力押し
試験官は立ち止まると俺に振り返る。
「お前の会場はここだ。線より出たら敗北というのを忘れないように」
地面には線が見えた。これは魔法の線で、魔力を操る者ならなんとなく光って見えるぐらいの線だ。
だが受験生の中には、これが見えない者も多そうだ。現に線と言われ、首を傾げる者もいる。
上空から見れば、線は長方形を描いている。俺が立つ場所の向かい側まで、十歩もあれば着いてしまうほどの距離しかない。この長方形の中で魔法を撃ち合うわけだ。
そして俺の相手は……なんだ?
俺の向かい側に立っていた男子生徒は、なにやら教官から声をかけられどこかへ行ってしまった。
代わりに見覚えのある男が、俺の向かい側に立つ。
にやにやと俺を見るその男は、先程声をかけてきたイーゴットだった。
アッピスの貴族ローデシオン家の息子だったな。先程ルーンを怒らせたやつだ。
わざわざ俺の対戦相手になれるよう、手を回したのだろう。
「この私、イーゴット様が相手してやる! 感謝するんだな!」
イーゴットがにやついた顔で言うと、俺の後方からものすごい殺気──もとい魔力が集まるのを感じられた。俺が手を下す前に、ルーンはイーゴットに一撃加えるつもりだろう。
(ルーン、よせ。お前たちも対戦相手には手加減しろ)
俺の声にルーンは魔力を集めるのをやめる。
さて、それで俺はこのイーゴットをどう倒すか。
この大学の敷地に入ってから、俺は自身の魔力が悟られぬよう【隠蔽】の魔法をかけている。
そのせいかどうかは知らないが、俺の本当の魔力に気が付く者はいないようだ。
仮に【隠蔽】をかけずとも、目の前のイーゴットでは気づけないだろうが。
そんなことを考えていると、試験官が口を開く。
「これより魔法戦試験を行う。使用していい魔法は、低位の魔法のみ! 肩より上への攻撃は禁止とする。敵わぬと思ったらすぐに負けを認めること。また、エリアを出た場合も敗北だ。はじめっ!」
試験官はそう言って、旗を上げた。
と同時に、イーゴットは風魔法を連続で放ってくる。
どれも俺の四肢に向けて。狙いは悪くない。
だが魔法戦において馬鹿正直に正面から攻撃しても、防がれるだけだ。しかも棒立ちで。
俺は風属性の低位魔法【突風】を四発放つ。わざわざ【突風】と唱えて。
「【突風】だと!? そんなものでこの俺の【風斬】を防げると思うか!? なめられたもの! というより、そんな魔法師か……え!?」
四発の【突風】はイーゴットの攻撃を簡単に打ち消すと、そのまま唖然とするイーゴットのほうに向かう。ただ、このまままっすぐ進んでも、イーゴットには当たらない。
「な、わ、私の魔法を!? だ、だが、当たらん!」
「いや、当たる。風魔法でブーメランをしたことぐらいあるだろう」
「え? ……あっ」
俺の風魔法は突如曲線を描き、二発がイーゴットの足元にあたる。
風によって姿勢を崩したイーゴットは倒れるが、残り二発がイーゴットの頭と腰の後ろで弾け、転倒の衝撃を緩和した。
イーゴットの頭が線からでたので、俺は試験官に顔を向ける。
「線から出たら負けでしたね?」
「え? あ、ああ」
イーゴットはもちろん、試験官も何が起きたか分からないような顔をしている。
風魔法の軌道を操ることぐらいは、そんなに難しいことではない気がするが。
あるいは魔法の威力や効果のみを過信し、応用を怠っていたのかもしれない。先も言ったが馬鹿正直に前から魔法を撃っているだけでは、魔法戦には勝てない。
だがイーゴットはすぐに体を起こして、怒声を上げる。
「ま、待て! 貴様、ズルをしたな!? 低位魔法じゃなくて、中位魔法を使っただろ!?」
「ただの【突風】だ。現に当たって痛みを感じたか?」
「そ、そんな……そんなはずはない! これは何かの間違いだ! このローデシオン家の私が敗れるなど!」
手荒な真似はしたくなかったが、これは痛みを感じてもらうしかないだろうか。
そんなことを思っていると、緑色の髪を後ろで結わいた女性がやってくる。
ローブを着ているが、中に制服は着ていない。外見は二十歳ぐらいだろうか。派手さはないが凛とした雰囲気、端正な顔立ちから相当な美女に思えた。
この闘技場でも、相当な魔力の持ち主であることが分かる。貴賓席の老人たちにも匹敵する魔力だった。それもどこか抑えているようだ……
「試験官、この男を下がらせなさい」
この男、というのは明らかにイーゴットのことを指していた。女性はイーゴットを一瞥して言ったのだから。
「フリシア様、そんな! 私はローデシオン家の!」
「私がラスナルク家のフリシアと知っていて、口答えするのですか」
フリシアと呼ばれた女性が睨みつけると、イーゴットは肩を震わせる。
「い、い、いえ! も、申し訳ございませんでした!」
そのままイーゴットは人混みの中へと消えていった。
どうもこのフリシアは、イーゴットより高位の貴族らしい。
フリシアはそれに気も留めず、俺のほうへやってくる。
「合格おめでとう。名前は?」
「……ヴェストブルク王国のルディス・エルクです」
「ルディス……いい名前ね」
女性は自分から名乗ることもなく、それだけ言って俺のもとから去るのだった。
……目を付けられたか? それとも単に善人か。
とりあえず、今後この大学で魔法を使う際は気を付けたほうがよさそうだ。
その後、俺だけでなくルーンたちも難なく試験を制した。アリシアを合格させようと助力も考えたが、アリシアも自力でどうにか試験には合格したのだった。




