大学図書館
「ようやく、自由に行動できるようになってきたな」
俺はその日の講義を終え、そう呟いた。
最初はフリシアは俺たちを教える気がないと思ったが、そんなことはなった。
実技も座学も、非常に教え方が上手い。どちらも俺自身は学ぶ必要のないものだったが、教え方という面で言えば到底俺では叶わないほどだった。気が付けば、俺はすっかりフリシアの講義に熱中していた。
話も上手い……それに、入学当初にしていた俺たちを探るような行為は何もしてこなくなった。
おかげで俺は、普通の学生生活を送れている。
「となれば、ルディス様……行くべきところは」
ルーンの言葉に頷く。
「ああ、ついに図書館だ」
そもそも俺たちがアッピスにやってきたのは、大陸随一と呼ばれるアッピス魔法大学の図書館にある蔵書を閲覧するためだ。
俺のかつての従魔の足跡や、帝国が滅亡した原因などを調べられればと来たのだ。
本当はオリハルコン級冒険者である俺たちはすぐにでも閲覧できるはずだったのだが……今年から特例がなくなり、学生などの大学関係者しか閲覧できないようになっていた。
廊下を歩きながらネールが呟く。
「ようやくってところですね。まあ、私は正直、ああいう場所は苦手ですけど」
「私は楽しみです! ルディス様も知らないような知識が本に記されているかもしれないなんて」
マリナの言葉に俺も頷く。
「どんな本があるのか、本当に楽しみだな」
そうして俺たちは、図書館に向かった。
しかし、俺たちが思う図書館とは、やはり全く違っていたのだ。
「……え? 図書館入り口、だよね?」
ネールは城門のような場所を見上げて、看板の文字を確認する。
そこには、間違いなく図書館入り口という文字が記されていた。
「城壁に囲まれているなんて……まるで一つの街みたいですね。門の前の魔石に、学生証をかざして入るんだそうです」
ルーンはそう言って、学生証をかざした。
俺たちも同様にして門をくぐっていく。
抜けた先には、幅広の大通りがまっすぐ伸びていた。その道沿いには、整然と立ち並んだ高層の建物が。その建物の裏にも道や建物があるようだ。奥側には、円塔のようなものがいくつも見えた。
「これは……建物ごとに本の種類が分かれているってことでしょうか」
マリナがそう言うので、俺は建物に目を向ける。
「ああ……一つの建物ごとに、あらかた同じ種類の本が並んでいるみたいだな。歴史一つとっても、国で分けられている。あの小さな建物は、ヴェストブルク王国の歴史書でまとまっているようだ」
「わお……こんなの、一年……いや十年あっても調べられませんよ」
ネールが青ざめた顔で言った。
「まあまあ、俺も急ぐつもりはない。それに見ろ、通りのお店を」
図書館の一階部分はまるで喫茶店のようになっている場所も多い。
そこに生徒たちが座って、本を読んだり談笑している。
「お茶を飲みながら蔵書を読んでもいいみたいだな。さすがに写しに限るんだろうが」
「地図を見ると、手前の書館には写しが複数あって持ち出せるみたいですね。塔のは持ち出し厳禁のようです」
ルーンの言う通り、塔のものはより重要なもののようだ。
マリナは俺に訊ねる。
「では、ルディス様はどちらから読まれますか?」
「そうだな。まずは帝国史から攻めるか」
やはり一番気になるのが帝国史だ。
魔法技術がどうして衰退したかの理由も分かるはず。
帝国史の本が集まっている書館は手前にあった。六階建ての大きな建物なので蔵書も多そうだ。
「これは期待できるな……」
そう言って俺は、帝国史の書館へ向かう。
魔法によって自動で開く扉を抜けると、そこには整然と並べられた本棚が。
「おお、素晴らしい……ってあれ、ルディス様」
ルーンは書館の片隅の椅子に座る緑色の髪の女性に気が付く。
俺たちの担任であるフリシアだ。
講義が終わってさっさとどこかに行ったと思ったら、こんな場所にいたのか。
フリシアの席の前テーブルには、山のような本が積んであった。
ネールはそれを見てちょっと引くような顔をする。
「うわあ。せんせー、めっちゃ勉強熱心じゃん」
「せっかくだし、挨拶ぐらいしていきますか」
マリナの声に俺は頷く。
「もしかしたら、帝国史についておすすめの本を知っているかもしれないしな」
そう言って俺は、フリシア先生に近付いた。
向こうはよっぽど本に熱中しているのか、こちらに気が付かない。
文字を見ると、それは帝国文字だった。
なになに……ルディス、従魔の奸計にハマる──
どういうことだ? 俺は従魔に裏切られたことは……いや、なんだこれは……
主題の後には、ルディスと従魔の隠された禁断の恋、オークのヴァンダルはルディスの最愛の人だった──え?
俺はくるりと、フリシアから離れようとした。
しかし、ネールが声をかける。
「せーんせ! 何見てんの?」
「ひゃっ!? な、え? ね、ネール!? え、えっと……」
フリシアは俺たちに見せたこともない、驚くような顔をした。
「帝国の本なんでしょ、それ?」
「え、ええ。そ、そうよ」
フリシアは顔を真っ赤にした。
ルーンとマリナも、なんだか恥ずかしそうに本の山を見てる。
ルディスが恋したゴーレム……ルディスとクラーケンの一夜……
俺はその場で眩暈がしてきた。
「ね、ネール。聞くのはやめておけ。俺たちじゃ、帝国語はわからない」
「そ、そうね。アッピス語で書かれたものを紹介するから、これはまた今度」
そう言ってフリシアは急いで立ち上がると、本棚のほうへ向かった。帝国史の本を紹介してくれるらしい。読んでいた本に触れられたくないだけだろうが……
そこに、ルーンが訊ねる。
「そういえば、先生。もしかして、ノールさんってご存じじゃないですか?」
「ノール? え、ええ。それはまあ。私の先輩だから……」
「やっぱり」
「え?」
「いや、私たちノールさんと知り合いだったんですよ。それで、彼女も帝国に詳しかったので」
「な、なるほど。ノール先輩は……確かに帝国に詳しかったわ。私も彼女に帝国語を習ったようなものだから」
「ほうほう。そうでしたか、不思議な縁があるものですね!」
「ぜひ、あとでノール先輩について聞かせてちょうだい」
フリシアはそう微笑むと、本棚の本を取り始めた。
……もっと感情を表に出さない人だと思っていたが。
これは、少し警戒しすぎたか?
いや、嘘を吐いている可能性もある。よく図書館には来るようだし、こちらも警戒しよう。
とはいえ、あんな本を読んでいるところを見るのは、俺の精神衛生上よくない……
この後俺たちは、フリシアからいくつか本を紹介してもらい、ヴェストブルク王国でのことを脚色を交えて話すのだった。




