた。
しかし、実際に知らされるとやはり悲しいものだ。
オークは人間よりも多少は寿命が長い。
しかし、それも千年という時間の前では、大した差ではない。
アヴェルはこう続ける。
「あとは、五百年前にロイズと会いましたが…… それ以来、誰とも会っておりませぬ」
「ロイズは五百年後も生きていたのか。では、今生きていてもおかしくはない」
「可能性はありますね。ロイズはその時点で多数の吸血鬼を従えていましたので、適当な吸血鬼に聞けば所在が分かるかもしれません」
「そうか、聞ける機会が有ったら聞いてみてもよさそうだな」
ロイズは俺の従魔の吸血鬼だ。
吸血鬼は不老不死だから、生きていてもおかしくはない。
アヴェルはルーンへこう言った。
「それにしても、ルーンよ。生きていたんだな。死んだと思っておったぞ」
「失礼な! それと、ルディス様に無礼を働いたこと、すぐに詫びろ! ルディス様の言葉がなければ、丸焼きにしていたところだぞ!」
ルーンは声を荒げた。
俺はそこに割って入る。
「まあまあ。さっきのは挨拶みたいなものだ。それに、アヴェルが元気で何よりじゃないか」
「いえ、ルディス様。ルーンの言うこと、もっともです。先程は失礼しました」
アヴェルは俺に向かって深く頭を下げた。
俺は久々に、その頭を撫でてやる。
「気にするな。それよりも、アヴェルは何故エルペンに?」
「情けないお話ですが、しばらく根城にしていた場所が、入植してきた人間の生活圏と被ってしまいまして」
「それで、新たな拠点を求めていたのか」
「はい、部族を率いて移動中でした。それがまさか、ルディス様とルーンに会うことになるとは……」
アヴェルはそう声を震わせる。
俺の言いつけ通り、無用な争いは避けてきたようだ。
千年もそれを守ってきたのは、俺も驚きだ。
労いの言葉を掛けるとしよう。
「苦労を掛けたな、アヴェルよ」
「いえ…… あの決断は、我らを思ってくれてこそのもの。お許しいただけるなら、どうか、もう一度臣下にお加えくだされ」
首を垂れるアヴェル。それを受けて、俺の手にある五芒星の帝印が光を放ち始めた。
「俺の方から、お願いしたかったことだ。 ……アヴェルよ、貴様を余の従僕と認む」
アヴェルには、俺の手と同じ、五芒星の帝印がうっすらと浮かんだ。
「感謝します。ルディス様」
「こちらこそ、有難い。これからもよろしく頼むぞ」
「はい、ルディス様」
「さて…… これからだが」
アヴェルだけなら、エルペンに居させてもいいかもしれない。
【擬装】が使えるので、人目を忍ぶのは容易だからだ。
しかし、部族の頭領となった以上、そうもいかないだろう。
ここは、しばらくは待機してもらうか。
だが、どこで?
ロイツ達との合流も有るから、ちょっと急がなければならない。
「アヴェルよ。実はな、既にベイツの末裔のゴブリン達から、何名かが従魔になってくれることになっている。そこで、余も暮らせるような拠点が欲しいのだ」
「おお。それでは、人里に少し近い方が、よろしいですね」
「そうなんだ…… そんな場所が有ればの話なんだが」
そんな都合のいい場所があるだろうか。
十分な蓄えが有れば、人里の近くでなくてもいいのだが。
「ルディス様。このアヴェルにお任せください。いくつかは、拠点になりそうな場所を知っています」
「本当か?!」
「はい。到着しましたら、ルディス様に報告に上がります。しばらくはこのエルペンという街におられるので?」
「ああ。アヴェルの報告が来るまで、この街で待ってるよ。皆が住めるように、資材を準備しておく」
「かしこまりました! それでは、しばしお待ちくだされ!」
「頼んだぞ、アヴェルよ」
アヴェルは、俺に再び頭を下げる。
それを見て、ルーンがこう声を掛けた。
「さっきは少し言い過ぎた…… 気を付けて、アヴェル」
「ルーンもルディス様の事を頼んだぞ」
そう答えると、アヴェルは夜陰に紛れていった。
「さて、俺らも帰るか」
「はい、ルディス様!」
俺達は、五百デルは得られなかった。
しかし、かつての仲間を再び迎えることが出来た。
だが、嬉しいことばかりではない。
早めに従魔のための拠点を構えなければいけないのだ。
それにはやはりお金も必要。
俺は次の日も、汗水たらして仕事をするのであった。




