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百六十一話 祝宴

長くなりましたので二話に分けます!続きはすぐに投稿します!

「我らがユリア陛下と賢帝ルディスに乾杯だ!」

「あの魔王軍のカリスって子と聖獣様にも乾杯!」


 まだ昼だというのに王都中からそんな声と乾杯の音が響いていた。それを打ち消すような鼓笛の音ももうずっと王都に流れている。  

 人々は王都中の食料を食べつくすような勢いで食事し、浴びるように酒を飲んでいた。


 王都はちょっとしたお祭りのようになっていたのだ。


 少し浮かれすぎにも思えるがここまで喜ぶのも無理はない。


 王国は軍団を退けたのはもちろん、ルディスの従魔、魔王軍、聖獣と協定を結ぶことが決まったのだから。


 今から約一時間前、ユリアはロイズ、カリス、オルガルドともに会談を開いた。

 そこでヴェストブルク王国と他三勢力の間で不戦協定が取り交わされた。また、王国と魔王軍と従魔たちの間には、国境を制定した上での不可侵の協定も結ばれる。


 ユリアはその上で交易協定を結ぼうとした。


 しかし、ロイズは最初の三年は不可侵協定だけにしようと言った。同時に王国の復興に物資を援助したり、人的支援をすることもロイズは約束した。魔王軍と聖獣もまた、王国北部の再建に手を貸してくれるようだ。


 その上で三年後、協定が守られていることを前提にこの四勢力で交易協定や同盟を結ぶことが決まった。


 ロイズは王国人の中には魔物と手を結ぶことを快く思わない者がいることを考慮したのだ。急な接近は衝突を生み出す可能性もある。だから少し時間をおこうと。


 ユリアやオルガルドもまた、その意図に気づきロイズの案に賛成した。

 カリスだけはすぐじゃ駄目なのと、終始不思議そうに首を傾げていたが。


 ともかく四勢力で不戦協定が結ばれたこと、王国の復興に他の三勢力が復興に力を貸してくれることに王国人は喜んでいた。


 そんな中で俺は今、冒険者としてギルドの主催する冒険者の祝宴に参加している。広場にテーブルと椅子が置かれた会場だ。


 冒険者たちは今回報酬無しで、決戦に参加した。その労をねぎらおうと、ギルドマスターが自費で冒険者たちに食事と酒を振舞ったのだ。


 俺は同じテーブルをルーンたちと先輩冒険者たちで囲んでいた。


 先輩の一人エイリスが三杯目のビールを掲げて言う。


「今日は飲みまくって、ギルドマスターの財布をすっからかんにするわよ!」


 その声に冒険者たちは声を上げ、杯を掲げ応えた。


「さあ、ルディスたちも……あそっか。お酒は飲めなかったわね」


 エイリスは俺が座る席の隣に来て、思い出したように言った。

 俺はそんなエイリスに果物入りの水が入った杯を見せる。 


「そうですね。でも、食事は豪勢なのをいただいています……ギルドマスターは大丈夫なのでしょうか?」

「そんなこと気にしなくていいわよ。あのマスター、どうせしこたま金ため込んでいるでしょうし」


 そう言ってエイリスは普段は飲まないような高級ワインをぐいっと一気に飲み干した。


 ノールが微笑みながら言う。


「ほどほどにしときなさいよ。あとで恨まれて仕事を回してもらえなくなるかもしれないわよ?」

「そうしたら、別の国に行けばいいだけよ。私たちは冒険者なんだから。それにこの感じだと、もう仕事もねえ」


 魔物の一部とはいえ、従魔と魔王軍との不戦協定が結ばれた。

 しかもオルガルドたちユニコーンは大陸北部の復興のため、魔物を倒すという。

 大陸西部での冒険者の仕事が減っていくのは間違いない。


 カッセルがうんと頷く。


「あのアンデッドが魔物たちを南に追いやっていたとも思える。そうなると、依頼は目に見えて減るだろうな」

「そっか……そう考えると、私たちの将来って結構やばいんじゃ」


 エイリスは顔を青ざめさせた。


 しかしノールが言う。


「そんな簡単に争いは減らないと思うわ。魔物にとっては、むしろ私たち人間が侵略者に思われることもある。これからも衝突は起きるでしょう」

「あら、案外悲観的なのね? 恋に恋するあのルディスがこの状況を作り出したのに」

「べ、べつに恋してるわけじゃ! それに悲観しているわけでもない。ゆっくりだけどこの世界は良くなっていく……それは間違いないでしょう。ねえ、ルディス?」


 ノールは俺に顔を向けて言った。


「そ、そうですね。難しいことは分かりませんが、大きな変化だったのは間違いないと思います」

「そうね……本当に大きな変化だわ。ところで、ルディスたちはこれからどうするつもり?」

「俺は大陸東部に行こうと思います。仕事云々もありますが、大陸東部を見て回りたいんです」


 嘘偽りない、俺の願いだ。俺の死後、帝国がどうなったか見て回りたい。遺跡や書物、そういったものが残されているはずだ。その過程で世界を平和に導き、従魔たちの足跡を辿るためにも。

 もちろん、単に自分が世界の料理や文化に触れたい、という個人的な願望もあるが。


「そっかあ」


 エイリスはそう言って、ノールにじいっと目を向ける。


「じゃあ、私たちも付いていっちゃおうか、ノール?」

「な、なんでよ? それに私たちはしばらく陛下のために王都に残るって決めたでしょ」


 エイリスたちはユリアに頼まれ、兵員の訓練や魔法の教示など王都での仕事をするらしい。王国はヴィンターボルドのせいで多くの王侯貴族を失ったばかりで、人材が枯渇している。そのために、エイリスたちに助力をユリアは願ったのだろう。


 カッセルがうんと頷く


「この国の状況は不安定だ。しばらくは離れられんな。時にルディス。お前たちは陛下より何か言われなかったのか?」


 俺は首を横に振る。


「俺たちはさっきの決戦でもずっとびくびくしているような新人ですし」


 実際のところは、ユリアが俺に残ってほしいと思っているかもしれない。

 この前の即位式の際、ユリアは俺に残るよう願った。しかし俺は目的があるとそれを断ったのだ。断られたばかりなのに頼むのもおかしな話だ。


 それにユリアは皇帝である俺が消滅した後も、一国の王として堂々と振る舞っている。

 もとより皇帝ルディスに頼るつもりはないのだろう。


 そんなことを思っていると、エイリスが首を傾げる。


「え? めちゃくちゃ活躍してたじゃない。私、ルディス以外の子たちが魔法を使えるなんて知らなかったわよ」


 カッセルもうんうんと頷く。


「他のベテラン冒険者も顔負けの魔法の腕前だった。若いのに剣も魔法もできてたいしたものだ」


 がははと笑う隣のカッセルに、ルーンは苦笑しながらありがとうございますと答える。


 ルーンにはスライムたちにどうすれば俺たちと気づかれないか教えるよう伝えたが、時間も少なく難しかったようだ。


 私にお任せと大言壮語していたノールは、俺に申し訳なさそうな顔を向ける。マリナもやってしまったと頭を抱えていた。

 俺は【思念】でルーンたちと会話を試みる。


(る、ルディス様……っ! 私のバカ息子たちが申し訳ありません! このルーン、一生の不覚!)

(ルーン先輩もさすがに耄碌しちゃったんじゃないですかあ?)


 口を挟むネールをルーンは睨みつけた。


 俺はそんなルーンをなだめるように言う。


(まあまあ……俺もそこらへんはしっかり伝えてなかった。子供たちは責めないでくれ)

(も、申し訳ございません……)


 しょぼんとするルーンだが、そんなルーンの肩をエイリスがぽんと叩く。


「なーに、気を落としているのよ。本当に大活躍だったわ。その証拠に……」


 エイリスはポケットから出した黄金色のバッジをルーンの胸元に付けた。


 ルーンはそれを不思議そうにのぞき込む。


「……これは?」

「オリハルコン級冒険者の証拠よ。はい、皆のも」


 冒険者ランクを現わすバッジか。今の俺たちは最下級のブロンズ。それが一番最高のオリハルコン級に昇格とは。


 ……スライムたち、一体どれほどの活躍をしてしまったのだろうか。エイリスたちが今普通に接してくれていることから、人間離れした魔法は見せてないだろうが。


「本当になかなかないことよ。一年足らずでオリハルコン級昇格なんて」


 エイリスはそう言いながらノールと手分けして、俺とマリナ、ネールにもバッジを付けてくれた。


 カッセルが感慨深そうに呟く。


「これで俺たちと同じランク。同じ仕事を受けやすくなるな」

「もっとも、私たちの王都での仕事が落ち着いてだけどね。陛下はまだまだ一人にはできないから」


 バッジを付けてくれたノールに俺は頭を下げる。


「ありがとうございます。また一緒に仕事をさせてください」

「東部に行っても頑張ってね……きっと大変だと思うわ」

「はい……気を付けます」


 そんな時、急に宿の部屋がばたんと開いた。

 そこにはユリアの護衛ロストンが真っ赤な顔で立っていた。


「ルディス! 楽しんでいるか!?」

「ろ、ロストンさん。は、はい。それよりも、陛下の護衛はいいのですか?」

「大丈夫だ、他の護衛がいる。陛下にはフェニックスもいるしな! それよりもルディス! 陛下が呼んでいたぞ!」

「へ、陛下が?」

「ああ。なんでも返したいものがあるそうだ!」

「返したいものですか」


 ユリアが俺に返したい物……そもそも貸していた物なんてあったかな。いや、あげた物の可能性もある。それなら、俺が作った賢帝のものとされる剣か。


 しかし何故、あの剣を返すのか。俺にプレゼントとして渡すつもりだろうか? あるいは単に俺を呼ぶための口実だったりして。


「ロストンさん、陛下は何を返したいと?」

「それは分からん。ともかく、陛下のもとへいけ。まだ広場の演壇に立っておられる」

「か、かしこまりました」

「よし! それじゃあ俺はルディスの代わりに酒を飲ませてもらうとしよう!」


 ロストンはそう言って、冒険者に混じり酒を飲み始めた。


 俺はノールたちに行ってきますと言って、ユリアのもとに向かう。


 道中、ついてきたルーンがニヤニヤと言う。


「いやあ、これはまさか……」

「まさかかもしれないですね、先輩」


 ネールもにんまりと笑った。

 それを聞いたマリナが顔を真っ赤にして呟く。


「よ、夜のお誘いってやつですか!?」

「マリナ、声が大きい……」


 俺は呆れるように呟いた。

 あの生真面目なユリアがそんなこと考えるわけがないだろう。


 まあ、また離れ離れになるのだ。俺も一言挨拶はしたいと思っていた。


 ルーンたちを置いていくように俺はすたすた道を進むと、途中で手招きする魔王カリスが見えた。その隣には聖獣オルガルドの姿もある。


 俺はその二人のもとへ向かい、周囲に会話が聞かれないよう、また気にされないよう幻覚魔法をかけた。


「二人とも、今回はありがとう」


 俺が頭を下げると、オルガルドが首を横に振る。


「何を言う。礼を言うのはこちらの方だ」

「そうそう。私たちもこれで軍団に悩まされずに済むわけだしね。あのユリアちゃんが生きている限りは、この国の人間たちと戦わなくて済むし、いいことずくめだよ」


 カリスは王都のお菓子を頬張りながら言った。


「いや、それでも礼を言いたい。俺の従魔のために動いてくれたんだ。従魔たちの長として、できる限りのことはこれからもする」


 俺が言うと、オルガルドがふっと笑う。


「もう、皇帝であることは忘れろ。お前はただの冒険者なのだ。人間として、ユリアや我らを手助けしてくれればいい」

「皇帝って大変だしね。もうこれで終わりでいいじゃん。気楽に生きなよ」

「二人とも……そうだな。俺はもう、皇帝ルディスじゃない」


 俺の声に、二人は笑って頷いてくれた。


 オルガルドは言う。


「まあ、冒険者としてのお前にはこれからも頼らせてもらうがな」

「そうそう! それでまた偉くなっちゃいなよ! あのユリアちゃんのお嫁さんになるとか!」 

「それじゃあ、また皇帝と一緒じゃないか……うん?」


 俺の横をネールが風のように通り過ぎ、カリスの足元にすがる。


「ま、魔王様、それじゃあ私とルディス様の婚約は!」

「え? あ、そっかあ。人間って一人としか結婚しないんだっけ?」


 厳密に言えば、俺は一人と結婚するとカリスに皇帝の時言っていただけだ。実際は男女問わず重婚する者はいる。


 まあそれはネールも知っていたようで、「私が正室とルディス様に言ってください!」と声を上げた。


 そこにルーンとマリナがいや私がと争いだす。


 俺はそれを尻目にオルガルドとカリスに言う。


「また会おう。従魔の里にも気軽に立ち寄ってくれ」

「うむ。また色々相談させてくれ」

「従魔の里でもお菓子用意して待っててね!」


 俺はオルガルドとカリスに別れを告げ、ルーンたちを置き去りに広場へ向かった。


 広場の入り口に入るとすぐ、ロイズたち俺の従魔を見つける。彼らは人間や聖獣、魔王軍の者と楽しく広場の宴席で食事をしていた。

 

 ロイズは俺を見つけるなり起立しようとするが、俺は手で合図して静止する。


 会話が周囲に聞こえないよう、俺はロイズたちに告げた。


「楽しんでいるようだな」

「ええ。何せ、堂々と人間の前で祝杯をあげるのは、初めてですから」


 帝国時代、こんな祝宴は人間の前では開けなかった。人目のない場所で、俺と従魔は祝い事をしたものだ。


「そうだな……だが、これも皆のおかげだ。皆、俺の尻拭いを手伝ってくれてありがとう」

「尻拭いなどとんでもない! 俺たちはこれからもルディス様のために尽くします」


 アヴェルはそう言うと、皆もうんうんと頷く。


「ありがとう……皆とももっと話がしたい。そういえば、フィオーレは?」


 俺の声にロイズはある方向へ顔を向けた。


 そこには壁に寄りかかり、王都の人々をただ茫然と見つめるフィオーレが。


「皆、楽しんでくれ。フィオーレと話をしてくる」

「はっ。先程私たちも声をかけたのですが……ここはルディス様、お願いいたします」

「連れてくるよ」


 俺はロイズの声にそう答え、フィオーレのもとへ歩いていく。


「フィオーレ。何を見てる?」

「ルディス……」


 フィオーレは寂しそうな顔を俺に向けた。


「私は取り返しのつかないことをしたんだって……ここにいる人間の笑顔を見て、そう思ったの」

「人間の暮らしを破壊したのはお前だけじゃない。魔物との争いや、人間同士が争って出した死者の方が明らかに多い。それにお前は人間と魔物、聖獣を結び付けた」

「だけど、もっと別のやり方だってあったんじゃないかって……何も命は取らなくても、脅迫して回るとか。もっと冴えたやり方が」

「他のやり方か……俺もそれはよく考える。皇帝だった時、もっと別のやり方でお前たちを導けたんじゃないかって」


 俺は従魔たちに自由を与え、人間社会と離れるよう言い残した。

 だが衝突してでもいいから人間社会に残り人間を支えるよう、命じていれば──それでも流血は生じただろう。従魔には別の悩みを与えてしまっていたはずだ。


 フィオーレは頷く。


「難しいものね……」

「そうだな。だがあの時、従魔たちともっと議論を深めていれば……少なくとも後悔はなかったかもしれない」

「そうね……私もロイズたちの反対に耳を傾けなかった。その場では保留すると返したのに、結局……」


 唇をかみしめるフィオーレに俺は言う。


「決断させてしまったのは俺だ……これからは一人で悩まず仲間を頼ろう」


 フィオーレはうんと俺に頷いてくれた。


「ならまずは、皆と交流を深めないとな。ロイズたちとは話しにくいかもしれないから、まずは新しい従魔たちと挨拶してくれ。皆、いいやつらだ」


 その声にフィオーレはやはり不安そうだ。

 もともと人見知りで、いつも俺の近くにいた。


 しかしそんなフィオーレの手を、ルーンが握る。

 その後ろにはネールとマリナもいる。どうやら俺を追ってきたようだ。


「そうですよ! こんなところにいないで、他の従魔に挨拶です! 団長が挨拶しなくてどうするんです!」

「る、ルーン、ちょっと」


 フィオーレはルーンによって強引に連れていかれる。

 思い返せば、ルーンは内気なフィオーレをいつも無理やり連れまわしていた。


 ルーンはフィオーレと共に、従魔たちの前で立ち止まる。


「さ! 我らが団長、フィオーレが来ましたよ!」

「る、ルーン! それだけど、私はもう皆のリーダーになる資格なんてない……誓いを破ったんだもの」

「この千年はルディス様が不在でした。よって私たちマスティマ騎士団も休業状態。そこで起きたことはもう忘れましょう! それよりもこれからです! 新しい従魔も加わったことですし!」

「で、でも……やっぱり私は皆を導く自信はないわ。そもそも、最初から私に団長の資格なんて」

「うーん……まあ、それなら仕方ないですね。なら、このルーンが団長をやりましょう! というか、もともと私が団長をやるべきなんですよ! なんたって、ルディス様の最初の従魔ですし!」


 ルーンは得意げな顔で言うが、他の従魔は「え?」と声を漏らした。新しい従魔も、昔の従魔も。


 ロイズは冷たく言い放つ。


「お前が団長をやったら、我らは一年ももたんぞ。皆もそう思うだろう?」


 ロイズはそう言って、ゴブリンのロイツとガーゴイルのベルタに目を向けた。


 ルーンも二人に鋭い視線を向ける。


 ロイツとベルタは二人で顔を合わせる。


「ぼ、僕たちは……」

「そうですね……私たちは新参者ですから! そ、そうだベルタ殿! 里で作っておいた酒を!」

「そ、そうだね!」


 二人はそのまま、荷を積んだ馬車の方へ走っていった。


 ルーンは焦るような顔で、犬を抱えながら食事するコボルトのミュリスを見た。


「みゅ、ミュリス? あなたは?」

「どなたが団長に相応しいか、ということですか?」

「そ、そうです」


 無口な暗殺者のミュリスだ。ここにいる従魔の中でもっとも冷静といっていい。そんな彼女の言葉は重みがある。


 皆を見やるミュリスに、ルーンは固唾を呑む。


 ミュリスはゆっくり口を開いた。


「そう、ですね……フィオーレさんがふさわしいかと」


 その言葉にルーンは唖然とする。


 マリナが崩れそうになるルーンを支えながら訊ねる。


「ちなみになんでですか?」

「そうですね……ルーンさんはその」

「ルーンさんはリーダーにはふさわしくないっすよ、絶対」


 フィストの明快な言葉に、ルーンは心臓を打ち抜かれたかのような顔をする。


「ふぃ、フィストなんかに……うぇえええええん!」


 ルーンはその場で泣き出してしまった。

 子であるスライムたちが何とかルーンが倒れないよう足を支え始めたが、ついにはルーンの体は崩れスライムに戻ってしまう。もちろん周囲には幻覚魔法で気づかれてない。


 それを見ていたアヴェルがルーンに言う。


「まあまあ、ルーン。お前はそもそもルディス様とずっと一緒に居たいのだろう?」


 その声にインフェルティスも頷く。


「そうだ。団長は従魔を統括するのだ。ずっとルディス様のお傍、というわけにはいかなくなるぞ」


 ルーンははっとする顔をした。


「そ、そうでした! 団長なんてやったら、この騒がしい従魔の面倒を四六時中見ないといけなくなります! 私は団長にはなりません! ずっとルディス様と一緒です!」」


 ルーンはスライムの姿のまま、俺の胸元に飛び込み身を摺り寄せる。

 マリナとネールもずるいと俺に抱き着いてきた。


「み、皆……周囲に気づかれないからって大胆に……」


 ルーンはフィオーレに言う。


「まあそういうことで、やっぱりフィオーレに団長やってもらいましょう!」

「そ、そんなこと言われても」


 そう話すフィオーレだが、アヴェルが真剣な眼差しで訴える。


「いいや、フィオーレ。皆に優しく導いていけるのはお前しかいない。だが、勘違いするな。俺たちもお前にすべてを押し付ける気はない。困ったことがあれば、皆で悩もう」

「そうだ。貴様が私を呼び寄せた時、耳を傾けず反対したことは悪かった。貴様を一人にしてしまった……これからは決まらないことがあれば、一晩でも一年でも……何十年とかけて共に話し合おう」


 他の従魔たちもうんうんと頷いた。


「皆……」


 フィオーレはぎゅっと目を瞑っていたが、しばらくして決心したような顔をする。


「……分かった。もう一度、私を団長にさせてください。皆とルディスを守る……今度こそ」


 その言葉を従魔たちは拍手を以て迎えた。


 俺はそんなフィオーレに微笑む。


「決まり、だな。フィオーレ、これからもよろしく頼むぞ」

「うん!」


 フィオーレは力強く頷いてくれた。


「それじゃあ、皆。引き続き交流を深めてくれ。だが明日朝にはまた里に帰るから、ほどほどにして寝るんだぞ」


 その声に従魔たちは元気な声で応じてくれた。


 ルーンたちは……どうやら従魔たちと残るらしい。まあ、ユリアがいる演壇は目と鼻の先だ。


 俺はそんな軽い気持ちで、ユリアのもとへ向かうのだった。

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