快適な学生寮
「よしよし。これなら快適に暮らせるな」
俺はテカテカと光る廊下を見て、そう呟いた。
「こんな綺麗にするなんて……ルディスさん、本当にすごいです」
アリシアは様変わりした寮に目を丸くした。
ぼろぼろだった寮は、この数時間でまるで新築のようになった。
俺やルーンたちが廃材や丸太を木材をへと加工し、それを使って寮生たちが寮の修復を行ったのだ。
もともと皆、魔法の心得がある者たち。
釘打ちや重い物を持ち上げるのも魔法でできる。
中には、アリシアのように俺たちの木材の加工を手伝ってくれる者もいた。
「さっきも言ったが、俺も村で学んだことがこんなところで役に立つと思わなかったよ」
アリシアにはそんなことを答えた。
俺一人でも修復はできたが、情報収集が目的でこの大学に入ったのだからあまり目立ちたくない。
この大学は最近、留学生に厳しいと聞くし、ルーンが言うにはかつての従魔の影もちらついている。
それにこういった作業は、皆でやってこそ意味があるはずだ。
そんなことを思っていると、少し離れたところで歓喜の声が上がった。
「なんだ?」
視線を向けると人だかりが。
皆、廊下から、ある一室を見てわいわい騒いでいる。男子よりも女子のほうが多いようだ。
俺とアリシアはそちらへ向かう。そう言えば、先程からルーンたちがどっかに行ったきり戻ってきてない。
従魔の誰かが何かをした……その予想は的中した。
人だかりから部屋を眺めると、そこにはネールが満足そうな顔で立っていた。
しかしぼろぼろの部屋ではなく、まるで宮殿のように磨かれていた石材が壁と床に使われた綺麗な部屋だった。
部屋の手前には更衣室が、最奥には同じような石材でできた浴槽、壁には金属製の水の出る蛇口と管が見える。
なるほど、浴場というわけか。
ネールは自慢げな顔で言う。
「ま、名のある石工の家の私にかかれば、こんなもんよ! 男子にも作ったし、厠もめっちゃ綺麗にしたからね」
皆、生徒たちはネールのことを称える。
やりすぎな気もするが……まあ、もともとの浴場や厠は、正直使う気になれなかった。素直に褒めるとしよう。
「いやあ、驚いた。ヴェストブルク王国ってのは、農村でもこんな魔法の使い手がいるのか」
「西の辺境国と思ってたけど、すごいわね……」
生徒たちは俺たちの魔法を見て、舌を巻いているようだった。
アリシアだけは、「ルディスさんたちが特別なだけだと思うけど」と小声で呟いていたが。
「まあともかく。皆、自由に使ってよ。修復作業で疲れちゃっただろうし」
そう言ってネールは浴場の外に出る。
生徒たちは皆ネールを称えながら、浴場へ向かった。
「ネール、おつかれ。ルーンたちは?」
「部屋割について職員に要請に行きました! あと、ルディス様と私たちが泊まる部屋を綺麗にしてたと思います! もう完成していると思いますし、見に行きましょうよ!」
そう答えるネールは、アリシアに笑顔を向ける。
「アリシアは私たちの部屋の隣だからね! マリナが綺麗にしてくれているはずだから、一緒に見に行こ」
「え!? わ、私の部屋まで?」
「もっちろん。同郷の誼ってやつ。さっ、行こう!」
ネールは俺とアリシアの手を引き、階段を上がると、二階の廊下を進んでいく。
そしてまず足を止めて、
「ここが、アリシアの部屋。どう? なかなかよさげでしょ?」
「え、えっと……ええ……?」
アリシアは思わず唖然としていた。
中の部屋は、まるで王侯貴族の部屋のようだった。
豪華な紫色の絨毯とカーテン、ピカピカの木材と金属が使われているベッドや机などの家具。
「ね、ネールさん。ここ、職員さんの部屋じゃないの?」
「ううん。正真正銘アリシアの部屋だって。廃材というか、使われてない家具とか絨毯とか使ってみたの。数年使うなら、やっぱ立派なものじゃないとね! さっ。ルディス様は、こちらへ」
そう言ってネールは再び、俺の手を引く。
振り返ると、そこには呆然と立ち尽くすアリシアがいた。
俺は小声で言う。
「……少しやりすぎじゃないか?」
「女の子の部屋なんですから、最低でもあれぐらいじゃないと」
「そういうものなのか……いや、これは」
俺はネールの立ち止まった場所から、部屋を見る。
そこには先ほどのアリシアの部屋以上に豪華絢爛な部屋があった。
中央には円卓が鎮座しており、石製の椅子と、玉座のような椅子が囲んでいる。奥のベッドは四、五人が共に寝転べそうな広さで、上部には屋根が付いていた。
他の家具もどこから集めたのか金銀宝石があしらわれている。
そんな部屋の入り口で、ルーンとマリナが仰々しく頭を下げながら待っていた。
「ルディス様、おかえりなさい!」
「ルーン……こんなに豪華にする必要があるか?」
「せっかくですし、快適な方がいいじゃないですか! 小さいですが、専用の浴場と厠も用意してあります!」
部屋の壁に、二つほどの扉が見える。
これなら快適に暮らせるだろうが……やりすぎな気もする。
でも、ルーンが思いのほか、この学院生活に前向きになってくれたのは良しとするか。
この部屋に関しては、他の生徒から素朴に見えるようにしないといけないが。
ともかく俺たちは、こうして入寮を済ませるのだった。




