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罠と試験

「フリシア先生が直々の講義をしてくれるなんて……私たち、まさかとっても期待されている?」


 アリシアは目を輝かせて言った。


 周囲の者たちも同様に浮かれた感じだ。

 まさかフリシアが自分たちの講義を担当してくれるとはと、嬉しく思っているのだろう。


 わいわいと皆で廊下を進み、やがて外へ出る。


 目の前に広がるのは、土が綺麗に均された平地。その広さたるや、地平線の先まで続いているほどだった。


「広い……」


 アリシアや他の生徒の誰もが魔法訓練場の大きさに息を呑んでいた。


 高位の魔法を好き放題使うなら、これぐらいの広さはむしろ必須だな……


 裏を返せば、このアッピス魔法大学はそれだけの魔法を扱う者がいることを想定しているわけだ。

 例えば、俺たちの担当である目の前のフリシア──

 彼女は高位魔法が扱えるのだろうか?


 ざわめく他の生徒たちだが、周囲には怪訝そうな顔の者たちがいることに気が付く。

 制服を着ていることから同じ生徒なのだろうが、俺たちより少し年上のようだ。


 彼らのうちの一人、短い金髪の男が、怒り心頭といった顔でこちらにやってくる。


「おい、お前たち! なんでお前たち下級生、しかもがいる!?」

「ニジェル君。私が彼らを呼んだのよ」

「フリシア先生が!? 我ら選抜クラスの担当をおやめになった上に、彼らをここに連れてくるとは、いったいどういうつもりです!?」


 ニジェルはフリシアへそう怒鳴り声を上げた。


「担当の変更は上からの指示よ。特別な意味はないわ。私はただ彼らに魔法を教えにここに来ただけ」

「ふざけないでください! ここは我ら選抜クラスが使うための場所。こんな場所、そもそも彼らでは使いこなせない」

「それを、今から試験して確認するのよ。皆、聞いて」


 フリシアはニジェルから俺たちに顔を向けた。


「今から、ここで試験を行います。ルールは簡単。このニジェルに一歩足を退かせなさい。誰も退かせられなかったら、皆は私が教えるに値しないわ」

「フリシア先生……」


 ニジェルははっとした顔をする。

 周囲の選抜クラスの生徒も、そうかと顔を明るくした。


 一方で、俺たち外国人生徒は皆、顔を青ざめさせる。


 皆、フリシアが自分たちにアッピス人との力の差を教えるためにここに連れてきたと考えているのだろう。


 ──だが、本当にそうなのだろうか?


 条件がいびつだ。

 つまり俺たちの内の、誰か一人でもニジェルの足を動かせば、フリシアは皆を指導するということになる。


「はははっ! そういうことですか、フリシア先生! いいでしょう! このアッピス魔法大学選抜クラス、その中でも最優等生の私が、彼らを試験させていただきます! なんなら、全員でかかってきてもいいぞ! このニジェル・ペルローテンが相手だ!!」


 ニジェルは高らかに宣言すると、魔法訓練場の中央に立つ。


 一方で、こちらは誰も名乗りを上げない。


 このニジェルという男、口だけではなさそうだ。

 少なくとも持っている魔力の量は、俺たちを除くここの誰よりもフリシアに近い。

 

 フリシアは俺たちに向けて問う。


「あら、誰もできないの? 私の見込み違いだったかしら……まあ、安心なさい。さっきも言ったように、講義は受けずとも、試験さえ合格すれば進級も卒業もできるわ」


 講義も受けずに、試験など受かるわけがない。


 皆、すべてフリシアが講義をしないため仕組んだことだと思っているだろう。

 だが誰も、口を開くことも、体を動かすこともなかった。とても選抜クラスの先輩に勝てるわけがないと踏んでいるのだ。


 一方で俺も、動き出せないでいた。


 フリシアの狙いは、皆が思うような単純なものではないだろう。


 まるで、何かを炙り出すような……

 ニジェルを倒すほどの実力を持つ者を待っているかのような。


 ここで俺やルーンたちがニジェルを一歩引かせることは容易い。

 だがそうすれば、彼女の思惑通りになってしまうだろう。


 そもそも魔法大学にいれば当初の目的の図書館にはいける。

 こちらからフリシアの罠に飛び込む必要はない。


 ルーンたちも俺の出方を待っているのだろう。

 その場で動かないでいた。


 だが、そんな中、一人足を必死に動かそうとしている者がいた。


「アリシア、無理はしないほうが」

「ルディス……私、ここに来るのに、村に妹を一人残しているの」

「妹を? ご両親は?」

「東側との戦争で村が焼かれて亡くなった……妹も光を失った。私は、あの子の光を取り戻さないと」


 アリシアは自分に言い聞かせるように、足を上げた。


「私は、フリシア先生から魔法を教わりたい! ニジェル先輩! 弱輩者ですが、手合わせをお願いいたします!」

「その意気やよし! だが、こちらも本気でやらせてもらうぞ」


 ニジェルは両手をアリシアへ向けた。

 風魔法などでアリシアの繰り出す魔法を正面からもみ消すつもりだろう。


 そこまでして、魔法を学びたいか、アリシア。

 かつての俺もそうだった。従魔もそうだ。

 それも、アリシアは愛する家族のために──ここで、アリシアの夢を絶ってはいけない。


 仕方ない。まあ、フリシアはこの試験に際して特に……


(ルーン……少し強引にだが、やろう)

(お言葉に従うまでです。ですが、目立つことは私にお任せいただければ)

(いや、俺がやろう……まず、ネール)

(任せてください! 私がまず気を引きます)


 ネールはそう答えると、ニジェルに向かって走らせた。


 皆、ネールに気を取られる。

 同時にネールは手から低位の風魔法をニジェルに繰り出す。訓練場の土をえぐるようにして、目くらましのための土埃を起こすつもりだ。


「ち、こざかしい!」


 ニジェルはすぐにネールに両手を向け、風魔法を放ち土埃を吹き飛ばす。


 同時に俺も走り出す。


「アリシア、俺は右から行く。君は、中央から風魔法を」

「え? あ」


 アリシアにそう言い残し、俺はニジェルの右側へ走る。ニジェルの注意は俺にも向けられた。


「やられたー」


 その間にニジェルの風魔法を受けたネールは、わざわざ地面を転げまわる。


「今度はそっちか!」


 ニジェルはすぐに俺に両手を向ける。


「マリナ、今だ!」


 その隙に、ネールの隣に走ったマリナが風魔法をニジェルに放つ。ネールの時と同様、土埃を起こしながら。


「ちっ! 今度はそっちか!」


 ニジェルもすぐにそれを気が付き、手早く俺に風魔法を撃ち出し、マリナに手を向ける。


 だが、俺はニジェルの魔法を避け、風魔法を放つ。


 その風にニジェルはよろけるが、何とか踏みとどまる。


「くそ! ──なっ!?」


 ニジェルは横から風を受けて、思わず倒れてしまった。

 倒れないようになんとか足を動かすが……その脚は後ろへ下がってしまっている。


 最後のこの一撃を放ったのは、アリシアだった。


 一連の攻防に、周囲の者たちは言葉を失っているようだった。


 俺は制服の埃を叩いて言う。


「フリシア先生。試験は、合格ですよね?」

「こ、こんなの反則だ! 土を目くらましにして、しかも複数でかかってくるなんて!」


 ニジェルはそう声を荒げる。


 フリシアはその言葉にゆっくりと首を縦に振った。


「そうね、少しずるいと思うわ」

「先生は、先輩を一歩退かせろとしか口にしてません。魔法だけと、条件をつけたわけでもない」


 俺の言葉に、フリシアは鋭い視線を向ける。


「ずいぶんと、厳しいのね」

「約束は約束です。どの国でも、約束を守らなければいけないことは、同じことだと思います。私たちは、アッピスの方々と違って、相応の覚悟をもって遠くからやってきています。皆、この学校で魔法を学びたいんです。厳しくも必死にもなりますし、ずるい手も使います」

「ふう……いいでしょう。今回の試験は、あなたたちの勝利よ」


 フリシアはそう答えると、皆に向かって言う。


「そうしたら、皆の魔法を測定させてもらうわ。一人ずつ名前を上げるから、あの位置に立って」


 それから早速名前を呼ばれた生徒が、フリシアの指定した場所へ走った。


 フリシアは俺に背を向けて言う。


「しかし、見事な連携だったわね」

「狩猟も生業でしたから」

「そう。ともかく、あなたの魔法も後でしっかり測定させてもらうわよ」

「それは楽しみです。どうか、よろしくお願いします」

「私も楽しみだわ……何故でしょうね」


 何故、だと? 


 フリシアはその後、俺たちに魔法を使わせ、それぞれの問題点を指摘するのだった。


 俺やルーンたちに対しては、単にもっと魔力を集めるようにしか指摘しなかった。

 ばれているのか、ばれていないのか……


 もやもやが残るまま、俺たちは初日の講義を終えるのだった。

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