最初の講義
教壇に立つのは、長い緑色の髪の女性だった。虹色の瞳をした、美しい女性だ。
彼女はフリシア。アッピス魔法大学の天才と名高いフリシア・ラスナルクだ。
そんな彼女が教鞭を執るとしたら、大学でも優秀な成績の者たちに対してだろう。少なくとも、俺はそう予想していた。
だが、フリシアは何故か俺たちが講義を受ける講堂にいる。
この講堂の生徒は、俺を始めアッピス以外の出身だ。
アッピス人からは下等と思われ、ぞんざいに扱われている者たち。
およそフリシアが担当するには釣り合わないように思える。
呆然と立ち尽くす生徒たちにフリシアは口を開く。
「はやく着席して。時間は無駄にできないわ」
「は、はい!」
その声に誰もが無言で、すばやく席を目指した。
慌てるあまり、転ぶ者も。アリシアだ。
「いたたっ……」
アリシアはうつぶせに倒れてしまった。鈍い音がしたので、そこそこ痛そうだ。
こんな場所にフリシアがいることに気が動転してしまったのだろう。
「大丈夫か、アリシア?」
俺は歩み寄ると、一番衝撃がかかったであろうアリシアの膝に回復魔法をかける。
「あ、ありがとう、ルディス」
「気にしないでくれ。回復魔法はあまり得意じゃないんだが」
くれぐれも魔力を抑え、俺は回復魔法を使用した。
それを見て、ルーンは少し意外そうな顔をする。
だが意図に気づいたのか、「先に行ってます」と口にしてマリナとネールと共に席へ向かった。
その視線は、教壇の上のフリシアに向けられているはずだ。フリシアに怪しい動きがないか見てくれている。
講堂内で変わった魔力の動きは見られないな……フリシアがこちらを気にしている様子もない。
「よし……どうだ?」
「あ、ありがとう……私、興奮しちゃって」
「あの、フリシア先生がいるんだからな」
俺はアリシアに手を差し出して立たせると、ルーンたちが座る席に向かった。
フリシアはこちらを特に気にしてはないようだ。
だが、何か視線を感じる……生徒からではない。かといって魔法でもないようだ。
魔力の抑え方と隠蔽は完ぺきだった。仮に魔力を【探知】できたとしても、たいした魔法には見られない。
俺が着席してしばらくすると、この教室で講義を受ける生徒が全員集まったようだ。
それを確認したのか、フリシアは口を開く。
「皆、揃ったようね。欠席者はゼロ。偉いわ」
その声に、男子生徒の一人が呟く。
「しゅ、出欠は取られないのですか?」
「ジャン・ローレス・ベル・レーラ・ヴォルドウス君。発言は挙手してからするように」
「ぼ、僕の名前を?」
「今の言葉を聞いていた?」
「も、申し訳ありませんでした!」
フリシアの鋭い視線に男子生徒はすぐさま頭を下げた。
「よろしい。私の担当生徒には、点呼は取らないわ。全員の顔と名前を憶えているし。それに、試験さえ合格できるのなら、私の講義は受けなくても問題ないわ。だから出席する必要もない」
その声にはさすがに生徒たちもざわつきだした。
フリシアの講義を受けない生徒などいるのだろうかと騒いでいるようだ。
そして、今の言葉からすると、俺たちを指導するのはフリシアということになるのだ。
「静かに。私にまず自己紹介をさせて。私を知らない人もいるでしょうし」
知らない者などいるわけない……ここにいる誰もが、そう口にしたくなったはずだ。
だがフリシアは丁寧にゆっくり名乗った。
「私はフリシア・ラスナルク。このアッピス魔法大学の最高教授の一人。これから三年、皆の指導を担当するわ。よろしくお願い」
本当にフリシアが自分たちの担当にと、皆、唖然とする。
しかしそんな生徒たちに、フリシアは更に驚愕するような言葉を発する。
「これから、皆で魔法訓練場へ向かうわ。そこで、皆の魔法を見せてもらうわ。今後の指導に活かすためにね」
そう呟くと、フリシアは長い緑色の髪を揺らしながらさっさと講堂を出ていった。




